第15話 カテリナ
響き渡る寮監の声に俺もエルミーナも大慌てである。彼女は、グイグイと俺を窓に押しやった。
「ラキウス君、早く、早く外に出て!」
ええ、結局こうなるのかよ、とは思うが、仕方が無い。3階の窓から一気にジャンプして跳び下りた。身体強化してなきゃ、骨折するところだな、などと思いながら、立ち上がると、目の前で女性が驚いて硬直している。その女性は良く知っている人物だった。
「カ、カテリナ様!」
「ラキウス君? 何でこんな所にいるのよ?」
ヤバイ、ヤバいぞ。一難去ってまた一難。まさか、エルミーナの部屋にいましたって説明するわけにはいかないし、どうしよう。黙っている俺を見て、カテリナは周囲を見渡していたが、女子寮の3階の窓を見て、ハハーンと何か思い当たったようだ。いけない、絶対これは誤解されている。
「カテリナ様、違うんです! これはそう言う事じゃないんです!」
カテリナは必死で言い訳する俺をちょっと呆れたように見ていたが、苦笑して口を開く。
「違うも何も、エルミーナに捕まって実験に付き合わされてたんでしょう?」
「分かるんですか?」
「分かるわよ、それ位。むしろあの魔法バカが色恋絡みで男を部屋に連れ込んでたら、そっちの方が驚きね」
良かった。誤解されてなくて本当に良かった。ホッとするあまり、脱力してしまう。
「ほら、さっさと行くわよ」
「え、どこに?」
「バカね。外とは言え、女子寮の周りを男が一人でうろついているのが見つかったら何を言われるかわからないでしょう。大丈夫なところまで一緒に行ってあげるわ」
学院の中をカテリナと並んで歩く。日はすっかり傾き、二つの影が長く地面に伸びている。季節はもう夏になろうとしている。入学してから数か月が経つが、彼女とちゃんと話したのは初めてのような気がする。もちろん、事務的なやり取り位はするけど、どうしても平民と言う立場だと一歩引いてしまうから、それ以上に話が続くことは無かった。いい機会だから、いろいろ聞いてみたい。だが、まずは小さな疑問からだ。
「それにしても、何でエルミーナ様の実験に付き合ってたって分かったんですか?」
「私も以前頼まれたことがあるのよ。1回だけ付き合ったんだけど、生肉で実験しているのを横で見ているのはいいとしても、魔石に魔力補充するのは結構疲れるし、私は寮に住んでないからって言って、その後は断ってたのよね。ラキウス君、今日凄い魔法使ってたし、その後、エルミーナの部屋から出てきたとなると、これは君の魔力に目を付けたな、って思ったわけ」
凄い、凄いよ、カテリナ様。探偵になれるよ。
「今日のあれは、それほど凄かったからね。正直、君が何で私たちのクラスにいるのか、今まで良くわからなかったけど、今日ので身に染みてわかったわよ」
「やっぱり平民の僕が特待生クラスにいるのは、おかしいと思いますか?」
カテリナはチラリとこちらを見たが、すぐに視線を前に戻すと、どこか遠くを見るような表情を浮かべる。
「私の領地は海に面しててね。昔から海洋貿易が盛んだったから、私もよく船に乗ってたの。海に出ると、ちょっと魔力があるだけの貴族なんて役にも立たなくてね。むしろ魔力なんか持たないベテランの航海士の方がずっと役に立つのよ。だから、貴族か平民かなんて小さなことよ。君は平民であっても、あれだけの力を持ってるんだもの。自信を持っていいと思うわ」
「……ありがとうございます」
彼女の言葉は暖かかった。その心をはぐくんだのも広い海なのだろう。
「カテリナ様の領地は海に面してるんですね」
「ええ、海神レオニダスにちなんで名づけられた街レオニード、機会があったら遊びに来て。とてもいい街だから」
「ええ、いつか機会があれば」
それは、決して社交辞令で言った言葉ではない。いつか必ず行ってみよう。
そうこうしているうちに、男子寮が見えてきた。楽しい時間も終わりである。
「カテリナ様、今日はありがとうございました」
「どういたしまして。今後は気をつけることね。私じゃ無くて潔癖症のセーシェリアとかに見つかってたら、ただじゃ済まなかったわよ」
そう言うと、ウィンクしながら、カテリナは去っていくのであった。
「さて、俺も帰るか」
今日はホント、いろんなことがあった。セーシェリアを涙目にさせてしまい、エルミーナの実験に付き合って、カテリナの意外な側面に触れられた。充実した一日ではあったのだろう。だが、そこで、何か忘れていることに気づく。何だろう? 忘れ物って。
「あーっ! お肉!」
慌てて飛び出してきたから、お肉もらわないで帰ってきちゃった。……まあ、仕方ないか。その日、俺はトボトボと寮に帰ったのだった。
なお、お肉はその日の夜、寮に届けられた。ちゃんと調理されて。
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