第9話 問われる覚悟

 街に行った翌日、フェリシアに呼び出された。

 ご丁寧にセリアは用事を言いつけられて外出中らしい。話をすること自体をセリアに隠しておきたいということだろう。テラス席に座ると、フェリシアは遮音用の障壁を貼った。


「ラキウス君、これからする話は、セリアにも伝えるつもりはありません。正直なあなたの考えを聞かせてください。あなたは、あの子をどう思っているのですか?」


 当然予想された質問である。嫁入り前の娘が突然、男を連れて実家に帰ってきたのだ。婚約でもしているのならばともかく、今の俺たちはただの友達同士でしか無い。どういう関係なのか、親としては不安になるのは当然だろう。だが、この質問にどう返せばいいのか。あまり踏み込んで答えても、分不相応に何を考えているのかと思われかねない。当たり障りのない答えにしておくのが無難だろう。


「……大切な友達です」


 だが、その答えはフェリシアを満足させるものでは無かったらしい。


「そんな当たり障りのない答えを聞きたいのではありません。聞き方を変えます。あなたはあの子と結婚したいと思っているのですか?」


 真正面から問われてしまった。イエスと答えれば、まだ正式には男爵でもない男が何を夢見ているのか、と言われかねない。かと言ってノーと答えれば、そんな不誠実な考えで娘に近づいているのか、と思われるだろう。何より、セリアの母親に嘘など吐くことはできない。


「はい。……それがどれほど大それた望みなのか、理解しているつもりです。でも、セーシェリア様のことが好きです。他の誰にも渡したくありません」

「あなたは成人後に男爵になることが内定していますが、それでも所詮は男爵に過ぎません。辺境伯家である当家の娘と釣り合うと思っているのですか?」

「それは辺境伯様からも言われました。『男爵ではまだまだ娘はやれない』と。だから、努力して、少しでも爵位を上げて、セーシェリア様に釣り合うようになれればと」

「何年かけるつもりですか? 陞爵など、普通は何代もかけて功績を積み上げて漸く、というものですよ。あの子は15歳です。後5年で可能だと思いますか?」


 後5年と問われたのは、平均寿命の短いこの世界では、女性は20歳までに結婚するのが当然と考えられているからだ。特に貴族の間ではその傾向が強く、20歳を超えての結婚など、「訳あり」と勘繰られてしまってもおかしくない。親としては、娘を好奇の目に晒すわけにはいかないのは当然だ。だが、努力する以上のことは言えない。根拠無く、ただ努力するとだけ言われても、それに賭けることなどできないだろうが、例えそうだとしても言うしかない。


「それでも、それでも、セーシェリア様が好きです。死ぬ気で努力します。もう少し、もう少しだけ時間をください」


 フェリシアはため息を吐いている。彼女に今の言葉が響いたとは思えない。しかし、フェリシアは質問を変えてきた。


「これからする質問は全くの仮定の質問です。聞かれたことも含めて他言無用ですよ。もしあなたが将来、あの子と結婚できることになったとして、国王陛下が婚約を解消してあの子を側室として差し出せ、と言ってきたら、あなたはどうしますか?」

「国王陛下がですか?」

「仮定の質問です。ドミティウス陛下はとても聡明なお方です。現実には起こりませんから心配しないように」


 そんな極端な例を持ち出してこられる理由が良くわからないが、要は覚悟のほどを聞きたいのだろう。


「例え、国王陛下と言えども渡したくありません。断固断ります」

「どうやって? 国王に反逆した罪で捕まって処刑されるだけですよ」

「なら、逃げます。セーシェリア様を連れて」

「あの子を当ての無い流浪の身に堕とそうというのですか。それがあの子の幸せだとでも?」


 答えが次々と塞がれてしまう。どうすればいいのか。だが、例え、国王陛下であっても渡したくない。それは本心だ。


「ならば、戦います。例え敵わなくとも。例え謀反人の汚名を着ようとも。決して彼女を渡さない」


 フェリシアはじっと俺の目を見つめていたが、下を向いた。その表情は伺うことは出来ない。


「……それがあなたの覚悟と言う訳ですか。そうですね。納得したわけではありませんが、もう少し待ちましょう。だから、あなたも最悪の選択などはしないように」

「最悪の選択とは?」

「駆け落ちしたり、ましてや心中など決して選ぶなと言うことです」

「それはもちろん。それで彼女が幸せになるとは思いませんから」

「ならばいいです。とにかく、今日の事はセリアも含めて他言無用です。よろしいですね」


 そう言うと、フェリシアは顔を上げ、もう一つ、と付け加えてきた。


「あなたは今回、10日間ずっとあの子と同じ馬車に乗っていたそうですね。例えヘンリエッタが一緒に乗っているとは言え、どんな噂が立つかもしれない、とは思わなかったのですか」

「……そ、それは」

「今回はセリアがあなたを引き留めていたことは知っています。だから責めているわけではありません。ですが、あの子がふしだらな娘だと言う噂を立てられないように守ってあげるのもあなたの役目ですよ。お互い若いから自制が難しいかもしれませんが、そこを敢えてお願いします。帰りは別の馬車を用意しますから」


 自らの浅はかさが恥ずかしくなる。そうだ。セリアがすごく気安く接してくれるからつい忘れてしまいそうになるが、貴族の世界では結婚前の男女の接触には厳しい制約があるのだ。護衛騎士たちの殺意のこもった視線も当たり前だ。


「申し訳ありませんでした。後、ご安心ください。僕は明日には帰ります。馬車は不要ですが、馬を1頭、お借りできれば」

「そんなに急いで帰らなくても。セリアが寂しがります」

「いえ、やらないといけないこともありますから」





 翌日の早朝、俺はセリアの館を後にした。見送りに来ているセリアが寂しそうな表情を浮かべているのが、心に痛む。


「もう帰っちゃうの? 早すぎるわよ」

「ごめん、やることが出来ちゃって」

「やることって?」


 果たして伝えるべきなのか、どうなのか。迷ったけど、知らずにセリアがまた馬車で10日もかけて王都に帰ることになってもいけない。結局、話すことにした。


「セリア、帰りは船で帰って来て。帰る頃には安全になってると思うから」


 それを聞いたセリアの顔色が見る見るうちに変わる。


「ちょっと待ってよ。ラキウス、あなた、シーサーペントを退治しに行く、とか言ってるんじゃないでしょうね?」

「大丈夫だよ。魔族でも無いただの魔獣なんだから。デカいだけの海蛇の一匹や二匹、敵じゃないから」

「馬鹿なこと言わないで! シーサーペントをデカいだけの海蛇なんて言ってるのはあなたくらいよ! 普通は魔法士団まで動員するようなモンスターなんだからね!」


 全然納得してくれないけど、これ以上押し問答してると、自分も行く、と言い出しかねない。話を切り上げ、馬の手綱を引く。走り出した馬上から振り返るとセリアが追いかけてくるのが見えた。


「セリア、王都で待ってるから!」

「バカ、バカ、バカ、心配ばかりかけて! ラキウスのバカァアアッ!」


 ごめん、セリア、心配かけて。以前、君にもう無茶はしないでと言われたけど、でも、これ位の無茶はしないと、とても君に追いつけない。シーサーペントだろうが、何だろうが、叩きのめして前に進ませてもらう。待ってて、セリア。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る