第30話 脅迫
一週間ほど後、場所はクリスティア王国の首都クリスタルにある議事堂前の広場。俺はラーケイオスの頭上に佇んでいた。議事堂では、テオドラが十侯会議のメンバーを相手に賠償交渉中であるが、中に入れない俺には議論の状況はさっぱり分からない。
では、何をしてるのかと言うと、ズバリ、脅迫である。十侯会議の面々に、こちらの要求を飲まなければ、首都が消し飛ぶぞという無言の圧力をかけているのだ。言うなれば、ペリー来航における黒船と言うか、やっていることは砲艦外交そのものである。
そんな俺達を、クリスタル市民が遠巻きに、恐る恐る眺めている。たまに子供が届くはずの無い石を投げつけてきて、母親らしき人が慌てて抱えて連れて行くといった光景が見られるが、基本は、ただ見つめているだけだ。
昨日、ラーケイオスに乗って首都に到着したときには、パニックになって逃げ惑う市民の姿が見られたが、今は表面上は落ち着いている。だが、アラバイン王国内で向けられるような尊崇の念を感じることは無い。ただただ言い知れぬ恐怖を向けられていることを感じるばかりだ。
だが、向けられる恐怖を気にしていても仕方が無い。結局は力が全ての社会なのだ。そう考えて、改めて目の前の議事堂を眺める。この議事堂には、十侯会議の会議場の他に、国民議会の会議場があるはず。だが、今回の事態において、国民議会は開かれる素振りすら無い。十侯会議の
なるほど、かつてこの国に立憲君主制と国民議会を導入した王は公明正大で、自らの権力を求めない清廉な人物だったのかもしれない。だが、現実が見えていなかったと思う。
乏しい前世の世界での歴史に関する知識から考えても、民主主義の成立には何百年にわたる支配者と被支配者間の綱引きがあり、社会や技術の変化が必須の背景としてあったのだ。社会がその変化を受け入れるだけ成熟していないのに、形だけ立憲君主制や議会を導入しても根付くはずが無い。
壮大な社会実験の失敗例。俺の目には、議事堂の姿はそうとしか映らなかった。
そんなことをボンヤリと考えていたら、かすかに名前を呼ぶ声がする。誰だろうと下を見たら、テオドラがブンブンと両手を振っているのが見えた。
「どうしたんですか、テオドラ様」
「少し二人きりでお話したいことがあるので、私もラーケイオス様の上に連れて行ってもらえませんか?」
飛び降りて話を聞くと、ラーケイオスの頭の上に連れて行けと言う。恐らく、他の人には聞かせられない話があるのだろう。畏れ多いが、テオドラをお姫様抱っこして上まで連れて行った。
「ラーケイオス様、頭の上に乗る無礼をお許しくださいまし」
テオドラの申し出にラーケイオスから了解の返事が返って来て、それをテオドラに伝える。テオドラはうれしそうに周りを見ていた。
「ラーケイオス様の上からだと、世界も違って見えますね」
「空の上からだとさらに違って見えますよ」
他愛もない言葉に、こちらも同様の言葉を返す。でも、こんなところに来てまで、景色の話をしたいわけではあるまい。そう思っていたら、テオドラがぽつぽつと交渉の状況を話し始めた。
「交渉はうまくいっています。この期に及んでレムルスは襲ってきたのはアラバイン王国側だと主張したのですが、私とセーシェリアを帝国に売り飛ばす算段についてのやり取りを記した手紙を見せたら、観念したようですよ」
「よくそんな手紙が入手できましたね」
「ふふ、そういうこと専門の人がいるのですよ」
俗に言うスパイや工作員の類だろう。それにしても、それほどの機密情報を入手できるなんて、よほどの腕利きに違いない。
「当初、賠償金の巨額さに驚いていた面々も、今回の三侯だけに支払い義務を課すということにしたら、途端に食いついてきました。自分たちは責任を負うこと無く、競争相手を蹴落とせるんだから当然ですよね」
「まあ、そうなるでしょうね」
「結果として、十侯会議の10人中7人によって、あの3人は切り捨てられました。これも彼らの言う、民主主義というものでしょうか?」
「さあ、どうでしょう。本来の民主主義とはもっと複雑なものだと思うので」
テオドラが何を言いたいのか、分からないが、とりあえず当たり障りのない感想を言っておく。そんな俺にテオドラは更に聞いて来た。
「ラキウス様は、この国の体制をどう思われますか?」
「そうですね。一言でいうなら、時期尚早、でしょうか」
「時期尚早?」
「社会が成熟していないのに、制度だけ入れてもうまくいかないということです。この国の発展段階なら、国王が絶対的な権力を持つ、絶対王政の方が安定するでしょうね」
テオドラは俺の答えを聞いて少し考えるそぶりを見せ、……とんでも無いことを口にした。
「ラキウス様は、この国の王になるつもりはありませんか?」
「は?」
「ラキウス様が、クリスティア王国の王になると言うなら、アラバイン王家は全力で応援しますよ」
言ってる意味が分からない。俺が王? しかもクリスティア王国の?
まさか、ここで王になりますとか言ったら、野心ありと見なされて始末される、とかじゃ無いよな? でもまあ、そんなことが無かったとしても、俺の望みはそんなところには無いはずだ。
「やめておきます。私は王になるなどと大それたことは望んでおりませんので」
「それでは、ラキウス様の望みは何なのですか?」
「いや、真正面から申し上げるのは恥ずかしいのですが、セリアと二人、平穏に暮らしていくことが私の願いです」
「そうなのですね。それ程までにセーシェリアのことを愛しているのですね」
最後の方は、返事を求めていない、ただのつぶやきのようだった。テオドラはその話題はやめることにしたのか、別の話題を振って来る。
「それにしてもラキウス様はどこで、そのような政治に対する視座をお持ちになったのですか? 失礼ながら平民出身のラキウス様がどこでそのようなお考えを身に着けたのか興味があります」
「いや、王立学院でも歴史の勉強はしましたし、冒険者と言う仕事の関係上、いろんな人と付き合いがありましたので」
転生のことを伝える訳にはいかないので、適当に話を誤魔化そうとしたが、続くテオドラの問いは驚くべきものだった。
「ラキウス様は、アレクシウス陛下が異世界から来たと言う話をご存じですか?」
「……それはリアーナ様から聞きました」
その問いに動揺しつつ、王族ならば周知のことなのだろうと思い直す。努めて平静を装い、返した返事に対するテオドラの言は、だが、更に切り込んでくるものだった。
「私はラキウス様がアレクシウス陛下と同じ異世界から来た、いえ、もっと言うとアレクシウス陛下の生まれ変わりでは無いか、そう思っているんですよ」
「お戯れを。私はただの平民出身の成り上がり貴族です。アレクシウス陛下の生まれ変わりなどであろうはずがありません」
「そうですか。でも、異世界から来たということは否定なさらないのですね」
絶句してしまった。思い切り誘導尋問に引っかかってしまった感じだ。口をパクパクしていると、テオドラは口に指をあてながら、いたずらっぽく笑った。
「大丈夫です。このことは誰にも言いませんから。あ、でもセーシェリアは知ってるのですか?」
「……セリアには全て真実を伝えています」
「安心しました。愛する人に隠し事は無しですからね」
もう話は終わりだと言う彼女を下に下ろす。彼女は再び、交渉に戻って行ってしまった。しかし、思い切り14歳の少女に手玉に取られてしまった。先日のあの凄味と言い、彼女こそいったい何者なのか。転生者では無さそうだとエヴァは言ったが、俺のバックグラウンドをすぐに転生と結びつけて考えることが出来ること自体、普通では無い。彼女の正体には気をつけておくべきだろう。
それから数日後、交渉がまとまった。今回の三侯には、莫大な賠償金が課せられた。恐らく、彼らはテオドラが予言した末路をたどるのだろう。交渉はそれだけでなく、空席となった三侯の席には、新たにアラバイン王国派の貴族が据えられた。これまで、王国派、中立派、帝国派の比率は3:5:2だったのが、6:4:0になったのである。帝国派の貴族を一掃したうえに、アラバイン王国派が過半数を占める状況となった。
かくして、クリスティア王国は属国とは言わないまでも、アラバイン王国の強い影響下に置かれることになった。テオドラ王女襲撃は結果として、アラバイン王国側を大きく利する結果となったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます