第8話 姫様

「ラキウス、早く早く!」


 セリアと市場の方にやって来た。

 彼女は久しぶりに訪れる街の様子に興奮気味。部屋に迎えに来たときは少し沈んでいる感じだったが、今は凄く上機嫌のようだ。俺の手をグイグイ引っ張っていく。


 それにしても、随分と賑わっている。国境から多少距離があるとは言え、敵対している国と隣接している領地。もう少し殺伐とした雰囲気を想像していたのだが、そんな暗さは微塵も感じさせない。これも領主たる辺境伯家の統治が行き届いているゆえだろうか。


 街並みを眺めながら歩いていたら、店の主人らしい年配の女性から訝し気な声がかかった。


「姫様?」

 

 ん? 姫様とは誰だろうと一瞬思ったが、その声を聞いたセリアは顔を輝かせた。


「ナディアのおばちゃん、久しぶり!」

「まあまあ、本当に姫様だよ。こんなに別嬪になって!」


 そのやり取りを聞いて、周りのお店からも声がかかる。


「姫様が来てるって?」

「ほんとだ、おーい、姫様、久しぶりだな!」

「うちにも寄っててね、姫様!」


 その声に、セリアは心から嬉しそうに手を振っていた。

 そうか、姫様とはセリアのことかと納得する。まあ、セリア、お姫様って言われても全然違和感ないしね。

 そんな街のみんなとセリアのやり取りをほのぼのと眺めていたら、ナディアと呼ばれた女性が不意にこちらに目を向けた。


「それで、姫様。後ろの男の子は姫様のいい人なのかい?」


 セリアは真っ赤になってアワアワと手を横に振っている。


「ち、違うの、友達なの、友達」

「あらそうなのかい。それにしちゃ随分仲良さそうに見えたけど」

「あううう……」


 ナディアは何も言えなくなってしまったセリアをそれ以上追及することはせず、俺の背中をバンバン叩いてくる。


「あんた、姫様をお願いね。友達なんでしょう?」

「もちろんです。彼女は僕にとってかけがえのない大切な友達ですから」

「あらまあ、言ってくれるねえ」


 セリアが真っ赤な顔で睨んでくるけど、本心なんだから仕方ないよね。





 その後もあちこちで冷やかされることになったけど、セリアが街の人々に愛されているのを実感できた。今は屋敷に戻ってきて、塔の上から二人、街を眺めている。空は夕闇が覆い始めており、並ぶ家々の窓からは点り始めた灯りが漏れている。まるで地上に煌めく星のように。


 その光景を眺めるセリアの眼差しはどこまでも優しい。その横顔に見惚れてしまい、思わずつぶやきが声になって漏れる。


「……綺麗だ」

「綺麗でしょう、私の大好きな風景」


 セリアは俺の言葉を街の風景への賛辞と誤解したようだ。そのままにしておいた方がいいので、敢えて訂正するようなことはしないけど。


「この灯りの一つ一つに、みんなの生活があるの。私を慕って、信頼してくれる人たち。そして私たち領主一族が守らなければならない人たち。この風景を私は守りたい」

「セリアはみんなに愛されてたもんな」

「ええ、子供のころから凄く良くしてくれたの。いっつも屋敷を抜け出して遊びに行って、そんな私を可愛がってくれて……」


 セリアの美しい瞳が真っすぐに俺を捉えた。


「それなのに、王都に行って、宮廷の悪意にさらされて、それを見返すことしか考えられなくなってた。そんな時、あなたが私の目を覚ましてくれたの」

「僕は何もしていないよ」


 真面目に何のことかわからない。俺がやってたことと言えば、目の前に降りかかってくる災厄を振り払っていただけだ。でも、セリアは優しく笑う。


「あなたにそのつもりが無くても、私は助けられたの。以前の、素直だったころを思い出せた。だから、私の原点とも言えるこの風景をもう一度見ておきたかった。そしてあなたにも見てもらいたかったの。……ありがとう、ラキウス」

「僕の方こそ、君には感謝しているんだ。君と出会わなければ、きっと何の目的意識も持てずに、騎士爵くらいで満足して無為に過ごしていたと思う。今の僕があるのは君のおかげだよ。ありがとう、セリア」


 ───俺たちは並んで街を眺め続けた。空には満天の星。地上には煌めく灯り。二人を包む、その景色の中で、お互いの存在を感じながら。


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