第2話 ソフィアの求婚

「何で、カテリナが死刑なんですか⁉ 納得できません!!」

「落ち着きたまえ」


 カテリナが死刑になると聞いて、カーライル公爵の元に怒鳴り込んだ。

 面会を申し込んだら、即日会ってくれると言う。王宮では無く、自宅に来いと言うので、今は公爵の屋敷にお邪魔している。


「何故ですか? 彼女が反乱に加担していた証拠でもあるのですか?」

「そのような証拠は無いよ。彼女は反乱の中心人物だったサルディス伯爵の娘で、テシウス殿下の側室候補だった。それで十分だろう」

「何が十分なもんですか!! 親の罪で無実の彼女まで死なせていい訳が無いでしょう!」


 公爵は、怒りに任せて大声を上げる俺を困惑した目で見つめている。やはり、この時代、この世界の人間には、連座制の不条理さなど通じないのだろうか。


「君は辺境伯の娘と親しいと思っていたのだが、サルディス伯爵の娘とも親しかったのか?」

「そう言う不純な関係じゃありませんよ! 彼女は尊敬すべき友人です!」


 そうだ、彼女は俺に自信を持てと言ってくれた。誇りに思うと言ってくれた。彼女を絶対に死なせたりしない。


「しかし、彼女は大逆の罪を犯した伯爵の娘だ。大逆は家族も含めて死刑と言うのは昔からの決まりだ」

「ただの慣習でしょう! 慣習なら変えることができるはずです!」


 この時代はまだまだ慣習法が幅を利かせる社会。それは、権力者の裁量を許すため。法治ではなく、人治の世界なのだ。もちろん、一族郎党皆殺しにして復讐の連鎖を強制的に断ち切る。そうした、社会秩序維持のための必要悪としての側面も理解できなくは無い。だけど、いつまでそんなことを続けているつもりだ!


「だいたい、大逆なら家族も死刑と言うなら、死刑になるべき人が死刑になっていないでは無いですか?」

「誰だ?」

「ドミティウス陛下です。陛下は反乱を起こしたテシウス殿下のお父上。公爵閣下の理屈なら、真っ先に死刑にすべきではありませんか?」

「君は……何を言っているのだ……?」

「もちろん、本気じゃありませんよ! 本人の罪じゃ無いことで死刑になることがどれほどバカらしいことか分かってもらいたくて言ったんです!」


 公爵は絶句していたが、ため息を吐く。


「そのような事は二度と言うな。いくら竜の騎士でも庇いきれんぞ。国王陛下を侮辱した罪で死刑になりかねん」

「ご心配いただき、感謝します。ですが、やはり本人の罪で無いことで死刑にするのはお考え直し下さい。せめて未成年は連座の対象外にするなどお願いできませんか。何卒、何卒お願い致します!」

「それは、竜の騎士としての正式な要請という理解で良いかね?」

「もちろんです!」


 公爵の言っている「竜の騎士としての正式な要請」という意味が今一理解できないが、自分としては本気なので肯定しておく。公爵はまたまた深いため息を吐いた。


「……善処しよう。カテリナと言ったか、彼女が死刑とならないよう動いてみよう。だが、無罪放免とまではいかないことは理解しておいてくれ」

「それはもちろん。感謝いたします。閣下」


 とりあえず死刑は免れた。ホッとして帰ろうとすると、公爵が声をかけてきた。


「せっかく家まで来たんだ。娘に会っていってくれたまえ」

「ソフィア様はお元気になられたのですか?」

「まだ、部屋で臥せってはいるのだがね。一時期よりはマシになったよ。君に会えば元気になってくれるのでは無いかな」





 イレーネに連れられ、ソフィアの部屋に向かう。ソフィアはベッドの上に上半身を起こし、夜着の上にガウンを羽織っていた。


「久しぶりね。ラキウス君」


 ソフィアのやつれた姿に、かける言葉を失ってしまう。あの、いい意味でも悪い意味でもしたたかで、生気に満ちた姿が嘘のようだ。


「……ラキウス君、笑ってください。私、あんなに君に偉そうに上から目線で話しておきながら、このざまです……」

「……ソフィア様……」


 自らの姿を自虐的に笑おうとするソフィアは、だが、笑うことはできなかった。無理に笑うことに失敗したソフィアの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。次から次へと。


「……私、……私、全部無くしてしまいました……。全部!」


 ソフィアが縋りついて来た。


「ソフィア様⁉」


 思いがけないソフィアの行動に驚いてしまうが、突き放してしまう訳にもいかない。脇で控えているイレーネも一瞬、腰を浮かしかけたが、とりあえず様子を見ることに決めたようだ。


 それからしばらくの間、俺に縋りついて号泣し続けるソフィアを慰め続けた。やがて、涙も枯れて自らの醜態が恥ずかしくなったのか、少し離れて身を起こす。そんなソフィアにかけるうまい言葉は思いつかないけど、でも、一つだけ伝えておきたい。


「ソフィア様、全部無くしたっておっしゃってましたけど、そんなことはありませんよ。ソフィア様にはまだご家族が、お父様もお母様もいらっしゃるじゃないですか。それに友達だって。俺はソフィア様のことをいつだって大切な友達だと思ってます。何があろうと俺はソフィア様の誠実な友人でいますから」

「何があっても、ですか?」


 ソフィアは俯いていたが、ポツリととんでもないことを呟いた。


「……だったら、ラキウス君が私をお嫁さんにもらってください」

「は?」

「お、お嬢様、何を⁉」


 頭が真っ白になってしまった。イレーネも大慌てである。


「じょ、冗談ですよね?」

「私の裸、見たくせに!」

「あ、あれは事故ですって!」


 こんな時に、レジーナに襲われた時のことを持ち出されるとは思わなかったため、思い切りまずい答え方をしてしまった。ソフィアは真っ赤な顔をしている。


「や、やっぱり見てたんですね! 下着まで破れてたから、もしかしたらって思ってたんです! ラキウス君、責任取ってください!」

「ラキウス様! お嬢様は混乱しているようです。今日はお帰り下さい!」


 イレーネに追い出されてしまった。でも、それで助かった。まさか、あのソフィアがあそこまで錯乱するなんて。早く落ち着いて欲しい。今日のことも笑い話として話せる日が早く来てくれることを願わずにはいられない。そう思いながら、公爵の屋敷を辞したのだった。

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