第10話 夢の混浴
「うおおおおおお!!」
俺は今、モーレツに感動している! 何にって? 目の前に広がる光景にだ。
俺の目の前には、2人どころでは無い、10人くらいは余裕で入れる大きな浴槽が、お風呂があった!
カテリナにゴミを見るような目で予算案を却下されて以来、諦めていたセリアと一緒にお風呂に入る夢が、ついに叶うのである! これだけでも、王宮に引っ越してきた甲斐があったと言うもの。本当に良かった!
この世界は基本、お風呂事情は厳しい。よほどの富裕層を除き、平民の家にはお風呂はまず無い。たらいにお湯を張って、濡らしたタオルで身体を拭くというのが基本だ。
富裕層や貴族の家でも、一人用のバスタブに人力でお湯を張って入るというのが通常のスタイル。いったんたらいで熱湯を入れたうえで、それに水をこれまたたらいで注いで温度調整していくのだ。お風呂の準備だけでも大変なのである。
もちろん、公衆浴場のような、大人数を相手にするような施設なら、ボイラーのようなシステムでお湯を供給する設備もあるにはあるが、それには家屋側だけでなく、水道設備そのものから工事しないといけないため、莫大な費用が掛かる。そのため、貴族であっても個人用に備えているところなど稀であった。
だからこそ、カテリナに速攻却下されたのである。決してヤキモチで却下されたわけでは無い……多分。
そう言うことで、夜、皆の引っ越しの労をねぎらった後、セリアの手を引いて、お風呂にやって来たのだが、予想外の事態である。
「何で、お前らついてきてるの?」
「もちろん、セーシェリア様の入浴のお世話をするためです」
俺たちの後ろには、セリアの侍女がぞろぞろと5~6人ついてきているのだった。貴族の入浴は身体、特に髪を洗ったりするのに侍女がお世話をするのが普通。現代の様に蛇口をひねればシャワーからお湯が出ると言うような世界では無いのだ。洗髪一つとっても大ごとなのである。だけど、セリアと二人で入りたい俺からすればいい迷惑。
「いや、お前らがいると、俺が入れないんだけど」
「問題ありません。差し支え無ければ、ラキウス様のお世話もさせていただきます」
「差し支えあるよ! 大ありだよ!」
この世界では男性貴族が侍女に世話されて風呂に入るのは珍しくない。別に性的な意味を含んでいる話では無い。子供のころからそうした習慣に慣れていると、羞恥心の基準が変わってしまうという話なのだ。
女性の肌の露出には厳しいくせに、男の入浴を侍女が手伝うのは普通とか、前世の価値観でも、平民育ちの価値観でも理解困難である。なので、俺は以前から、バスタブにお湯を張ること自体はお願いしても、後は侍女たちを追っ払って一人で入っていたのだ。
彼女たちについてきてもらってはセリアと二人でのお風呂という楽しいイベントが台無しである。別に俺だってお風呂で最後までいたそうなどと考えている訳じゃ無い。でも、せっかく二人で入るお風呂くらい、他人の目を気にせず、ゆっくり愛を語り合いたいじゃ無いか。
「とにかく、お前たちはついてくるな」
「しかし、それではセーシェリア様のお世話が……」
うーん、どうやったら彼女たちを追い払えるだろう。一瞬悩んでしまったが、そこに、セリアが苦笑しながら助け舟を出してくれた。
「それじゃこうしましょう。最初に私とラキウスの二人で入って、皆には控室で待ってもらうの。それでラキウスが先に上がって、皆を呼んで来てもらうってことでいい?」
その提案に侍女たちが同意してくれたので、俺はようやく、晴れてセリアと二人でのお風呂を堪能できることになったのだった。
「ふーっ、生き返るなあ」
湯船につかりながら、おっさんのようなため息を漏らす。いや、実際、中身おっさんなんだけどね。俺の横ではセリアがその美しい裸身をお湯に沈め、笑みを向けてくれていた。
「本当に気持ちいいわね」
「でしょ。俺、セリアと一緒にお風呂入るの夢だったんだよね」
「ふふ、エッチなんだから」
「いや、もちろん、エッチな下心は否定しないけどさ、それより、こうやって心から愛する人と一緒にお風呂につかってると、本当に幸せだなって思えるからさ」
「そうね、私も同じよ」
どちらからともなく、身体を寄せ合い、唇を重ねる。今、この時だけは、煩わしいことを全て忘れ、お互いのみに溺れることが出来るのだった。
ただ、そうは言っても、ずっと忘れている訳にはいかない。話題は自然と昼の続きに及ぶ。
「セリア、お茶会大丈夫? いろいろ大変そうだけど」
俺は一度口を挟んだ後はすっかり聞き役に回っていたのだが、ローレッタからの指導は、当日の話題に留まらず、相手二人の好みに合わせたお茶お菓子のチョイス、当日身に着けるドレスやアクセサリについての注意点など、細々とした点にまで及んでいた。
しかも、アナスタシアとフローラで終わりでは無い。正式お披露目に向けて、いくつも予定がたてられているのだ。俺が王位を目指すと決めたがために彼女に負担を強いることになる。でも、彼女はそうは思っていないようだった。
「大丈夫。私だってあなたの力になりたいもの。私ね、あなたが王位なんかより私の方が大切だって言ってくれた時、本当は凄く、凄くうれしかったの。こんなにも私を愛してくれる人と巡り合えて、なんて幸せなんだろうって。だから、そんなあなたが王位を目指すと決めたなら、私だって力になりたい。私にはソフィアほど権謀術数に長けた力は無いけど、それでもあなたに全てを押し付けて、ただ王妃にしてもらうのを待つだけなんて嫌」
「ありがとう、セリア。一緒に王位を目指そう。俺は王に、君は王妃になるんだ。俺たち二人の力で。君が隣にいてくれるなら、俺はどんな困難でも乗り越えられる」
彼女の想いに胸が熱くなる。彼女を抱き寄せ、口づけを交わし、さらに思いを強くするのだった。
その後、先に上がって侍女たちをセリアの元に送ると、自室に戻った。セリアはこの後、洗髪やお肌のお手入れなどで小一時間はかかるだろう。のぼせてしまわないか心配である。一緒に入るのも、そう頻繁にしていては負担になってしまうだろうし、少し控えないとな。
そう思っていた時、急に強烈な違和感が襲ってきた。何かがずれたような感覚。
「何だ? これは?」
周りを見回すが、何も変わった感じはない。一瞬感じた違和感も今は無い。だが、異様に静かだ。厚い石造りの壁、防音もそれなりにしっかりしている。しかし、窓がある以上、無音ということは無い。一応、ガラスははまっているが、完全に音を遮断できるはずも無い。普通なら、人の声や虫の音などがかすかに聞こえてきてもおかしくないはず。
注意深く、周囲に気を張りながら、ふと思い出す。確かに以前、同じ経験があると。あれは、エヴァやリアーナと一緒に、魔族の封印を確認しに、祠に行った時のことだったか。確か、あの時、耳元でアデリアが囁いたのだ。だが、アデリアであれば、今さらこんな形で会いに来るだろうか。
その時、誰かが廊下を近づいてくる感覚があった。最初はかすかにしか聞こえなかった足音が、今ははっきりと聞こえるようになっている。そのカツカツとした足音は俺の部屋の前で止まった。直後、開いたドアから現れた少女を見て、俺が覚えたのは困惑だった。
「テオドラ様! どうしてここに?」
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