第1話 セーシェリア様を俺に下さい

「確かに俺は、男爵では娘はやれぬと言ったが、子爵になったその日に、娘をくれと言いに来るとは思わなったぞ」


 辺境伯の呆れを含んだ声が響く。場所は王都の辺境伯の屋敷。セリアと気持ちを確かめ合ったその足で押しかけた。彼女との結婚を許可して欲しいと。だが、色よい返事は返ってこない。


「お父様、私とラキウスの仲を認めて。お願い」

「お前は少し黙っていなさい」


 俺の隣でシュンとして座っているセリアを見ながら、辺境伯はため息を吐くと切り出した。


「いくつか問題がある。まず君が子爵に過ぎないと言うこと。だが、これは、竜の騎士であることで相殺されるから大きな問題にはならない。問題の第一は、領主貴族では無い君の財力で、娘に十分な生活をさせてやれるかだ」

「私はそんなこと気にしないわ!」

「黙っていなさいと言ったろう」

「……」


 確かに言うとおりだ。俺は子爵と言っても、領地を持たない。独自の財政基盤が無い。騎士団に入っても、その給料だけでは、裕福な生活はできまい。そこらの庶民よりははるかにマシだろうが、大貴族の生活水準など夢のまた夢である。


「以前であれば、俺の陪臣になってもらい、領地内のどこか適当な街を任せてやって、そこで二人で暮らしてもらうこともできたのだが……」


 あれ、陪臣にならないかって打診、断ってしまってたけど、その時からそんなことを考えていたのだろうか?


「しかし、それも君が竜の騎士になった今では無理だな」

「どういう事でしょうか?」

「国の象徴である竜の騎士を一地方貴族が陪臣とすることへの、民衆や神殿の反発が大きすぎる。それともう一つ、これは陪臣になるかどうかとは別の話だが、一番のネックだ」


 そう言うと、想定もしていなかった問いが飛んできた。


「君は今、この王国で最大の軍事力の保持者は誰だと思っているかね?」


 いきなり、何の質問だ? 普通に考えれば、国王陛下だろう。貴族の中だけなら辺境伯だ。でも、そんな単純なことを聞きたいわけではあるまい。一瞬考えこんだが、あることに思い至り、おずおずと自分を指さす。


「もしかして……私、ですか?」

「そうだ。ラーケイオス様を従える君の力はもはや国王陛下すら凌ぐ」

「ラーケイオスは私に従っているわけではありません。もし、私が彼の力を私利私欲のために使おうとしたら、彼は力を貸してくれないでしょう」

「実際の関係がどうこうではなく、周りからどう見えるかが重要なのだ。まあもっとも、ラーケイオス様の力がいくら強いと言っても単体ではできることは限られるし、君と敵対することになった場合、馬鹿正直にラーケイオス様を相手にする必要は無い。君を暗殺すれば済むことだ」


 ガタっとセリアが立ち上がった。わなわなと震え、怒りに顔を歪ませている。


「落ち着きなさい、セリア。今のはあくまで仮の話だ。今、王国にとって、ラキウス君の存在は益の方が大きい。そういう事は起こらないから安心しなさい」


 不承不承という体でセリアが席に着くと、辺境伯は説明を続けた。


「そういう訳で、単独の君はそれほど恐れるに値しない。だが、そこに俺の軍勢が加わればどうなる? 君と俺が姻戚関係となれば、この王国の誰も対抗できない巨大な武装集団が生まれることになる。君は貴族の結婚には国王陛下の許可が必要と言うことを知っているね? 今の状況で認められるかは正直難しい」

「それは、国王陛下に反逆の恐れありと見なされるということでしょうか」

「そんな単純な話では無い。今、王国はアルシス殿下が亡くなられ、テシウス殿下が反逆罪で捕まるという混乱した状況にある。両王子の派閥に所属していた貴族達は旗頭を失い、王国には今、大きな権力の空白が生じているのだ。そこに巨大な軍閥が生まれることによる混乱。それを陛下は恐れるだろう」


 愕然としてしまう。そんなことまで考えていなかった。


「それでは、私はどうあってもセーシェリア様と結婚することは叶わないのでしょうか?」


 声が震える。幸せの絶頂から不幸のどん底に突き落とされた気分だ。セリアが心配して肩を抱いてくれるけど、理不尽さに怒りすら湧いてくる。彼女と釣り合うよう、地位や名誉を得られるよう、強くなろうと努力してきた。それなのに、努力とは無縁の、いきなり授かった力で強くなりすぎて望みが叶わないなんて。


「方法が無いわけでは無い」


 辺境伯の言葉にハッと顔を上げる。


「とにかく大きな功績を上げろ。誰が見ても文句の付けようの無い大きな功績を。その報酬として、家臣たちの面前で、セリアとの結婚を認めてもらうよう申し出るんだ。陛下は、家臣に度量を示すという名目が立つから認めてくれるだろう。大事なのは、その際、君の方から王への忠誠を改めて示すことだ。野心を持つ貴族たちの旗頭となるようなことは無いという意思をな」

「……わかりました」


 一縷の望みがあると言うことで、最悪の展開は免れたが、次の功績を上げる機会などいつ巡ってくるのか。それもそんな大きな功績など───。その不満がありありと顔に出ていたのだろう。辺境伯は苦笑すると言った。


「そんな顔をするな。婚約は無理だが、交際は認めてやる」

「本当ですか⁉」

「駆け落ちなどされてはたまらんからな。フェリシアからも認めてやってくれと言われているし」


 あれ? フェリシア様、あんな説明で納得してたのだろうか?


「ただし、二つ条件がある。まず、正式な結婚までは、子を成すような行為は一切禁止だ。それと人前では節度を保て。娘がふしだらと言われないようにな」

「その、『人前では』ということは、人目が無ければいいと言う事でしょうか?」

「わざわざ『人前では』と言ったのだ。察しろ」


 やった! いろいろ制約付きではあるが、この貴族社会で家長に認められたという意味は大きい。


「やったあ!!」


 セリアが大喜びで抱きついてくる。


「だから人前でイチャイチャするなと言っとるだろうが!!」


 セリアは床に正座させられてしまった。まあ、父親としては、娘が目の前で男とイチャイチャしている姿は見たくないよね。その気持ちは分かるよ。


「とにかく、俺からも陛下に根回しをしておいてやる。神殿からの工作を断ることも含めてな」

「ありがとうございます。閣下」





 俺とセリアは辺境伯の前を辞し、ヘンリエッタに伴われて玄関に向かう。セリアは当然、自宅であるここに泊まるけど、俺は寮に帰らないといけない。玄関まで来ると、ヘンリエッタは馬車の用意をしてくるからと言って出て行った。玄関にセリアと二人残る。


「だけど良かったよ。交際だけでも認めてもらえて」


 その言葉への応えが無い。ん?と思ってセリアを見ると、彼女はモジモジした様子で手をすり合わせ、少し俯きながら、こちらをチラチラ眺めている。その頬が赤い。


「ねえ、ラキウス───今は、人目は無いわよ」


 ぎこちなく発せられた彼女の言葉の意味を理解した途端、俺は彼女を抱き寄せていた。何度も何度もキスをする。伝わって来る彼女の熱に、俺はしみじみと幸せを噛みしめていた。





 しかし、数日後、とんでもない情報が飛び込んで来た。その日、俺の前に現れたセリアは蒼白だった。


「ラキウス、カテリナが……死刑になるって」


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