第7話 セリアの縁談
「ラキウス、見て! 私の街が見えてきた!」
王都を出て10日目、ついにセリアの故郷、フェルナシアにやって来た。
フェルナシアは王都から距離は離れているとは言え、国境を守る辺境伯の住まう街だけあり、巨大な城郭都市である。高さ20メートルを超える城壁に囲まれた街には、5万人近い人々が暮らしているらしい。
しかし、王都から10日、長かった。
さすがに板バネ式のサスペンションなどは既に実用化されているから、馬車自体の乗り心地が悪いということは無いのだが、10日も座りっぱなしで外を眺めているというのも退屈なものである。最初こそセリアとの会話でウキウキしていたから感じなかったけど、最後はさすがにきつかった。
それに、お忍びでサディナの街に出た時以外は、ヘンリエッタが常に一緒にいたから、セリアと二人きりになることは無かったのだが、女性と同じ空間で長時間というのは、やはり緊張するものである。
それに昼食休憩の時とか、侍女達に任せればいいのに、セリアが甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれるので、最初はすごくうれしかったけど、そのうち、護衛騎士たちの視線に殺意がこもるようになってきた。この護衛騎士たちは王国の騎士団に所属している騎士ではなく、フェルナース家の陪臣貴族達である。彼らからすると、主の娘をどこの馬の骨ともわからない若造がたぶらかしているようにしか見えないのであろう。何度か、馬車を出て、馬で同行しようと提案したのだが、セリアに全て却下されてしまった。俺は殺意の視線に耐えながら、帰りは絶対、シーサーペントをボコボコにして船で帰ろうと誓ったのだった。
馬車はフェルナース家の屋敷に近づいている。これがまた巨大な屋敷だ。だが、豪華絢爛と言うわけでは無い。大人数の兵士の練兵場などを備えているために巨大になっているのであって、居城と言うよりは、城塞と言った方が正しい建物である。
屋敷に着いて正面玄関に入る。出迎えてくれたのは驚くほど美しい女性。銀色の長い髪が美しく、セリアに面差しがよく似ている。年のころは20代後半くらいか。セリアのお姉さんか誰かだろうか。
「ただいま、お母様!」
「お帰りなさい、セリア」
セリアの第一声に仰天した。お母様? セリアのお母さんって40代って聞いたような。どう見ても20代にしか見えない。
驚いて二人を眺めていると、セリアが不審げな視線を向けて来る。
「何よ、その目は?」
「い、いや、お母様って、その方、セリアのお母さん? お姉さんじゃなくて?」
「ホホホホ、面白い子ですね」
セリアのお母さんに大笑いされてしまった。セリアは残念なものを見る目になっている。
「あなたがラキウス君ですね。娘からの手紙でよく話は伺ってますよ。セリアの母のフェリシアです。よろしくお願いしますね」
「し、失礼しました。お初にお目にかかります。セーシェリア様の友人で、ラキウス・リーファス・ジェレマイアと申します」
横を見ると、セリアがジトっと睨んでいる。
「な、何?」
「だって、私がラキウスのお母様に挨拶したときは調子狂うから普通にしろって言ったくせに、自分も馬鹿丁寧な挨拶してるじゃない」
「そこ、怒るところ?」
セリアはフン、と横を向いてしまった。
ああ、でも、そんな仕草すら可愛い。見惚れていると、こちらを向いてクスっと笑った。そもそも機嫌を悪くなどしていなかったのだろう。
「ラキウス、後で街に行きましょ。部屋で待ってて。呼びに行くから」
「セリア、街に行く前に、あなたはリビングに来なさい。話しておくことがあります」
「分かったわ、お母様。じゃあ、ラキウス、後でね」
❖ ❖ ❖
セーシェリアはリビングでフェリシアと向き合っていた。
「お母様、話って何?」
「あなたに縁談が来てるの」
「お断りしてください」
間髪入れない返事にフェリシアは苦笑する。対して、くだけていたセーシェリアの表情はきつく引き締められた。
「名前くらい聞いたら?」
「誰だろうと関係無いわ」
「ドミテリア公爵家のご長男、リオン様なのだけれど。あなたもご存じよね?近衛騎士団長の」
「ええ、入学式の時にご挨拶にいらっしゃってたわね」
「そう、そこで、あなたをお見初めしたとおっしゃってたわ」
「でも、私は興味ないもの。お断りして」
けんもほろろである。王国に二つしかない公爵家、その長男で近衛騎士団長との縁談を躊躇せず断るなど貴族の常識ではあり得ない話だろう。その常識にとらわれない結婚をしたフェリシアは強くは言えない。だが、敢えて言わねばならない。
「あなたもこの婚姻がどのような意味を持つかわからないわけでは無いでしょう? 母さんが言えた義理ではないけれど、『所詮男爵家の血を引く娘』と言われたあなたが公爵家に嫁ぐ、その意味が」
「やめて!!」
娘の強い拒絶にフェリシアはため息をつくと、答えの分かっている質問を投げかける。
「あの少年ですか?」
「……」
「分かっているの? あの少年は正式にはまだ男爵ですら無いのですよ?」
「分かってる! でも、好きなの!」
セーシェリアは叫ぶ。貴族の常識から外れた主張をしているのは分かっている。でも、そんな貴族の常識など、自分にはもはや何の意味も無い。
「彼が好き。大好き。……だからお願い。他の人と結婚しろなんて言わないで!」
泣きそうな声で訴える我が子を見ながら、フェリシアは思う。やはりこの子は、自分達の血を分けた娘なのだと。25年前、自分達が選んだ道を同じようになぞろうという娘の想いを責めることはできない。でも、願わくは、自分達が犯した罪までもなぞらないで欲しい。何より、あの少年は、娘の選択を受け止めてくれるだろうか。その選択が生むであろう負の側面も含めて。
「あなたの気持ちは分かりました。でもあの少年の気持ちはどうなのですか?」
「そ、それは……」
セーシェリアは言いよどむ。自分に友達に向ける以上の好意を持ってくれていることは確かだろう。それが分からないほど鈍感では無い。だが、これほどの身分差を乗り越えてまで、自分を欲してくれるだろうか。攫ってくれるだろうか。それは分からない。だが、彼女は強弁するしか無い。
「きっと、きっと彼も私の事を好きでいてくれる。私のために頑張ってくれるもの!」
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