第3話 フィリーナの縁談
レドニア公国。王では無く、大公によって治められるこの国は、かつてナルディア王国の一領地だった。ナルディア王国とオルタリア王国を隔てる自然的国境である大河、セテ河の河口付近に広がるデルタ地帯に位置するこの地域は、屈指の穀倉地帯。
しかし、地形的にセテ河の氾濫に悩まされることが多く、その治水にかかる費用分担や国に治める税額について、国とレドニア領の対立が深刻になっていった。40年ほど前、上流域での豪雨によって引き起こされた洪水からの復興を巡って、その対立が表面化。領主であったレドニア大公はついに独立を宣言したのだった。
当時、その独立を支援したのがオルタリア王国である。オルタリアとしては隣国ナルディアの勢力を少しでも削いでおきたいという思惑と同時に、屈指の穀倉地帯を有するレドニアを味方に付けることによる直接的なメリットがあった。レドニア側としても、単独ではナルディアの軍事力に抗しえない状況下で、オルタリアの支援に頼らざるを得ないという事情があったのだろう。レドニア建国以来、この二国は強固な同盟で結ばれていたのである。
一方で、レドニアに一方的に独立されたと見なしているナルディア側は当然反発を強くする。既に独立から40年がたち、大陸の他の諸国が実態に合わせてレドニア公国を独立国と見なしているのに対し、ナルディア王国だけが頑としてレドニアを国と認めていなかった。
「つまり、レドニアとしては、オルタリアだけじゃ無くて、アラバイン王国の後ろ盾も欲しいと言うことか」
「有り体に言ってしまうと、その通りですね。我が国がオルタリアの同盟国となった今、オルタリアからの反発も無いでしょうし」
かつてのようにアラバインとオルタリアが同盟関係に無い場合、我が国と結ぶことは、オルタリアからすれば、挟撃をするつもりかと見えないことも無い。だが、両国が同盟を結び、王族同士が信頼関係で結ばれている今なら、そのような懸念を引き起こすことも無かった。
現状、アラバインにとってレドニアは同盟国では無い。同盟国であるオルタリアがレドニアと同盟国であるからと言って、自動的にレドニアがアラバインの同盟国になるわけでは無いのだ。この婚姻は、そうした関係にある両国を血縁によって結びつけようと言うものであることは明らかだった。
「問題はナルディア王国からの反発が出ることなんだが、外務卿はその辺、何か言ってるのか?」
通常、こうした話が、事前検討も無く、王族に上がってくることは無い。外交部で対処方針を検討したうえで上がって来るのが普通なのだ。
「リューベック候からは『王太子殿下の判断にお任せします』と言われています」
「おい!」
「一応、判断根拠みたいなものも言われていますよ。『我が国は既にレドニアを国と認めて対外的にも公表しています。先日の立太子の儀にも招待しています。ナルディア側に何と言われようと、法的に何の問題もありません。国力から言っても、ナルディアは我が国に対して実力行使はできません。せいぜい大使が口先だけの抗議をして終わりです』だそうです」
「はいはい、そうですか」
まあいいか。ミノス神聖帝国すら下してしまった今、ナルディア王国ごときは敵にもならないと言うことなのだろう。だとすると、後は当人の問題か。
「そのルナール公子ってのはどんな人なの? 立太子の儀での招待客にはいなかったよな?」
「ルナール様はレドニア大公の長子で今年16歳。フィリーナ様より一つ年下ですね。立太子の儀の時はまだ未成年のため、招待されていませんでした」
……年下か。レティシアが可愛く思えてくるくらいの真のお転婆姫たる我が妹が結婚相手で大丈夫だろうか。妹じゃ無くて、相手を心配してしまうぞ。
「一応、聞こえてくる評判は悪くないですよ。誠実で優しいお人柄だとか。後、とても美男子だと言うお噂です」
そうか。誠実で優しいってのはいいけど、イケメンだと、すぐ他の女が寄って来て浮気したりしないかな。 ……うーむ、イケメンと聞くと前近衛騎士団長を思い出してしまう。駄目だ、個人的恨みに引きずられてはいけない。この縁談はセリア相手じゃ無くてフィリーナ相手なんだから。
だいたい、相手がどうかってのは、俺じゃ無くて、フィリーナがどう思うかなんだよな。だいたい、フィリーナ自身が縁談を受けるかどうかもわからない。
彼女に縁談が来ること自体は初めてでは無い。むしろ、国内有力貴族から降嫁狙いの申し入れが山と来ている。だが、フィリーナが結婚する相手と言うのは、次の王たる俺の義理の弟と言うことになるのだ。当然、家長である俺も慎重になるし、それ以上にフィリーナ自身に全くその気が無くて、成立してこなかったと言うのが実態である。
「なあ、フィリーナ、そう言うことだ。まあ最初はお見合いからと言うことみたいだが、会ってみるか?」
「うん、会ってみる」
「そうか、やっぱりお断……え?」
今、フィリーナなんて言った? 会うって言ったのか?
「本当に会うのか?」
「何よ、お兄ちゃん。何か問題でもあるの?」
驚いて確認したら、ギロっと睨まれてしまった。いや、だってお前、これまでずっと「興味無いもん」って断っていたじゃ無いか。あれか、やっぱりイケメンがいいのか?
「だってお兄ちゃんの一番はセリアお義姉ちゃんで決まりなんだもん。私も私を一番に想ってくれる人を探すの」
そう言うと、んべっと舌を出して可愛く睨んでくるのだった。
========
<後書き>
次回は第7章第4話「淑女?フィリーナ」。お楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます