第9話 側仕えローレッタ

 俺が王族であることの発表があったその日は同時に、王宮への引越しの日。


 王宮には、その広大な敷地の中に、王族がそれぞれの公邸を構えている。その一画に俺も住むことになるのだ。ちなみに母さんは、他の王族と顔を合わせる機会を少なくするよう、離れの小さな屋敷を賜っている。


 俺に与えられることになった屋敷は、テシウスが居住していた屋敷を改装したもの。アルシスの屋敷も空き家になっていたが、流石に元第一王子の屋敷に住むことは憚られたし、出入りするソフィアも辛いことを思い出すのでは無いかという思いもあった。


 屋敷に足を踏み入れ、ホールを見渡して、ほうっと感嘆の声を漏らす。王族の屋敷とは言え、そんなに大きな屋敷では無い。だが、流石に元第二王子の屋敷。壁も床も大理石で葺かれ、ところどころ金やプラチナで装飾されている。それもゴテゴテとした品の無いものでは無い。新たに入れ替えられた什器類と合わせ、上品でセンスの良い空間にしつらえられていた。


 テシウスにはいろいろと思うところが無いでは無いが、住空間に関する美的センスはなかなかのものだったかと思う。これであれば、セリアと一緒に、くつろいで生活できるだろう。






 さて、引っ越しの作業は侍女や召使に任せ、セリアと共に応接室に向かう。そこにはソフィアに紹介された人物が待っているのだった。応接室のドアを開けると、着席せず、起立したまま待っていた女性が優雅に一礼する。


「ラキウス殿下、セーシェリア妃殿下、初めてお目にかかります。妃殿下の側仕えを拝命いたしましたローレッタ・エミネス・ティリヤードと申します。どうぞローレッタとお呼びください」

「よく来てくれた、ローレッタ。我が妻の力になってくれること、心強く思う」

「よろしくお願いしますね、ローレッタ」

「勿体ないお言葉でございます」


 ローレッタはカーライル公爵の取り巻きの一人、ティリヤード伯爵の夫人で、年のころは20代後半くらい。子育てが終わった、と言うより、跡継ぎを産み終わったと言う方が正確かも知れない。上流貴族の場合、子育ては乳母が行うことが一般的。妻は屋敷の切り盛りや社交に時間を割くことになる。


 ローレッタに着席を促し、早速作戦会議を始める。今、一番に考えるべきは、一月後の正式お披露目に向けて、どれだけ味方を増やしていけるかである。そのためにも、セリアの担う社交が重要になるのだ。


「女性の社交でのメインはお茶会になります。これが通常の貴族であれば、先方からのお誘いがあるのでしょうけど、王族の正妃でいらっしゃるセーシェリア様を自邸に呼びつけるのは不敬ですので、基本、こちらからご招待という形になります」


 お茶会か。俺の場合、エヴァ、リアーナとのお茶会とも呼べないようなくだけた席しか経験が無いので、その大変さは想像すら及ばないところがある。ここは、話は二人に任せ、ただ話を聞いておくだけにするべきだろう。


「気をつけないといけないのは、やはり順番ですね。男性の社交以上に気を遣うところでしょうか。特に一番最初に誰を招待するかは有力貴族の誰もが注目していると思います」

「そうすると、やはり最初はドミテリア公爵夫人ということになるのかしら」

「そうですね。ですが、ドミテリア公爵夫人フローラ様は、リオン様のことで、セーシェリア様に含むところがあるかもしれません。公爵ご自身は割り切っていらっしゃるようだとのことでしたけど、フローラ様までそうだと思うのは危険すぎます」

「そうね。かなり無理言って縁談を断ってもらったから、メンツを潰されたと思われているかも」

「なので、今回は、もうお一方と一緒に3人でのお茶会にしようと思います」

「3人?」


 複数同時に招待すること自体は珍しいことでは無いだろう。問題は誰と一緒に招待するかだ。


「今回はソフィア様の義姉君、アナスタシア様と一緒の席を設けさせていただきます」

「アナスタシア様?」

「はい。ご存じのとおり、アナスタシア様は王室を離れられたとは言え、元第一王女。個人としての格はフローラ様より上です。そのアナスタシア様と一緒に、最初にご招待ということは、フローラ様に対して、『アナスタシア様と同列に扱いますよ』というメッセージにもなります」

「逆にアナスタシア様のご不興を買ったりしないかしら」

「その点は大丈夫です。既にソフィア様からお願いして、ご快諾をいただいておりますので」






 うーむ、閣議の時の根回しでも順番を厳しく言われたが、お茶会もなかなか厳しそうである。ただ、そこで大事な点が見逃されているのでは無いかという気がしたので、黙って聞いているつもりではあったが、口を挟むことにした。


「ローレッタ、一点確認させてくれ。序列を気にしないといけないことは分かったが、だとすると王族の面々を先にしないといけないんじゃ無いのか?」


 その指摘に、ローレッタはかすかに微笑んだ。その笑みに秘められた感情までは読み取ることが出来なかったが。


「ラキウス様、良いご指摘です。ですが、今回、王族の方は無視して構いません」

「何故?」

「まず、ドミティウス陛下のお子様方が不要であることは言うまでも無いでしょう?」

「そうだな」


 ヨハンとラウルは子供だ。夫人がいない。テオドラも結婚を断ってしまった以上、味方にはならない。ヨハンやラウルの母親であるアリシアやマルガレーテ相手に社交というのも考えられない。彼女たちは完全なライバルなのだ。


「それ以外の王族の方々ですが、ナルサス前国王陛下の血を引く男子は、ドミティウス陛下とそのお子、それにラキウス様しか残っていらっしゃいません」

「でも、ナルサス……俺の祖父は、晩年、放蕩の限りを尽くしていたんだろう? 俺の母親みたいな子供がいっぱいいるんじゃ無いのか?」

「妊娠した女性たちは全員、堕胎を強制されました。堕胎できず、生まれてきた子も生後すぐに『処分』されたと聞いております」


 ───言葉も無い。祖父ではあっても、聞かされる蛮行は許されるものでは無かった。


「それ以外、傍系の王族も、有力な方の多くが当時、粛清されました。残されている方々を気にされる必要はありません」

「……実質的な権力を持っていない、と言うことか?」

「おっしゃる通りです。あえて言葉を飾らずに申し上げます。今いる傍系王族の方々は、ドミティウス陛下を始めとする直系男子に何かあった時に王家の血を絶やさないようにするためのです」

「予備?」

「はい、実質的な権限の無い名誉職だけ与えられ、飼い殺しにされる。それが彼らです」


 ───絶句してしまった。彼女の辛辣な物言いにでは無い。主流から外れた王族の扱いにである。


 そして考える。俺はラウルを同じ地位に追いやろうとしている。わずか7歳の子供をだ。しかし、罪悪感を感じても仕方ない。継承争いに破れれば、俺を待っているのは飼い殺しどころでは無い。処刑だ。竜の騎士を飼い殺しになどできるはずが無いのだから。7歳の子供ラウルとは違うのだ。


 負ける訳にはいかない。王位を目指すと決めた以上、もはや後戻りは許されない。

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