第23話 巫女様 VS 皇女様

 馬車は、大神殿前の広場に着いた。馬車から降りると、騎馬で随行して来た近衛騎士たちが素早く馬車の扉の前に護衛に立ち、人だかりを遮断する。そこに大神殿の扉が開き、リアーナが出迎えのために姿を現した。


 周囲にどよめきが起きる。竜の巫女と竜の騎士が揃っているのだ。あっという間に周り中に人だかりができた。護衛の近衛騎士が周囲にいるので、近寄っては来ないが、近衛騎士の外側から「巫女様」「騎士様」と呼びかける声が響く。そうした人々に手を振りながら、リアーナに近づくと、彼女が跪いた。


「ラキウス様、大神殿にようこそいらっしゃいました」

「ああ、リアーナ、よろしく頼むよ」


 挨拶を交わし、ルクセリアはと見ると、リアーナから隠れるように俺の背後に回っていた。確かに彼女からするとリアーナは邪竜の巫女と言うことになるが、同じ邪竜の使徒の俺にそれなりに心を開いてくれていることを思うと、この反応は不思議である。


「ルクセリア?」

「いえ、リアーナ様って怖くないんですか? イスタリヤでも吊るして連れて行くとか物騒なこと言ってたし……」


 そこでハタと気づいて手をポンと打つ。イスタリヤ襲撃時にリアーナがやたら乱暴に扱っていたから怖がっているんだな。


「大丈夫だよ。リアーナは本当はすごく優しい人だ。ただ、お茶目で俺をいじって遊ぶのが趣味だから、それに巻き込まれただけだよ」

「王太子殿下をいじって遊ぶんですか?」

「ああ、彼女は俺のお姉ちゃんだからね」

「お姉ちゃん? 種族が違いますよね?」

「ああ、そこは自称『お姉ちゃん』ってことだよ」

「???」


 益々混乱させてしまったようだが、彼女の背中を押し、リアーナに挨拶させる。


「リアーナ様、ミノス神聖帝国第一皇女ルクセリアでございます」

「これは、これはルクセリア様。先日は怖がらせてしまい、申し訳ありませんでした。今日は存分に神殿内をご覧いただければと思います」


 まだ少しぎこちない感じだったが、挨拶を済ませると神殿内部に入った。神殿内は巨大なホールになっている。30メートルは高さがある天井に、それを支える林立する柱。ステンドグラスのようなものこそ無いが、天井に複数設けられた採光用の窓からエンジェルラダーのように光が降り注ぎ、荘厳な空間を形作っていた。


「いかがですか? イスタリヤの大聖堂には見劣りするかもしれませんが」

「いえ、とても荘厳な神殿だと思います」


 リアーナに問われ、答えたルクセリアの言葉は、全てが本心という訳ではあるまい。俺には心を開き始めてくれているが、この国の全てをいきなり受け入れられるはずも無い。特にミノス教の下で、龍神信仰は邪教と教え込まれてきたのだ。彼女の言葉はあくまで人質と言う彼女の立場による忖度と見るべきだろう。


 ホールをさらに奥に進むと、龍神を模った像の周りに多くの人達が群がっている。人々の様相は様々で、祈りを捧げている者もいれば、お上りの観光客だろうか、像にペタペタ手を触れている者などもいる。その様子を見て、ルクセリアが少しだけ顔を険しくした。


「どうしたの、ルクセリア?」

「いえ、神の像に対する敬意が足りないのでは無いでしょうか? あのように像に触れるなど信じられません。ミノス教でも神の像はありますが、もっと神聖なものです」

「それは多分、君の国とは神様の在り方が違うからなんだよ。この国での龍神はあくまで多くの神の中の一柱なんだ。唯一絶対の神じゃない。信じている人もいれば、信じていない人もいる」

「そんなことが許されるのですか⁉」

「許すも許さないも、それがこの国の歴史に裏打ちされた文化なんだ」

「それではラキウス様はどうなのですか? 龍神を信じているのですか、信じていないのですか?」

「信じていないよ」


 俺の即答に、ルクセリアの目がまん丸になった。


「……信じていないのに、竜の騎士などやっているのですか?」

「俺は別に龍神に仕えている訳じゃ無くて、竜王ラーケイオスと一緒に戦ってるだけだよ」

「それでは、ラキウス様は何のために戦っているのですか?」

「セリアの暮らすこの国の安寧を守るためかな」

「……」


 しばらく無言で考え込んでいたルクセリアだったが、今度はリアーナに向いた。


「それではリアーナ様はどうなのですか? あなたは竜の巫女なのですよね? 龍神を信じているのですよね?」

「その答えは、『私にはよくわからない』と言うものですよ」


 微笑みながら告げられるリアーナの答えに、ルクセリアは今度こそ驚愕の表情を隠さなかった。


「わからないのに巫女なのですか? 巫女は神の言葉を人々に伝える存在では無いのですか?」

「竜の巫女の役割は、竜王様と竜の騎士を繋ぐこと、その絆を強めることですわ」


 その説明でも納得できない顔をしているルクセリアに、リアーナは丁寧に、だが冷厳に言葉を繋ぐ。


「もちろん、ラーケイオス様も、今は亡くなってしまいましたが、水龍レイヴァーテイン様も、必ず生み出した存在がいるはずです。彼らは、その在り方が自然に生きる生き物とはかけ離れています。自然に生み出されたものでは無く、誰かに創られたものであることは間違いないでしょう。でもそれが龍神様かどうかはわかりません。何より、私は龍神様に会ったことも、言葉を交わしたことも無いのですもの。それでどうやって龍神様の実存を確信することが出来るでしょうか」

「……」

「逆にお伺いしますが、ルクセリア様は、ミノス神に直接会ったり、言葉を交わしたことはあるのですか?」

「それは……ありません」

「それで、どうやってミノス神の実存を信じられるのですか? 聖教会の司祭や司教に言われたから、では無く、自らの判断として、信じられますか?」

「……それは……」


 ルクセリアは反論の言葉が見つからず、呆然としていた。だが、納得はしていないことは表情を見れば明らかだ。子供のころから信じていた教えを否定されるような言葉を立て続けに浴びせかけられれば逆効果にもなるだろう。


「リアーナ、やり過ぎだ。そこまでにしてくれ。俺は彼女の信仰を否定したくて連れてきたわけじゃ無い」

「申し訳ありません。熱くなり過ぎました」


 幸いなことにリアーナはすぐ引き下がってくれた。俺はリアーナの詰問から解放されて、ホッとした表情を浮かべているルクセリアに向き直る。


「すまなかった。行きの馬車の中で『改宗させるつもりは無い』と言ったはずなのに、追い詰めるような形になってしまった。申し訳ない」

「いえ、ラキウス様のせいでは……」


 良かった。謝罪は受け入れてくれるようだ。何より宗教のような内心の正義に関することは拗らせるとやっかいだからな。ホッとしたところで、改めてこちらの真意を話しておきたい。彼女の視線を改めて像の周りの人達に誘導する。


「ルクセリア、改めてあの人達を見てくれ。君の目には神への敬意が足りないように見えるかもしれないが、それを差し引いて見た場合、君にはどう見える? 悪意のある人たちに見えるか?」

「……そのようには見えません。……普通の人々……に見えます」

「そう思ってくれると嬉しいよ。彼らはミノス教徒じゃない。だけど悪魔でも何でも無い。ただ普通の人だ。今日はただ、それをわかってもらいたかった。……帰ろう、疲れたよね」

「……はい」


 あまり急ぎ過ぎない方がいいだろう。今日の体験で、また少し彼女の心が閉ざされたかもしれない。ゆっくりと彼女の負担にならないように、こちらの真意を伝えていきたい。そう思いながら、神殿を後にしたのだった。



========

<後書き>

次回は第6章第24話「狂信者」。お楽しみに。

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