第11話 美人母娘は心の癒し?
「ただいまーっ、お母様!」
「お帰りなさい、セリア」
セリアが馬車を飛び出してフェリシアの胸に飛び込んだ。もう成人年齢に達している娘。貴族としては少々お行儀が悪いとも言えるだろう。だが、その行動を咎めることはせず、フェリシアは愛おし気に娘の髪をなでる。セリアはそんな母親に思い切り甘えるのだった。
それにしても、美人母娘が仲良くしている姿は心の癒しである。いや、実際こうしていると姉妹にしか見えない。フェリシア様、恐るべし。
「フェリシア様、ご無沙汰しております」
そんな二人に近づいて挨拶する。フェリシアは婚約式には出てこられなかったので、1年半ぶりであるが、その間に色々あり過ぎてもっと時間が経ってしまったように感じる。
「いらっしゃい、ラキウス君。
「いえ、フェリシア様はお若すぎるので、
「あらあら、おだてても何も出ませんよ」
またまた笑われてしまった。セリアがジトっと睨んでいる。
「ラキウス、まさかお母様まで口説こうってんじゃ無いでしょうね?」
「そんな訳無いだろ、セリア。俺が君だけだって知ってるくせに」
「本当に? カテリナと浮気しない?」
「え、あ、当たり前……だろ」
いきなりカテリナのことを持ち出されてしまい、思いっきりむせて、変な答え方になってしまった。セリアがさらに疑惑の目を向けてくる。
「今の言い方、何か怪しい」
いや、キョドッてしまったのは、不意打ちだったからで、決してカテリナと浮気したいと思ってるからじゃない。信じて欲しい。そんなやり取りは、だが、フェリシアの一言で中断された。
「はいはい、あなた達、母親の前で痴話げんかしてるんじゃありませんよ」
「す、すみません」
慌てて謝る。そんな俺をフェリシアが覗き込んで、ニッコリ笑った。
「それでラキウス君。カテリナさんって……誰?」
ひえええーっ! フェリシア様、怖いよ。
そのまま応接室に通された俺は、フェリシアとセリアに、エーリックから言われたことを打ち明けていた。このままではサルディス家が断絶となるのに、カテリナを一生縛り付けておくつもりかと責められたことである。それに対するフェリシアの回答は明快だった。
「ラキウス君、そのカテリナさんを側室にしなさい」
「フェ、フェリシア様!」
「お母様!」
フェリシアへの抗議が重なってしまった。だが、彼女はそんな抗議を意に介さない。
「セリア、あなたもわかっているでしょう? ラキウス君はレオニードの領主です。領主として領地の統治をいかに円滑にするかが何事にも優先します。あなたも領主の妻となるのであれば、受け入れなさい」
「それは……わかってるけど……」
セリアは、フェリシアの言うことを理解はできるけど、心情的には受け入れにくいのだろう。一方、俺は、あくまで領主の立場という視点から別の論点を持ち出してみた。
「領主の立場から論じるのであれば、旧領主の家系が残っているのは、反乱の火種を残すようなものとも言えます。あえて断絶するのを良しとする選択もあるのではないでしょうか?」
「いい質問ですね。でも、それはサルディス家の直系男児が残されている場合に限られます」
フェリシアは微笑みつつ、その笑みとは真逆の恐ろしい言葉を口にする。
「直系男児が残っている場合、あなたがまずやるべき事は、その男児の粛清。そこに情けは無用です。ですが、今回の場合、サルディス家にはカテリナさんしか残っていません。カテリナさんとの間に男児が生まれたとしても、その子はあなたの子ですから、反乱の旗頭となりにくいでしょう。であれば、旧領主派の陪審貴族ともども取り込む方が、統治の助けとなります」
反論の余地が無かった。フェリシアの言うことは論理的で、冷徹で、統治者としては全くその通りだと思う。だけど、だけど、一つだけどうしても受け入れられない。
「わかりました。でも、もう少しだけ考える時間をください。エーリックも、カテリナが20歳になるまでに結論を出せばいいと言っていました。もちろん、それまでずるずると何も決めずにいるつもりもありませんが、それでも、もう少し時間をください」
「もちろん、あなたの領地の統治に関することですから、最後はお任せしますが、受け入れられない理由をお聞きしても?」
フェリシアは穏やかな笑みを浮かべているが、この瞬間も試されているような気がしてならない。俺のこだわりなど、統治者の立場からは矮小すぎて唾棄すべきものかもしれない。フェリシアには軽蔑されるかもしれない。だけど俺にとっては何より大事な、譲れない一線なのだ。
「俺にとって、何より大事なのは、セリアの笑顔だからです。たとえ、統治を円滑にするためのものであったとしても、セリアの笑顔が曇っていたら、俺には何の価値も無い。セリアと二人で幸せになる、それが俺の望みですから」
その答えに、フェリシアはクスッと笑うと、呆気にとられているセリアに話しかけた。
「セリア、あなたはこれほどまでに愛されて、まだラキウス君の誠意を疑うのですか?」
「ううん、ううん、……ラキウス、あなたのことを少しでも疑った私を許して」
セリアが倒れこむように抱き着いてきた。そんな彼女を受け止め、髪を優しく撫でる。
「俺の方こそ、君を不安にさせてごめん」
「いいの、いいの」
俺を見つめるセリアの目が潤んでいる。思わず強く抱きしめてキスをしたい誘惑に駆られるが、さすがに母親の目の前ではまずかろうと必死に自分を抑えた。そんな俺にフェリシアが語り掛ける。
「私はやはりカテリナさんを側室にするべきだと思っていますが、同時に、母親としては、あなたがセリアを大事にしてくれることをとても嬉しく思っています。そうですね。もう少し待ちましょう」
「ありがとうございます。それに、こう言っては怒られるかもしれませんが、時間が解決してくれるかもしれません。カテリナにも俺なんかより、もっといい男が現れるかもしれませんしね」
何の気なしに言った言葉だったが、二人がすごい微妙な顔をしていた。セリアがおずおずと口を開く。
「ラキウス、それはものすごく可能性低いと思うわよ」
「へ?」
困惑する俺に、フェリシアが解説してくれた。
「ラキウス君、あなたは自分の評価が低すぎます。平民出身というのを気にしてるのかもしれませんが、今のあなたは、伯爵で領主貴族で竜の騎士なのですよ。スペックだけで考えるなら、あなたはもはや侯爵、いいえ、公爵と同等かそれ以上と考えていいでしょう」
「え、でも、俺は伯爵ですよ。公爵と同等って?」
「『竜の騎士』という肩書きが、それほどの権威を有しているということです。これまでは領地を持たない一騎士でしたからそこまで意識されてこなかったと思いますが、これからは違いますよ」
そうなのか?俺は数日前にセリアと交わした会話を踏まえて聞いてみる。
「でもセリア、こないだ、陪臣貴族は俺よりサルディス家を上に見がちだって言ってたよね」
「だから、実際はあなたの格のほうが遥かに上だって言ったじゃない」
「え、あれ、男爵になったカテリナとの比較じゃなかったの?」
「違うわ。伯爵だったころのサルディス家と比較しても、あなたの方が上だって言ったの」
そうだったのか。俺は以前、テオドラとした会話を思い出していた。竜の騎士とは、本来、国王陛下と同等の権威を持つのだという話である。その時は、そんな馬鹿なと思っていたが、自分の捉え方のほうが間違いだったということか。
「まったく、ドミテリア公爵家のリオン様との見合いを蹴ってまで、あなたのことを好きだと言った娘を見た時は、正気かとも思いましたが、結果として、娘の選択は何一つ間違っていなかったのですね」
「お母さま、そんな昔のことを今さら持ち出してこないで!」
セリアは照れているが、そうか、この話は、以前、フェルナシアに二人で帰った時の話なのか。そんな時から、俺をそこまで好きでいてくれたセリアのことがなおさら愛おしくなる。
「ラキウス君、カテリナさんのことは引き続き考えていただくとして、セリアのことをどうかよろしくお願いしますね」
フェリシアが俺に首を垂れる。母親として娘を思う気持ちがひしひしと伝わってきた。その気持ちに必ず応えたい。俺もまた、フェリシアに深く、深く、首を垂れるのだった。
「お約束します。必ずお嬢さんを、セリアを幸せにして見せます。そしてフェリシア様、こんな素敵なお嬢さんを生み育てていただき、本当に、本当にありがとうございます」
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