第22話 皇女様はチョロイン

 ルクセリアがセリアと面会した翌日は宵闇神の日日曜日。俺はルクセリアを連れて馬車に揺られていた。ただでさえ、車内に二人きりで気まずいのだが、さらに気まずいことを言わなければならない。気が重いな。


「その、ルクセリア、イスタリヤではすまなかった。その場の勢いもあったし、売り言葉に買い言葉というのもあったけど、女性に使うべき言葉じゃ無かった」

「……何のこと?」


 いきなりの謝罪にルクセリアの方が面喰っているようだが、きちんと謝罪しておかないと。


「俺の妻の方が美人、とか何とか言ったことだ。昨日、セリアからこっぴどく怒られた。デリカシーが足りないって。改めて謝罪したい。すまなかった」


 俺の謝罪にルクセリアは無言だ。いけない、言い訳ばかりと思われただろうか。セリアに怒られたから謝るってのは誠意が無いと思われただろうか。


「あ、あれはその、客観的にどうこうでは無くて、主観的にと言うか、俺がセリアしか目に入らないからと言うことで、決して君が不美人とかそういうことを言ったのでは無くて、君はその、美人だと思うし、その……ごめんなさい」


 その言葉に、ルクセリアはブッと吹き出した。


「ご、ごめんなさい。そんなに謝らなくても。セーシェリア様には謝罪を求めているのでは無いと伝えていたのですが、結局怒られてしまったのですね」

「ああ、あんな怖いセリアは久しぶりだった」

ミノス神聖帝国私の国を手玉に取るラキウス様を怖がらせるとは、セーシェリア様は怖い方ですね」


 クスクスと笑っていたルクセリアだったが、こちらをまっすぐ見た。


「大丈夫ですよ。昨日セーシェリア様にお会いして、あの言葉は間違いでは無かったと思えましたし。それに、私の方もきちんと伝えておかないといけないことがありますしね」

「?」

「謁見の間でのことです。庇っていただいたのに、蛮族だなどと失礼なことを言ってしまいました。本当は、私を庇ってくれたあなたに凄く感謝していたのに。ごめんなさい、そして、ありがとうございます」

「君の父上に約束したからな」

「それでも、私のためにあんなにも怒っていただいて、感謝しています」


 そう言って微笑むルクセリアはすごく可愛かった。いつの間にか、口調までもが変わっている。会った時からずっと敵意を向けられていたから気づけなかったが、本当は年相応に可愛い女性なのだと気づかされる。もちろん、俺にとっては、セリアの方がずっと魅力的なのだけれど。


「それで、今日はどちらに行くのですか?」


 ルクセリアが周囲を見渡して不思議そうに聞いてくる。馬車は貴族街を過ぎてごみごみした平民街に入っているから、どこに行くのか不安になったのかもしれない。


「大神殿に連れて行こうと思ってる」

「……大神殿ですか? 龍神信仰の、ですよね?」


 途端にルクセリアの表情が険しくなった。無理も無い。彼女は敬虔なミノス教徒。大神殿は、いわば邪教の本拠地だ。信仰の程度によっては、存在すら許せないと思っていても不思議ではない。


「改宗させようとか、そういうことは考えてないから安心して欲しい。今日は宵闇神の日だから、神殿に多くの市井の人達が集まっているんだ。そういう人たちを見て欲しい」

「宵闇神の日?」


 ルクセリアに問われて気付いた。ミノス教は一神教だから、太陽神も宵闇神も存在しない。曜日の名付け方も異なっているだろう。そうした細かな常識の違いも気をつけておかなければいけない。


「ああ、安息日と言えばいいのかな。週に一度、多くの人がお休みになる日だよ。君の国でも同じような日が無い?」

「そう言うことですね。私の国では祈謝日というのがあります。神に祈りと感謝をささげる日ということですね。その日は皆、仕事はお休みになります。市井の人達は遊びに行ったりもしますけど、貴族は聖教会で祈りをささげた後は、家で静かに過ごすことが多いですね」


 なるほど。その辺りは前世の一神教での安息日に近い考えなのだろうか。だが、ミノス教がどの程度厳格か知らないけど、宗教で休みを求められているとなると、お店とかも休みになっちゃうんじゃ無いだろうか? 流石に軍とかまで休みにはならないだろうけど。


「市井の人達は遊びに行くって言ってたけど、街のお店とかは開いているの?」

「その辺りは教区を治める聖教会上層部がどの程度厳格かによって違ってくるみたいですね。現在の教皇セレスティア2世猊下はかなり厳格な方ですが、実際の市井の管理は大司教以下に任せられておりますので、大司教の裁量による部分が大きいです。大半は神に祈りをささげ、仕事をすることの許可を得たという形にして営業しているお店が多いと聞いてますけど」


 そう言うことか。確かにあまり厳格にしてしまうと社会が回らないから、その辺りは融通が利くようになっているのだろう。


「まあ、それも程度問題で、普通は祈謝日ごとに許可を取るのが多いですし、当然、神の許可にお金はかからないのですけど、ゼーレンのエアハルト大司教などは、何か月分もの事前の許可を有料で販売しているようです。神の許しでお金を取るなど言語道断では無いかと思うのですが、意外とこれが好評だと言うのですよね」


 うーん、どこにでも商魂たくましい者はいるものだ。商人の方でも、休みの度にいちいち許可を取るなんて面倒くさくてやっていられないし、あまり高額で無ければ、有料でもまとめて許可が欲しいって需要は一定数あるものなのだろう。それを商売にしたエアハルト大司教とやらもなかなかのやり手だな。……ん、エアハルト大司教? どこかで聞いたような。


「エアハルト大司教ってラオブルート・ミナス・バルド・エアハルトって言う人?」

「ご存じなのですか? ええ、彼がゼーレンの大司教です」


 ───オルタリアのキャスリーンから教えてもらった、セリア襲撃犯の黒幕じゃねえか! 落ち着け、まだ決まったわけでは無い。まずはそのエアハルト大司教とやらの情報収集だ。


「エアハルト大司教ってどういう人なの?」

「どうって、ゼーレンの大司教で選帝侯の一人です。非常に権力のある人で、父よりも偉そうにしていましたね。人物評としては、先ほど言ったように神の教えで私腹を肥やす守銭奴などと言われていますが、意外と父の評価は高かったんです」

「それは何故?」

「現実に即した教義の解釈を可能にするなどの柔軟性を評価していたと思います。前の大司教が厳格過ぎて貧しかったゼーレンを裕福にしたのは彼の手腕だと言っていました」


 なるほど、何事にも表裏あると言うことか。清廉潔白でも融通が効かない人よりも、清濁併せ吞む人の方が現実世界にはマッチするものだ。現実主義の大司教か。セリア襲撃の件は許せないが、ミノス教を切り崩す観点からは重要な人物かもしれない。馬車に揺られながら、そうした思いに沈むのだった。



========

<後書き>

次回は第6章第23話「巫女様 VS 皇女様」。お楽しみに。

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