第10話 街の視察

 次の日、街に視察に出かけた。同行するのは、セリアとカテリナ、それに護衛騎士が数人である。護衛騎士をぞろぞろ引き連れていると目立つことこの上ないが、別にお忍びと言うわけでは無いので問題ない。むしろ、領民の目に新領主の姿が見えるようにするのも狙いの一つである。かと言って、領主の視察などと大々的に喧伝してしまうと、いつもの姿を見ることが出来ないので、事前の触れなどは出していない。


 領主着任のお祭りは昨日がメインであったが、出店などは一日で撤収してしまうと利益が小さいこともあり、一週間くらいはそのままのようだ。従い、まだまだ祭り気分が続いているところである。


 と言うことで、お祭り気分の広場を視察がてら散策しているのだが、目立つ目立つ。何が目立つって俺でも護衛騎士でも無い。セリアである。周り中から「凄い美人」とか「女神様みたい」と言う賛辞とため息が飛んでいる。婚約者が賞賛されて嬉しい半面、本人はこういうの煩わしいと思ったりするんじゃ無いだろうかと心配になる。「大丈夫?」と小声で聞いて手をつなぐと、笑顔が返ってきた。半面、周り中の男たちから嫉妬と羨望の目を向けられるが、無視だ、無視。





 取りあえず、目についた串焼き屋の露店で護衛騎士の分も含めて人数分の串焼きを買って、立ち食いをする。護衛騎士たちは、串焼きを渡されて困惑していた。一方、セリアとカテリナはと見ると、二人ともかぶりついて食べている。ちょっと意外に思って見ているとセリアがこっちを向いた。


「何?」

「いや、意外だなと思って。こんな庶民の食べ物は口に合わないんじゃ無いかと思ったし、まして立ち食いとかお行儀悪いと言われるかと思ったけど」

「そうね。でも、子供のころ、いつも街に遊びに行って、みんなからいろいろ食べさせてもらってたから」


 そうか、セリアは街の人達から「姫様」と言われて可愛がられていたな。もう1年半以上前だが、みんな元気にしているだろうか。もうすぐセリアをフェルナシアに送っていく予定だから、その際にまた会えることを期待したい。


 さて、食べ終わったところで、店の親父さんにちょっと話を聞いてみよう。実際のところ、串焼きは話を聞くための代金みたいなものだ。


「親父さん、ちょっと話いいかい?」

「へえ、何でしょうか。貴族の旦那」

「親父さんはこの街の人?」

「いんや、ここから西に馬車で半日くらい行った村に住んでるんでさ。今回はちょっとした出稼ぎでさあね」


 それからいろいろ聞き出した。露店を出すに当たって困っていることを聞いたら、街の城門で徴収される物品税のこと、広場に出店するための出店料を領主と商業ギルドの両方に出さないといけないことなど、いろいろ教えてくれた。俺はお礼にチップをはずむと場所を変えようとした。


 その時、運悪く、串焼きを一本買った小さな女の子が母親のところに駆けて戻ろうとして、石畳に躓いて転んでしまった。串焼きはセリアのスカートに当たり、地面に落ちてしまったのである。セリアのスカートには串焼きのタレがべったりだ。


 女の子は転んだのと、串焼きを落としてしまったことで泣き出してしまった。一方、近くにいた母親らしき女性は、娘が貴族相手に粗相をしたことで蒼白になっている。


 だが、セリアはすぐに女の子を抱き起こすと、「大丈夫?」と優しく声をかけた。そしてハンカチを取り出すと、タレで汚れた自分の服では無く、女の子の涙を拭い、砂で汚れた女の子の腕や膝などを拭いてあげる。俺は親父に頼んで、女の子が落とした分に、母親の分も含め、2本串焼きをもらうと女の子に渡してあげた。


「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」


 女の子が大喜びで駆けて行く。その先では母親が何度も何度も頭を下げていた。やれやれ、今度はこけるなよ。女の子を見送った後、移動しようとしたら、親父さんに声をかけられた。


「お優しいんですね。旦那も奥様も」

「まあ、自分の領地の領民には優しくしないとな」


 領主としてはまだまだ未熟だと言うのを痛感させられたばかりだが、せめて領民に嫌われるような領主にはならないようにしたい。一方で、その答えを聞いた親父さんは目を丸くしていた。


「え、え、じゃあ、領主様……なんですかい?」

「ああ、そうだ。串焼き、うまかったよ」





 親父さんに礼を言って、その場を離れ、周りを見て回る。食べたのは肉系の串焼きだったが、こうして見ると、海産系の出店が多い。やはり海に近いだけあって、海産物が特産なのだろうか。傍らにいるカテリナに聞いてみる。


「レオニードの特産品ってやっぱり海産物なの?」

「そうですね。漁業はそれなりに盛んです。ただ、海産物は日持ちがしないので、街の中での消費が殆どですが。外部に売っているのは、干物か、せいぜい塩漬けになりますね」

「塩漬け?」

「ええ、塩も特産品です。街の城壁の外になりますが、海岸にいくつも塩田があって、塩の製造をしています」

「そいつはいいな」


 塩は生きていくのに必須のミネラルだ。調味料としても必須だし、岩塩が取れない内陸部には売れるはずだ。いずれ、生産体制や流通など見直してみよう。


 それにしても、塩はともかく、海産物は対外的な商品になりにくいし、何で稼いでいるのだろう。以前、サルディス伯爵から聞いたクリスティア王国との密貿易がメインなのだろうか。そう思っていたら、カテリナがもう一つの産業についても説明してくれた。


「特産品という括りで言えるかは分かりませんが、産業と言うことなら、造船業は盛んです。この街には優秀な航海士だけでなく、船大工も集まっていますから」


 なるほど。船のような大きな物を造る産業なら、周辺産業などもそれなりの規模になるのだろう。その後、港や造船所、塩田などを見て回り、その日の視察は終了したのだった。

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