第16話 妹、襲来

 前期の期末試験も終わり、間もなく夏休みという日の朝、それはやって来た。

 週末と言うこともあり、遅くまで寝ていたが、部屋の扉をノックする音がする。

 外に出ると、寮監がニヤニヤしていた。


「お前にお客さんだ、女の子だぞ」


 女の子? それもわざわざ寮に? と思いながら玄関に行く。玄関には、見慣れた女の子が待っていた。


「フィ、フィリーナ!!!」

「来ちゃった♡」


 妹の襲来であった。







「家族で旅行?」


 フィリーナと二人、父さんと母さんの待つ平民街の宿屋に向かいながら、彼女に問い直す。


「そう。お父さんも来年40だから、そろそろ冒険者引退して、お店でも開くかーって。で、王都に最近の流行を調べに行くって言うから、じゃあ家族みんなで旅行に行こうってなったの」


 ……良かった。本当に良かった。

「お兄ちゃんと二人暮らしする!」って言って家出してきたんじゃないかと本気で焦った。


 しかし、父さんが引退か。家を出てまだ半年くらいしか経ってないはずなのに、長い時間が経過したような気がする。


「それでどんなお店を開くつもりなんだ?」

「うーん、食堂にするか、宿屋にするか、それとも武器屋にするか、とか決めかねてるみたい。お兄ちゃんはどんなお店がいいと思う?」

「そう言うのは、本人の得意分野とか、やりたいことに任せるよ」


 正直、どういう店がいいのか分からない。なので少し話題を変える。


「フィリーナはお店の手伝いをするつもりなのか?」

「うーん、多分そうなるんじゃないかな?」


 そうか、私塾にまで行かせて、個人経営の店の手伝いってのもどうかと思うが、将来婿でも取って、店を経営するようになれば学んだことが役立つこともあるだろう。


 しばらく歩いていると、前からレイノルズとパルマーの二人がやって来る。こいつら、王都出身組だけあって仲いいんだよな。良く二人で遊び歩いている。

 俺がフィリーナと二人で歩いているのを見て、二人はすぐに食いついてきた。


「ラキウス、デートか?」

「お前、セーシェリア様一筋だったんじゃないの?」


 レイノルズの言葉に慌てる。


「何でそこでセーシェリア様の名前が出てくるんだよ」

「だってお前、密会してたって」

「だからそれは嘘情報だって判明しただろうが」


 まずい、まずいぞ。後ろでフィリーナの機嫌が急降下しているのが分かる。

 二人には妹だってことを説明して向こうに行ってもらった。

 二人が見えなくなると、それまで無言だったフィリーナが口を開く。


「……お兄ちゃん、セーシェリア様って、誰?」

「ク、クラスメートだよ、大貴族のお嬢様だからお兄ちゃんなんかとは接点が無いんだ」

「ふーん」


 フィリーナを宥めすかしながら歩いていると、今度はヘンリエッタとライオットがやって来た。

 何で今日はこんなに知り合いに会うんだ。

 ヘンリエッタは俺を見るとニッコリ笑って聞いてくる。


「ラキウス君、久しぶり。今日はデート?」

「違います。妹ですよ。田舎から観光で来たんで案内してるんです」


 そうなんだ、と頷いているヘンリエッタの横で、姉を取られたライオットが不満そうだ。多分、俺の後ろでフィリーナが同じ顔をしているに違いない。もうお前ら結婚しろよ、と言いたい。


 そこでヘンリエッタが思いついたように昔のことを謝罪してくる。


「そう言えばラキウス君には弟が迷惑をかけたのに、きちんと謝ってなかったわね。ごめんなさい。謝らないといけないと思ってたんだけど、あの後、なかなか学院に行く機会が無くて」

「いえ、大丈夫です。ライオットに直接謝ってもらいましたし、それにセーシェリア様にまで謝っていただきました。セーシェリア様には新しい教科書までいただいて、感謝しかありません」

「それならいいのだけど。この子ったら、セーシェリア様にまでご迷惑かけて」


 ライオットがヘンリエッタに怒られているが、ヘンリエッタの目は優しい。良かったな、ライオット。優しいお姉さんで。

 二人は向こうに行ってしまった。それまで無言だったフィリーナがボソッと聞いてくる。


「……お兄ちゃん、セーシェリア様とは接点が無いんじゃなかったっけ?」


 ああああああ! 墓穴を掘った!


 その後、フィリーナの機嫌を取るために王都の有名なスイーツの店に連れて行ったりして、その後、ようやく父さんたちと合流した。久しぶりに家族みんなで食べる食事は本当に美味しかった。






 夕刻、俺はフィリーナと一緒に、貴族街を王宮に向かって歩いていた。フィリーナが王宮を見てみたいと言ったので、中にはもちろん入れないけど、近くまで連れて行ってあげることになったのである。空は暗くなりつつあるが、貴族街は至る所にある魔石灯に照らされ、暗くは無い。

 歩いていると、横を通り過ぎた馬車が止まった。扉が開き、誰かが降りて来る。


「セーシェリア様!」


 セーシェリアは、舞踏会にでも行く途中なのだろうか。いつもの制服ではなく、ドレスを着ていた。彼女の瞳の色を思わせる淡いブルーをベースに白のレースで仕立てられ、金糸や銀糸を使った刺繡が控えめにあしらわれた、上品なドレス。身体にフィットしたスリムなドレスを着た姿はいつにも増して美しかった。魔石灯の光に照らされて浮かび上がるその姿はまるで女神のよう。

 いつもは兄に近づく女性を敵視しているフィリーナですらあんぐりと口を開けて何も言えないでいる。


「こんばんは。今日は可愛らしいお嬢さんと一緒なのね」

「違います、違います。妹です」


 何が違うのか分からないが、誤解されたくなくて必死に言い訳する。


「妹さん?」


 コトリと首をかしげるが、すぐに微笑むと、スカートの裾をつまみ、挨拶する。


「初めまして。お兄様のクラスメートのセーシェリアよ。よろしくね」


 その優雅な所作に、俺もフィリーナも声も無い。彼女はそのまま、「また明日、学院で」と告げると、馬車に乗って去っていくのだった。




 ❖ ❖ ❖




 馬車の窓からセーシェリアは小さくなっていくラキウスとその妹を見ていた。

 対面に座る父、ガイウスがその視線の先を追いながら問う。


「友人かね?」


 だが、セーシェリアは首を横に振った。


「私に彼の友人を名乗る資格はありませんから」


 どこか寂し気に言う娘に、父は「そうか」とのみ答えるのだった。

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