第11話 テオドラの誘惑
目の前に立つ少女を前に困惑が止まらない。
テオドラは国王の娘で、未婚。後宮で生活しているはずなのだ。それに何より、その服装。見た感じ、素肌の上にガウンを羽織っただけにしか見えない。完全に部屋着である。
と言うより、この世界の貴族女性の常識からすれば、半裸と言ってもおかしくない。こんな格好で後宮からこの屋敷までやって来たというのか? 誰にも会わずに? 誰かに会っていれば、当然、止められたはずだ。王女がこんななりで出歩いていいはずが無い。
「テオドラ様……」
困惑して呼びかけた言葉に、彼女はクスリと含むような笑いを漏らす。
「ラキウス様、もうあなたは王族ですのよ。それも王位継承権第三位の王子。私よりも立場は上です。私を呼ぶのに敬称をつけていただく必要はありませんわ」
しかし、と反論しようとして、思い直す。確かに俺は王になろうとしているのだ。下手にへりくだるのは決して美徳では無い。
「わかった、テオドラ。では、改めて聞こう。お前はどうやってここに来た? お前の目的は何だ?」
「そう、それでいいのです」
そう言うと、彼女は笑みを深くした。
「……どうやって、という質問ですが、ラキウス様はもう、答えを知っているのでしょう? 知っていて知らないふりをしているのか、それとも、あえて答えを言いたくないのですかね?」
「……」
そう、俺は答えを知っている。彼女が後宮からここまで、誰にも出会わずに来ることが出来るはずが無い。空間を捻じ曲げ、次元の狭間を渡って来るようなことでもしない限り。そして、それができる者が、ただ一人いるのだ。一方、テオドラは俺の苦悩する表情を楽しそうに見ていたが、片手を上げた。
「出て来なさい、リュステール」
その言葉に、何もないはずの空間から浮かび出るように、アデリアが姿を現した。彼女はチラリと俺を見るが、俯くように顔を逸らす。
「アデリア……」
想像はしていた。アスクレイディオスは「王宮の誰かと契約している」と言っていた。アデリアも王宮の人間と契約していてもおかしくは無いと。ただ、それがテオドラと言うのは予想外だった。
そこで突然思い出す。アスクレイディオスと初めて会った時、誰かと話をしていたことを。あの時は念話だと思っていたが、実は話し相手はすぐ傍にいたんじゃ無いのか? その次に会った時も、「力を貸せ」と誰かに話しかけた途端に、アスクレイディオスの姿が掻き消えた。あの力は───
そうだ。アデリアはあの時、すぐ傍にいたのだ。何故? そんなの決まっている。そう言うことか。全てのピースがはまっていく。
「テオドラ、一つ確認したい。アスクレイディオスの契約主もお前だったのか?」
「ええ、そうですよ」
「だとすると、テシウス殿下をけしかけて反乱を起こさせた黒幕はお前だったと?」
「その通りです」
「何故? 何故そんなことを?」
「だって、アルシス兄さまもテシウス兄さまも、あんな凡人どもが王になるなんて、耐えられなかったんですもの」
───予想していた通りの答え。だが、淡々と、ことも無げに答える彼女の態度には困惑してしまう。彼女が告白していることは大逆の教唆、それで無くても、兄二人を陥れて死に追いやったと言うことなのだ。
「お前には良心の呵責というものが無いのか?」
「何故? 無能に治められる国民の不利益に比べれば、私の悪行など些細なことですよ」
「なっ……!」
「テシウス兄さまは短気、短慮の紛れも無い無能、アルシス兄さまは優しいだけで他に取り柄のない人でした。早く退場いただいて、もっと有能な人に王となってもらうべきでしょう?」
どこまでも淡々と話している彼女に怖気が止まらない。だとすると、もしかして、もしかして……。
「テシウス殿下が獄中で死亡したと言うのも?」
「ええ、リュステールに命じて私が殺させました。牢の壁など彼女にとっては無いも同然ですからね」
「実の兄を殺したと……?」
───狂ってる。いや、権力欲に取りつかれているのだろうか?
「お前は自分が女王になりたいのか?」
「ええ、かつてはそう思っていました。あんな兄達より私の方がうまく国を治められると。でも今は違います。だって、竜の騎士が王族として現れたんですよ。こんな小さな国の女王になるより、あなたの妻になって、あなたの覇道を助けた方が、大きな夢を見られそうです。それこそ、この大陸全土を統一するといった大きな夢を」
「そんなことを俺が望んでいると思ってるのか?」
「あら、ラキウス様は王になると宣言されたのでしょう? ならばいっそ王で満足するのでは無く、この大陸全てを統べる皇帝になればいいではありませんか」
「そんなこと望んでない! それに俺の妻はセリアだ! お前じゃ無い!」
叩きつけるようなその言葉に、テオドラは顔をしかめ、指で額をトントンと叩いている。
「それなんですよね。世の人間は、いくら愛を囁いていても、すぐに他の相手に心変わりしてしまうと言うのに。あなたときたら、王太子の地位をちらつかせてもブレることが無い。そんなにセーシェリアがいいですか?」
「余計なお世話だ。そもそも、たかが15歳の小娘が知ったような口で、男女のことを語るな!」
だが、彼女はバカにしたような笑みを浮かべるのみ。
「少なくともあなたより人生経験豊富だと思いますけどね」
「は?」
何言ってるんだ、こいつ? 一瞬、転生者で俺より長い人生を生きてるのかと思ったが、エヴァが転生者では無さそうと言っていたことを思い出す。だとすると、15歳でありながら複数の男性経験があるという意味なのか? いや、それも無いだろう。流石に王族の子女がそんなふしだらな振舞いを許されるとは思えない。
テオドラの意図を測りかねて困惑する俺を横目に彼女は一層、暗い笑みを深めると、ガウンに手をかけた。
「もういいです。こうなったら既成事実を作ってしまいましょう」
そう言うと、ガウンを床に落としたのだった。その下は全裸よりも扇情的な下着姿。黒い薄手のレースで作られたそれは、大事なところを隠しもしていない。
「テ、テオドラ! 何やってるんだ、お前!!」
「どうですか? セーシェリアには敵わないかもしれませんが、結構自信あるんです。ああ、言っておきますが、私は処女です。存分に初物を堪能してくださっていいんですよ」
驚愕して後退りする俺に、彼女が距離を詰めてくるが、そのセリフはどこまでも人を馬鹿にしたもの。このような場面にふさわしくない、そんな言葉に頭に血が上った。
「ふざけるな! 裸を見せれば、ホイホイ釣られてしまうような男ばかりだと思ってるのか? 人を馬鹿にするのもたいがいにしろ!」
強い拒絶に、彼女はため息を吐くとやれやれと首を何度も横に振る。
「ここまでしてもダメですか。あなた、本当に付いてるんですか? それともこの程度の貧相な肉体ではダメなんですかね」
そう言うと、アデリアを呼んだ。色仕掛けでは俺が墜ちないと見て、力づくで来るつもりかと身構えたが、続く言葉は正真正銘、正気を疑うものだった。
「リュステール、命令です。脱ぎなさい!」
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