第24話 狂信者

 それから一週間ほどが経った。その間、ルクセリアとは時間を見つけて会うようにしている。セリアと3人でお茶会をしたり、馬車に乗ってであるが、市井への見学に行ったりもした。その甲斐あってか、大神殿から戻ってきた直後こそ表情が硬かった彼女も、再び笑顔を見せてくれるようになっている。


 そんな中、ミノス神聖帝国から和平交渉のための一団が来訪した。通常、陸路を通れば1か月以上かかってしまうところを、急ぐために船でやって来たのである。リヴェラの街でも緊急時であるため港を開け、通常なら受け入れない敵国の船を迎え入れたのだった。


 交渉団を率いてきたのは、ゼオン将軍という軍人だったが、軍人はそれ程多くなく、文官が20名ほど、他にミノス聖教会から5人程送られてきており、総勢は30名強と言ったところである。


 代表団は応接室に通されていたが、そこにルクセリアを連れて入って行ったところ、ゼオンがはらはらと涙を流しながら、ルクセリアの前に跪いた。


「ルクセリア様、ご無事で何よりです。皆が大変心配しております。必ずやルクセリア様をお救い致しますので」

「心配をかけましたね、ゼオン。でも大丈夫です。ラキウス様はとても紳士的な方です。父上との約束のとおり、私を守って下さっています。捕虜ではなく、客人だと言ってくださいました。与えられた部屋もとても快適です。だから、叶うなら父上に、ルクセリアは無事で、元気に過ごしているとお伝えください」


 ルクセリアは心配をかけないよう、滞在中の不愉快な事態にはあえて触れないように話をしたのだろうが、そこに横から冷たい、なんとも粘着質な声が響いた。


「これは、お可哀そうなルクセリア様、このような蛮族の国に連れ去られて、そのようにおっしゃるとは。きっと脅されて無理矢理言わされているのでしょうね。全く、邪竜の使徒と言うのは度し難い男です」

「ヒルマー枢機卿、私は脅されてなどいません。ラキウス様への誹謗はやめて下さい」


 なるほど、あの男はヒルマー枢機卿と言うのか。彼が聖教会からの派遣団トップのようだ。しかし、異教徒へのあからさまな蔑視が伺える、あのような男が交渉団にいて大丈夫なのか。その思いを裏打ちするような言動はさらに続いた。


「おや、脅されておらず、あのようにお答えになるとは。それでは洗脳でもされましたかな。そうでも無ければ、敬虔な神の教徒であったあなたが、わずか10日程度で邪竜の使徒を庇うなど、信じられませんな」

「洗脳などされていません。ラキウス様は私の信仰を否定する気は無いとおっしゃって下さいました」

「いや、そこまでこの男を庇いますか。まさか、自分をさらったこの男に心奪われたとでも言うのでは無いでしょうな?」

「ぶ、無礼な!」


 流石にルクセリアがキレそうになっているため、声上げる。


「そこまでにしてもらおう。ミノス神聖帝国の皆さんも、ここには交渉のために来ているはずだ。時間が惜しい。交渉に移るぞ」


 不快なやり取りを止めさせるために発した言葉だったが、そこにヒルマーの捨て台詞のような言葉が飛び出し、ミノス神聖帝国の関係者全員、凍り付いた。


「いやいや、邪竜の使徒とルクセリア様はどうも連携しているようだ。これは拉致自体が自作自演などと言うことも考えなければいけませんかな。異端審問会に発議することも考えなければなりませんなあ」


 見渡すと、ミノス聖教会関係者以外、ミノス側交渉団全員とルクセリアまでもが蒼白になっている。これは異端審問会への発議と言うのが、かなりのインパクトを持ったものなのだろう。


「ルクセリア?」

「何でもありません!」


 拒絶するような、いきなりの態度の豹変に驚くが、仕方ない。交渉の場に移ろうと皆で会議室にぞろぞろと移動するのだった。







 そして交渉の場、アラバイン王国側出席者は全員、ミノス神聖帝国の出してきた和平条件に開いた口が塞がらないでいた。俺の前では、ヒルマーが滔々と条件を述べている。


「まず、アラバイン王国側の全面的な謝罪と賠償金の支払い、フェルナシア辺境伯領及びレオニード公爵領の割譲、龍神神殿を始めとする土着信仰施設の全面取り壊しとミノス教の国教化、竜の騎士、竜の巫女などと僭称している邪竜の使徒の戦争犯罪人としての引き渡し、邪竜ラーケイオスの追放、以上が和平の条件です」

「ふざけるな!!」


 俺の横では軍務卿が怒りのあまり、テーブルをドン、と叩いている。いつもは飄々として物事に動じない外務卿までもが苦虫を嚙み潰したような顔をしている。何より、ミノス側ですら、聖教会関係者以外、下を向いている。恐らく彼らですら非常識とわかっているのだろう。それでも聖教会の出してきた条件に文句を言えないと言うことか。


「国境での戦況を分かっているのか⁉ フェルナシア、ヘルナ双方でミノス神聖帝国の軍は大打撃を受け、撤退しているのだぞ! 明らかに戦況はこちらに有利なのに、何だ、その条件は!」

「大打撃と言いますが、40万のうち、5千程度を失ったに過ぎません。我が国にとっては、かすり傷ですよ」


 まくし立てる軍務卿にヒルマーが他人事のように話している。5000人がかすり傷ですか。まあ、その5000人は、攻撃の要の魔法士団と飛竜騎士団なのだから少しでも軍事の知識があれば、大打撃とわかりそうなものなのだが、無知とは恐ろしいものである。殉教の英雄にしてしまわないよう、殺しすぎないようにとセーブしていたのだが、もう少し殺しておいた方が良かったのだろうか。


「ミノス神聖帝国の要求は、とても和平を求めようという意図があるとは思えません。あなた達は大軍をもって脅し付ければ言うことを聞くと思っているのかもしれませんが、それが通用しないのは、先の戦闘で思い知ったはずです」

「おやおや、怯えを隠すのに必死ですね。そもそも我が国が神の慈悲をもって和平交渉の席についているだけでもあなた達蛮族は頭を垂れて感謝に震えなければいけないのに、和平を求めていないとは何たる言い草」


 冷静に外務卿が指摘しようにも、全く通じないのだった。その後、小一時間に渡って話をしたが、議論は全く進展しないまま休憩に入った。相手方のゼオン将軍に小用の名目で部屋の外に出て来てもらい、小部屋に引っ張り込む。


「何だ、あの男は? 交渉する気なんかまるで無いじゃないか!」

「わかっています。でも、聖教会の決定に逆らう訳にはいかないんです」

「彼らにはルクセリア様を救おうと言う考えはあるのか? 異端審問会への発議っていったい何だよ?」

「聖教会は救えなければ、死後、聖人に列席させれば十分と考えてるんですよ。異端審問会への発議と言うのは要は破門のことです」

「破門?」

「神の庇護を失わせることです。破門された人間との接触は一切禁じられます。会話をしてもいけないし、ものを売ったり買ったりもご法度。だから他人から食料を得たりとかもできなくなります。残飯や野草を食べて飢えをしのぎ、皆から見捨てられて死んで行く運命。ミノス神聖帝国において最も過酷な罰と言えるでしょう」

「……要は破門をちらつかせて、ルクセリアを恫喝したのか!」


 怒りがこみ上げてくる。皇帝はまともだと言うのに、聖教会の中枢部はやはり狂信者の集まりなのか。しかし、怒りだけは湧いてきても、良い知恵が湧いてくるわけでは無い。そのまま3日ほど、何の進展も無いまま、無為な時間だけが過ぎていくのだった。そして4日目、ヒルマーが喜色に満ちて持ち込んだ紙が全てをひっくり返すこととなる。


「見ろ、ルクセリア。皇帝レオポルドと共にお前の一家への破門宣告書だ。もはやお前は人間では無い! 和平交渉など終わりだ! どこぞで野垂れ死ぬんだな!」



========

<後書き>

次回は第6章第25話「抱いて下さい」。お楽しみに。

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