第10話 レオニードの邂逅

 フェルナシアを出て馬を駆ること1日半、辺境伯領から最も近い港町、レオニードにやって来た。ここは、王国の東西沿岸を結ぶ海洋航路の東の起点で、今回のシーサーペント騒ぎで最も大きな被害を受けている街の一つ。シーサーペント退治の依頼が来ていないかと、まずは冒険者ギルドに足を運んだのだが、何故か知り合いが目の前にいる。


「カテリナ様、何でこんなところにいるんですか?」

「何でって、前にも言ったじゃない。ここは当家の領地。領主の娘である私がいても何の不思議も無いでしょう? むしろ、何でラキウス君がここにいるのよ? 以前の約束を果たしに遊びに来ましたってわけでも無いのよね?」


 そう言えば、確かに以前、カテリナが領地の街をレオニードって言ってたな。いつか遊びに行くと言っていながら、それどころじゃ無くてすっかり忘れていた。カテリナはいつもの制服と違って乗馬服に身を包んでおり、随分活動的に見える。少し考え込んでいたカテリナはすぐに、ハハーンと言う顔になった。


「セーシェリアの家に行ってたんでしょう? フェルナシアからここは近いもんね」

「……」

「それで、それで? セーシェリアの家に行ってご両親に『セーシェリア様を僕に下さい』とかやったわけ?」

「やるわけ無いじゃないですか。身分差考えてくださいよ」

「でもセーシェリアの家に行ってたことは否定しないんだ」


 カテリナはニヤニヤしている。彼女、こんなキャラだったっけ?


「友達として遊びに行っただけですよ」

「またまた! もうバレバレだって。知ってる? ソフィアなんて『あのバカップル』とか言ってたのよ」


 ソフィアにそんな風に思われてたのか。しかし、あまり変な噂が広まってセリアに迷惑をかける訳にはいかない。


「本当にただの友達ですよ。僕は成人しても男爵で、セリアとは釣り合わないし」

「くだらないわね」

「くだらない……ですか?」

「そうよ。前にも言ったじゃない。君は上級貴族ばかりのクラスの中でもダントツの力を持ってるし、卑屈になる必要は無いわよ。それに顔だって悪くないし」

「は?」


 魔力はともかく、顔を褒められるとは思わなかった。だって周りはもっとイケメンばかりだから。貴族は権力があるから美しい異性を娶ることが多く、何代も血を重ねれば美男美女揃いになりがちだ。それは、容姿より魔力に重点が置かれがちなこの世界であっても例外では無い。そう言えば、入学式の時に挨拶していた近衛騎士団長は無茶苦茶イケメンだった。しかも公爵家の嫡男らしい。近衛騎士団長を務めるくらいだから魔力も高いだろうし、それに加えて、家柄も良く、超絶イケメンって何それ。羨ましいにもほどがある。


「僕の顔がいいとか目の病院に行った方がいいんじゃないですか?」

「馬鹿ね。いいじゃなくて悪くないって言ったでしょ。ただ、そう、目ね。君の、その目はいいわ。エキゾチックな金色の瞳。ゾクゾクしちゃう」


 ───実はカテリナ、危ない人だった?


「だから、家柄でどうこうなんてくだらない。私はあなたとセーシェリアのこと応援してるわよ」


 前言撤回。カテリナ、やっぱりいい人だ。我ながら人物評価の現金さに苦笑してしまう。


 そんな馬鹿なことを考えていると、突然、鳥が窓から入って来て、カテリナの腕に止まった。いや、鳥では無い。使い魔だ。かつてエルサがリヴィナからサディナに依頼を送った時にも使った使い魔による信書の送付は、この世界で最も早い情報伝達手段の一つである。これより早いとなると魔法による念話があるが、これは術者の魔力にもよるが、せいぜい数百メートルから1キロくらいが限界だ。それに対して使い魔を使った伝達は数百キロ先にも届けられる。しかも馬車で10日かかった王都-フェルナシア間を半日かからずに行けるほどのスピードだ。

 その鳥のような使い魔は大きく口を開けると、金属製の筒を吐き出した。カテリナはその筒から手紙を取り出して読んでいたが、小さくガッツポーズをした。


「どうしたんですか?」

「シーサーペント退治の費用負担や報奨金の話がまとまったのよ。今回は複数の領地が関係してくるから、どの領地がどれだけ負担するのかが大きな問題だったのよね。本来は王国が騎士団や魔法士団を動かすべきなんだけど、時間がかかるし。そんなの待ってられないから、関係する領地が私兵や船を提供するだけじゃなくて、金を出し合って冒険者も雇うのよ。そう言えばラキウス君も確か紅玉級冒険者だったわよね。手伝ってくれるでしょう?」

「もちろん、そのために来ましたから」


 それを聞くとカテリナは笑顔を見せる。


「今回は君にも魅力的だと思うわよ。支度金として前金で小金貨4枚、成功報酬は働きに依るけど、最大で大金貨20枚。それに加えて、王国から勲章が出ることになったわ」

「勲章ですか!」


 それは凄い。報酬もかなりのものだ。小金貨4枚と言うのは前世で言うと20万円くらい、成功報酬の大金貨20枚は500万円くらいである。この国の通貨は基本は金貨、銀貨、銅貨だが、基本通貨である銅貨が1枚100円くらい。その上に、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨と続く。それぞれの価値を分かりやすく言うと次のようなものだ。あくまでだいたいの価値ではあるが。


 銅 貨:100円

 小銀貨:1000円

 大銀貨:5000円

 小金貨:5万円

 大金貨:25万円


 とにかく、破格の報酬が用意されたのだ。しかし、ここで凄いのはむしろ勲章である。勲章などただの名誉だけのバッジだろうと思ったら大間違い。この世界での勲章は、叙勲される際の一時金だけでなく、死亡時の遺族への一時金、高ランクの勲章だと老後の年金までくっついてくるのだ。不安定な生活を強いられる冒険者には魅力的なのである。そしてもちろん、金でなく、名誉が欲しい俺にとっても、喉から手が出るほどに欲しいものだ。他の参加者には悪いが、大金貨20枚と勲章は俺が独り占めさせてもらう。


 翌日、賞金と勲章につられた冒険者とサルディス伯爵家の騎士、魔法士を乗せた船2隻がレオニードを出港したのだった。

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