第17話 流血姫

 夏だ! 夏休みだ!

 夏休みと言えば、海! 水着! ひと夏のアバンチュール!

 ……のはずなのに、俺は今ソロボッチでダンジョンにいる。

 何度でも言おう! ソロボッチである。


 ううう、海に行きたい。

 セーシェリア様と一緒に行きたい。

 彼女の水着姿、綺麗だろうなあ……と、在り得もしない妄想に浸っていても仕方ない。

 そもそもこの国、海水浴の習慣自体無いし。

 さて、仕事だ、仕事。


 何で夏休みにダンジョンにいるかと言うと、お金のためである。俺は紅玉級冒険者で、その資格はまだ生きてるし、王都でもそのまま登録されているが、さすがに王立学院に通っている間は仕事はお休みである。だが、王立学院の学費は高いし、このままだとこれまでの貯金を使い果たしそうなので、夏休みの間だけ冒険者のバイトをしていいか?と王立学院の事務局に相談に行ったら、それならと仕事を紹介してくれた。しかも、報酬は後期の学費免除である。こんな美味しい話は無い。


 仕事内容はいくつかの素材採集だったが、どれも強力な魔獣の体の一部なので、普通の冒険者では受けられなかったのである。だが、俺は誰も見ていないソロの利点を活かし、闇属性魔法を撃ちまくってあっという間に全ての魔獣を討伐し、素材集めを完了していた。


 仕事を終了し、さて、と周りを見回す。

 この辺りはダンジョンでも最深部に近いから、俺の他には誰もいない……と、思ったら近づいてくる人影がある。

 誰だ?と警戒していると、その人影は手を挙げて声をかけてきた。


「こんちわー。調子どう?」


 女? こんなところに女だと?と困惑していると、さらに近づいてきて姿かたちが分かるようになってきた。年のころは20台くらい? 赤いショートヘア、ボンデージ風の服を着た妖艶な感じの女である。


「あれー、挨拶したんだけどなあ。警戒しちゃったぁ?」

「どなたですか?」


 警戒しながら問う言葉にケラケラ笑い声が返ってくる。


「ダメだよー、名前聞くときは自分から名乗れってママに教えてもらってない? まっ、いっかぁ、聞いたことない? レジーナって名前。流血姫クルエント・レジーナとも呼ばれてるけどね。金剛石級冒険者さ」


 金剛石級冒険者? 金剛石級冒険者が女?

 疑問に思うが、別の方向から探りを入れる。


「金剛石級冒険者って王宮専属だって聞いてましたけど」

「ああー、それ少し違う、違う。王宮にいる、ある人と契約してるんだ。誰かは言えないけどね」

「それで、レジーナさんは僕に何の用ですか?」

「いやあ、最近可愛くって活きのいい冒険者がいるって聞いたからさ、味見してみたくなってね」


 そう言うと舌なめずりしてくる。

 ヤバイ、こいつどこかおかしい。


「ねえ、お姉さんと遊ばない? 遊ぼうよ」

「お断りします」

「そう言わずに、さぁっ!」


 いきなり飛び込んで来た。

 と、彼女の手に装備したガントレットから剣が飛び出してくる! 手甲剣?

 一瞬、避けるのが遅れ、皮膚を浅く切り裂かれ、ツーっと血が流れる。

 レジーナは手甲剣に付いた血をべろりと舐めとると、ニヤァっと笑った。


「いいね、いいね、甘いよ。もっと頂戴!」


 突貫してくる!

 その振るう両の手甲剣の速さが尋常じゃ無い。

 必死に刀で受けるが、受け切れない。

 傷が増え、血が飛び散る。

 レジーナは恍惚の表情で半狂乱になって叫んでいる。


「愛し合おうよ! お互いの穴と言う穴を犯して! お互いの血を啜って! もっともっと溺れよう!!」


 恐怖に震える。

 こいつ本当に人間か?

 俺は隠し通さなきゃという誓いも忘れ、刀に闇属性魔法を流し込むと斬りこむ。

 レジーナが障壁で防ごうとするのが見えるが、そんなの無駄だ! だが、──。


「嘘……だろ」


 目の前には障壁に受け止められた刀の姿。

 闇属性魔法か光属性魔法でしか止められない魔法が止められている?

 この女、闇属性魔法か光属性魔法の使い手だと言うのか。

 だけどこの女が光属性魔法を使うなんて想像できない。

 だとしたら闇属性魔法?

 教師の言葉が蘇ってくる。

「闇属性魔法を使う存在がいる、魔族だ」

 じゃあ、じゃあ、この女、魔族⁉


 一方、レジーナの方も一瞬、呆けたような顔をしていたが、いきなりその顔が歪むと今度こそ狂ったかと思わんばかりに哄笑する。


「キャハハハハハハハハハ! あんた、そんな魔法まで使うの? いいね、いいね、いいね! 坊や、あんた凄いよ! あんたの血と精液欲しい、欲しい、欲しい! お姉さんに死ぬまでしゃぶり尽くさせて!」


 怖気が立ち、思わず後退りする。

 レジーナは飛び込んで来ようと身構えるが、次の瞬間、突然立ち止まった。

 かと、思うと、いきなり不機嫌そうな顔になる。


「えー、今いいところなのに何だよ!」


 誰かと話をしてるのか? でも相手の声は聞こえない。

 そうだ、これは念話だ。だが、念話にしては、片方の声が丸聞こえだぞ。


「この火照った身体、どうしてくれるんだよ。お前が慰めてくれんのか?」


 何度かやり取りしていたようだが、最後にはどうやらレジーナが折れたらしい。


「ちっ、仕方ねえなあ。……じゃあね、坊や。今度会ったら死ぬまで愛し合おうね」


 彼女は手を振ると帰って行った。





 レジーナが見えなくなるとへたり込む。

 これまで会ったことの無い異質の狂気。彼女はいったい何者だろう。本当に魔族なのか? いや、でも人間だって俺のように闇属性魔法を使える者がいる。第一、どうやって彼女が魔族だと証明する? 皆の前で、俺の闇属性魔法を叩きこむ、とでも言うのか? 自分の首を絞めるだけだ。


 思考の出口は見えない。だが、一つだけ言えることがある。彼女は必ず俺の前に再び現れる。その時に備えなければいけない。


「……次は、負けない」


 ダンジョンの奥深く、狂気の金剛石級冒険者へのリベンジを誓うのだった。

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