第29話 蹂躙

 ラーケイオスの背に乗り、上空1000メートルほどの高空をセリアの元に急ぐ。場所はちびラーが教えてくれるから迷うはずも無い。ひたすら一直線である。


 セリアの状況を聞きたいが、飛ぶことに集中しているラーケイオスの集中を途切れさせたくない。今は信じて待つだけ。


『着いたぞ』


 ラーケイオスがパスで教えてくれる。下を見ても、高すぎて見えないが、ちびラーと視覚を共有すると、包囲され、今にも押しつぶされそうなテオドラ一行が見えた。無茶苦茶危ない状況じゃねえか。もはや待っていられない。


「リアーナ様、行きます!」

「行ってらっしゃい」


 そのまま、空中にダイブする。


黒闇槍ダルク・ハスタ!」


 自由落下に任せながら、漆黒の槍を準備する。もはや何百本であろうとも瞬時に生み出すことが出来るが、とりあえずは100本ほど。これで引いてくれるなら、何も皆殺しにまでする必要は無い。ちびラーと視界を共有しながら、生み出した槍の照準を調整する。間違っても味方に被害を出さないように。


「穿て!」


 上空100メートルくらいで、一斉に射出する。槍は味方と敵の包囲網の間を正確に射抜いた。驚いたのか、敵が一瞬後退する。狙い通りだ。


 セリアを庇うように、その前に着地する。誰よりも守らなければならない人、誰よりも愛する人の前に。


「お前ら、俺のセリアに手を出してタダで済むと思うなよ!」


 敵を睨みつけ叫ぶ。一方、いったん後退したクリスティア軍は、改めて前進を始めた。たかが一人、圧し潰してしまえと言うことなのだろう。ああ、そうかよ。お前らは自分で自分の死刑執行書にサインしたんだ。もう容赦はしない。皆殺しだ!


『ラーケイオス、少しだけ借りるぞ!』


 龍神剣アルテ・ドラギスが眩しい光を放つ。俺はその光の刃を、思い切り横に薙いだ!

 ただ一振り。その一振りで、前方にいた300人からの騎士たちが、騎乗していた馬や地竜ごと、骨も残さず、蒸発した。だが、完全ではない。まだ後方に100人以上の敵が残っている。俺は振り向きもせず、ちびラーと視界を共有し、照準した。


黒闇槍ダルク・ハスタ!」


 生み出された数百本の漆黒の槍が、残された騎士たちを一人残らず、ただの肉片に変える。ほぼ1分ほどで400人超を皆殺しにしたが、倒した中にレムルスがいなかったのが気になる。そこに上空のリアーナからパスが入った。


『ラキウス君、10人程、ヘルナに逃げようとする人たちがいます!』


 そいつらか。俺はラーケイオスに指示を飛ばした。


『ラーケイオス、逃げる奴らの退路を塞いでくれ!』

『了解だ』


 上空から急降下してきたラーケイオスが地表近くで身をひるがえすと、逃げる連中の真横からブレスを放つ。そのブレスは、レムルス達の前方に幅、深さ10メートル、長さ数キロにわたるクレバスを作り出し、逃げ道を完全にふさいだのだった。レムルス達を拘束しに近衛騎士団が向かったので、そちらは任せ、愛する人に向き直る。


 セリアは無事だった。どこにも怪我は無い。本当に良かった。本当に。俺は人目もはばからず、思わず彼女を抱きしめていた。


「セリア、良かった。無事でいてくれて。君に何かあったら、俺は!」

「ラキウス、う、嬉しいんだけど、その、他の人達が見てるから、ちょっと離れて」

「嫌だ」

「え?」

「もう絶対に離さない!」


 さらに強く、強く抱きしめる。セリアは「もう、子供じゃないんだから」と言いつつ、俺に身体を預けてくれた。


「ラキウス様、救援ありがとうございます」


 そこに馬車から降りてきたテオドラが声をかけてきた。慌てて、セリアから離れて跪く。


「あら、そのままでも良かったのですけど」

「いえ、テオドラ様の御前にもかかわらず、我を忘れておりました」


 クスクス笑うテオドラの顔を見ることができない。恐らくは俺の隣で真っ赤になってるであろうセリアの顔も。


「ラキウス様、アレクシアからいらしていただいたばかりでお疲れかと思いますが、この後、私はクリスタルに戻り、事後処理をしなければなりません。ラキウス様にはその護衛もお願いしたいのですが、よろしいですか?」

「元よりそのつもりでおります」


 地方領主とは言え、国の中枢機関である十侯会議の主要メンバーが他国の王族に攻撃を仕掛けたのだ。クリスティア王国には、国として責任を取ってもらわなければならない。だが、交渉はクリスタルで行われる。そこは敵地だ。護衛は必ず必要だった。


 そこに拘束されたレムルス達が連行されてきた。レムルスは、これまでの尊大で横柄な態度とは打って変わっておどおどとした表情を浮かべていたかと思うと、醜い仲間割れを起こし始めた。


「テオドラ様、これは何かの間違いです。そうです、これはユリウスの独断で」

「な、何を言ってる!お前が中心になって計画をまとめていただろうが!」


 そんな醜いやり取りに付き合っている暇は無い。テオドラもそう思ったのだろう。


「言い訳は十侯会議の場で聞きます。今はお黙りなさい」

「その、私はこれからどうなるのでしょうか? まさか、死刑に?」


 黙れと言われたのに、レムルスは更に問うた。それにテオドラはニッコリと笑う。


「安心してください。あなた達は死刑にならないように私、進言しますから!」


 助かった! そう思ったのだろう。喜色を浮かべかけたレムルスの表情は、しかし、次のテオドラの言葉で凍り付いた。


「あなた達には莫大な賠償金を払ってもらいます。莫大なね。あなたもあなたの親族も破産して奴隷に落ちるでしょう。あなたの娘さん、確かもうすぐご結婚でしたか。でも残念ですね。ご結婚は叶いませんよ。お嬢さんは娼館に売られ、見ず知らずの男たちにその身を汚されることになるのです。それもこれも全てあなたのせいですからね」


 レムルスが愕然とテオドラを見る。俺もつられてテオドラの顔を覗き込んで、慄然とした。その顔に14歳の娘とは思えないほどの侮蔑と冷笑を張り付けている彼女を見て。いったい、この少女は何者なのだ。


「あの女魔族との戦闘で彼我の力の差を認識したはずなのに。最後のチャンスを与えてあげたのに。それを活かすことのできなかったあなた達が悪いのですよ」


 テオドラは吐き捨てるように付け加えた。


「死に逃げるなど許しません。巻き込まれた親族の怨嗟の声を聞きながら、自らの誤った選択を後悔しながら、奴隷として生き続けるがいい!」


 そう言うと、二度と見たくないと言うように、レムルス達を下がらせた。


「すみません、ラキウス様。不愉快な場面を見せて」

「いえ、滅相もございません」


 テオドラの言葉に当たり障りのない反応を返しながら、俺は別の事に気を取られていた。テオドラは「最後のチャンスを与えてあげた」と言った。それでは、まるでリュステールがあの場に現れたのは、テオドラの意思に依るもののように聞こえるでは無いか。


「まさかな」


 いや、いくら何でもそんなことはあるまい。リュステールと俺の戦いを見たら、とても敵わないとわかっただろうことを「最後のチャンスを与えてやった」と表現しただけだろう。そうに決まっている。俺はその時、それ以上考えることを放棄してしまったのだった。

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