第4話 淑女?フィリーナ

 レドニア公子ルナールのアレクシア訪問、それが発表された時、周辺国に少なからぬ波紋が広がった。訪問の目的はドミティウス陛下や俺への挨拶とされているが、それを文字どおり受け取る者などいない。何しろアラバイン王国には年の近い王女が二人いる。そのうちテオドラはクリスタルにあってアレクシアにはいない。そうなるともう一人の王女、すなわちフィリーナとの縁談と結びつける予想が出るのは当然だった。


 フィリーナは俺の影に隠れて、あまり表に出ることは無い。平民上がりで社交界に慣れていないということもあり、本人がそうした場にあまり出たがらないのだ。礼儀作法だけで言えば、もう十分貴婦人としての振舞いは身に着けていると聞かされているが、俺の前では昔から変わらない態度のため、ふとした拍子にボロが出るかもしれないという恐れが俺の方にあったと言うのも大きい。


 そう言う訳で、存在自体がミステリアスなフィリーナではあったが、仮にも次期国王たる俺の妹だ。その縁談となると大陸中の国々の注目が集まるのだった。今、俺の目の前にいる男も、そうした一人である。


「ですから、我が国はレドニアを国と認めておりません。その公子を僭称する男の入国を認めるなど。ましてや畏れ多くも王太子殿下の妹君とのご縁談という話も伺っております。我がナルディア王国としては認める訳にはまいりません。断固抗議させていただく」


 汗をかきながら、先ほどから同じ内容を繰り返すように言って来る男を見つめる。ナルディア王国大使を務める男からの面会の申し出を最初は断った。外務卿に適当にあしらっておけと言っておいたのだが、大使本人が頑として俺への直接面談希望を譲らず、結局根負けして会っているという訳である。


 そこまでして俺に直接会いに来たというのに、言っていることに中身が無い。型通りの抗議を繰り返しているだけである。大使が王太子である俺に直接会いたいと言ってきたのだから、何か、交換条件でも持ってきたのかと思ったのだが、とんだ見込み違いだ。


「我が国はレドニア公国を国と認めている。先日の立太子の儀の際にはレドニア大公の弟君が参列されたが、その際には貴国からの抗議は無かったと記憶している。公弟閣下は問題無く、公子閣下なら問題であるとでも貴殿は言うつもりかな?」

「しかし、妹君とのご縁談という話が……」

「訪問の目的は発表されているように、国王と私への挨拶だ。成人後、初めての外遊に我が国を選んでいただいたのは光栄の至りだな」

「いや、そう申されましても……」

「仮に妹の婚姻云々が事実だとしても、それは我が王家の問題。ナルディア王国に許可をいただくような話では無い。これ以上何か言われるようであれば、内政干渉と見なすがよろしいか?」

「……」


 何も言えなくなってしまった大使に退出を促す。肩を落として出て行く男を視界の端に捉えながら、横に控えるソフィアへと向き直る。


「なあ、あいつ、何しに来たんだ?」

「王太子殿下に直接抗議したという形式が欲しかっただけですよ。本国から交渉材料も何も持たされず、ただ婚姻を止めろとだけ言われて、仕方なく『努力はした』って言えるように」


 苦笑交じりのソフィアの答えに、こちらも乾いた笑いを禁じ得ない。似たような経験、前世でいくらもあったなと思い至る。まあいい。ナルディアのことは忘れよう。レドニア公子の来訪は一月後だ。






 それからきっちり一か月後、ルナールがやって来た。王宮の謁見の間で、玉座に座るドミティウスの横に立ち、挨拶を受ける。


「ドミティウス陛下、ラキウス殿下、お目にかかれて光栄です。レドニア公国公子、ルナール・セスト・アル・レドニアです。以後お見知りおきを」

「うむ、よくぞ参られた。長旅お疲れであろうが、今宵は歓迎の宴がある。ぜひ参加してほしい」

「ご配慮を賜り、ありがたく存じます」


 ドミティウスと言葉を交わすルナールを改めて観察する。なるほど、誠実で優しそうな雰囲気。ゆるくウェーブのかかったプラチナブロンドの髪が少し中性的な顔に良く映える。前近衛騎士団長とは方向性が違うが、噂通りのイケメンである。列席する貴族のご婦人方からも熱い視線を集めていた。しかし、その人となりは、もう少し接してみなくてはわかるまい。果たしてフィリーナを託すに足る男なのか。


「ルナール殿、良く参られた。明日は我が屋敷にお招きしたい。招待を受けていただければ嬉しいが」

「ラキウス殿下、有難いお申し出、感謝いたします。ぜひお伺いさせていただければ」


 そのやり取りに周囲のざわめきが大きくなる。屋敷に招待する、それが単なる茶飲み話に誘っているわけでは無いことは明らか。それではやはり、この訪問はルナールとフィリーナの見合いなのだと皆が改めて認識したのだろう。もっとも、二人の初顔合わせは明日では無く、今日なのだが。






 その日の夕刻、歓迎式典の控室で、セリアに連れてこられたフィリーナを見て俺は絶句していた。そこに、いつものお転婆姫とは似ても似つかぬ可憐な乙女がいたから。


 薄紅色のシルクのドレスは身体にフィットしていつもの彼女とは違う艶やかさを醸し出している。デコルテから首周りのレースは清楚さを際立たせ、それと対照的に背中は大きく開いていた。その背を覆う艶やかな金髪は、サイドに少し編み込みを入れて後ろで束ね、例の髪飾りが飾られている。一方で、髪全体はアップにせずに流されていた。以前はボーイッシュなショートヘアだった髪は、今は背の中ほどまでの長さまで伸ばされており、服から覗く白い肌にこの上なく映えていた。


「……お前、本当にフィリーナなのか?」

「お兄ちゃん、喧嘩売ってる?」


 驚いて馬鹿な質問をすると、いつも通りの答えが返って来る。それでようやくフィリーナ自身だと確信を持てた俺は笑った。


「すまん、すまん。すごく綺麗でびっくりしたよ。これならルナール様もいちころだな」

「うう、お兄ちゃん、不意打ち禁止!」

「?」


 いったい何が不意打ちなんだ? 訳が分からないが、まあ気にするのは止めよう。真っ赤になっているフィリーナをエスコートするために手を差し出す。


「行こう、フィリーナ。今日の主役はお前だよ」

「……うん」

「あ、一つ言っておくけど、ルナール様に失礼な口きくなよ。あと、何か不愉快な事言われたりしても、いきなり殴ったりしないこと」

「やっぱりお兄ちゃん、喧嘩売ってるでしょ!」


 ルナールより前に兄に殴りかかりそうな勢いの妹を宥めつつ、会場に急ぐ。会場からはドミティウスによる乾杯の音頭が聞こえてきていた。国王の挨拶よりも後に入場する、それはひとえに今日のパーティーの主役がフィリーナだからだ。もちろん表向きはルナールの歓迎式典で、主賓は彼なのだが、彼が必ずしも主役では無いことは誰もがわかっている。


「王太子殿下とフィリーナ様ご入場です」


 前触れと共に、会場に入る。王宮の大ホール正面、螺旋階段の踊り場となっているところにフィリーナと共に立つと、どよめきが起きた。


 そのどよめきにはいくつもの意味があるはずだ。一つには単純に、俺がセリア以外の女性を伴って現れたことに対する驚きだろう。俺がセリア以外の女性は眼中に無いことはもう広く知れ渡っている。パーティーでもセリア以外の女性と組むことは極めて稀だ。唯一の例外は、竜の騎士として出席を求められた際にリアーナを伴う場合くらいである。つまり、パーティーでの俺はセリアとセットで考えられており、それと異なる組み合わせに驚く人間が一定数いると言うことだ。


 もう一つは、この訪問がルナールとフィリーナの見合いだと言うことを再度認識したことによるどよめき。この場には、謁見の間にいなかったものも多数参列している。そうした人々が、アラバインとレドニアの血縁による結びつきを思って発したどよめきだろう。


 最後に、フィリーナの美しさへの感嘆だ。彼女は社交界に出入りすることを極度に避けていたため、彼女を目にするのは初めてという出席者も多い。一応、王族としてのお披露目の際、表敬の場に彼女もいたが、降嫁狙いの貴族以外は俺にばかり注目していて覚えていないに違いない。そうした参列者からだろう。口々に賛辞が飛んでいた。


「あの方が王太子殿下の妹君……」

「なんと可憐な」

「セーシェリア様に、リアーナ様に、フィリーナ様まで。王太子殿下の周りは美女ばかりですな」


 ……うん、中身はお転婆姫なんだけどね。まあみんなの夢をぶち壊す必要も無いから黙っておくけど。

 そんなざわつく会場に向かい、フィリーナは優雅に貴婦人の礼をする。その洗練された仕草にまたため息が湧くのだった。貴婦人としての振舞いは身に着けているという報告が嘘でなかったことがわかってホッとする。


 フィリーナの手を取り、会場に降りるとルナールの元に向かう。彼はフィリーナを見て少し呆けたような顔をしていた。


「ルナール殿、妹を紹介させていただいてもよろしいですか」

「も、もちろん……!」


 俺の言葉に続いて、フィリーナが前に出る。


「ルナール様、アラバイン王国王太子ラキウスの妹、フィリーナ・リーファス・アラバインにございます。お会いできてうれしく思います」

「こ、こちらこそ。王太子殿下の妹君がこんなにもお美しい方だとは……」

「まあ、お世辞でも嬉しいですわ。ありがとうございます」


 ……おい、フィリーナ、いつもとキャラ違いすぎだろ。猫被るにしても限度があるぞ。いくら見合いの席で猫被ってても長い結婚生活の中では、いつか化けの皮が剝がれるからな。


 ───などという兄の思いは知らず、二人はダンスに行ってしまった。一人取り残された俺の横にセリアが並ぶ。


「あの二人、うまく行くかな?」

「どうかしら? とにかく外野が騒いでも仕方ないわ。もう少し見守りましょ」

「そうだな。明日のホームパーティは頼むよ」

「任しといて!」


 そうだ、決めるのは俺じゃない。もちろん、家長として最後の判断はするが、大切なのは本人の気持ちだ。少なくとも最初の印象はお互い悪くなさそうでホッとする。このままうまく行ってくれればいいが。そんな思いを胸に秘め、更けていく夜を過ごすのだった。



========

<後書き>

次回は第7章第5話「結婚してください」。お楽しみに。

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