第18話 聖都強襲

「見てください、ラキウス君。万年雪をいただく山々、美しいですね」

「それには同意するけど、そんなこと言ってる場合ですかね?」

「ダメですよ。いつも心に余裕を持たなくちゃ」

「へいへい、わかったよ、リアーナ」


 呑気な会話をしているが、俺たちはこれからイスタリヤを襲撃して皇帝を拉致しようという、乱暴極まりない作戦の真っ最中だ。今は、竜の背骨と並行するように飛んでいて、左手側には、リアーナの言うように、美しい山々が連なっているのが見える。実際には人の往来を阻む急峻な山脈であるが、遠目に見る分には本当に美しい。


 現在は高度1000メートルくらいを飛んでいるが、この後、6000メートルほどの高度まで急上昇し、山脈を越えた後、急降下することになる。ラーケイオスは造作も無いと言ってのけたが、飛竜の飛行限界高度が数百メートルであることを思うと、6000メートルと言うのが、いかに桁外れかわかる。まあ、俺はただ運ばれているだけで、大変なのは、ラーケイオスと、障壁を張ってくれているリアーナなのだけど。こんな時でも明るく振る舞っているリアーナを見習わなければいけないな。


『そろそろ行くぞ』


 パスを通じた連絡の後、ラーケイオスが山の稜線に沿って急上昇を始めた。衝撃波で雪崩が起こらないように、速度は亜音速まで落としているが、それでも急激な加速Gが身体にかかる。だが、慣れてくるとそれ程でもない。本当に一気に、呆気なく、ラーケイオスは山脈の頂上を越えた。


 そこに広がる大パノラマ。大陸の東の端まで見通せるその雄大な景色は息を呑むほどのものだった。


「リアーナ、君の言うとおりだ。世界は美しいな」

「ええ、本当に」


 こんなにも美しい世界で俺たちは殺し合いをしている。そのことに罪の意識を感じないではいられないが、今は感傷に浸っている暇は無い。イスタリヤまでは後10分ほどだ。戦場での意識に切り替えねば。






 イスタリヤを最初に見た印象は白亜の街である。白以外で家を造るのが禁止されているのかと思うくらい、白い建物が多い。中でも目に付くのは、ひときわ高い尖塔を持ってそびえ立つ建物。あれこそが聖教会の中心、教皇庁の入る大聖堂に違いない。その大聖堂と湖を挟んで対岸に立つドーム型の屋根を持つ建物が今回の標的、皇宮である。


『ラーケイオス、近づいたら、建物に被害を与えないギリギリの低空で旋回するんだ。イスタリヤ市民にお前の姿を見せつけてやれ』


 今回の主目的は、皇帝の拉致だが、それ以外にも目的がある。デモンストレーションだ。我々は、いつ何時でもお前たちを容易く叩きのめせるのだ、ということを事実をもって知らしめる。宗教的熱狂すら萎むほどの圧倒的な力の差を見せつけ、イスタリヤ市民の心に恐怖と畏怖を刻みつけなければならない。


 下を見ると、市民たちがパニックになって逃げ惑っているのが見える。市民への威圧、前世の価値観では決して許されることでは無い。だが、戦場を自分とは関係の無い、どこか遠い世界の話としか捉えていない人々に、これからの世界はそうでは無いと、世界は変わってしまったのだと、現実を叩きつけなければいけないのだ。


『ラーケイオス、あの山を吹き飛ばせ!』


 郊外の小高い丘を指さす。人々に直接的な被害が及ばないよう、しかし、十分に恐怖を与えるよう、街の外の丘を吹き飛ばす。それも、街の反対側から、人々の上空をブレスが貫くように。


 ラーケイオスの前に魔法陣が浮かぶ。僅か一重の魔法陣。だが、そこから放たれた黄金の魔力の奔流は、白昼にあってなお、眩しく街を照らし、丘に命中すると、次の瞬間、その上半分を抉り取っていた。衝撃波と大音響がイスタリヤの街を激しく打ち据える。誰もが理解したはずだ。人が叶うはずも無い竜の力を。


 十分に人々に恐怖を与えたところで、皇宮の前に浮かび、声を増幅する魔力と共に呼びかける。


「聞こえているか、皇帝レオポルド・エルク・バルド・ラザリオネ! 我が名はラキウス・リーファス・アラバイン。アラバイン王国王太子にして竜の騎士。今すぐ出て来い! 出て来なければ皇宮ごと吹き飛ばすぞ!」


 貴人に対する呼掛けとは思えない乱暴な物言いに、いきり立つ兵たちが見える。だが、100メートルほども上空に浮かぶ我々に為す術は無い。そもそも魔法で攻撃してきたとて、ラーケイオスの障壁を破れる者など人類には存在しないが。


 しばらく地上と空中で睨み合っていたが、兵たちの列が割れ、一人の男が姿を現した。周りの人間とは一線を画す瀟洒な服装。あの男が皇帝に違いない。


「皇帝レオポルドか?」

「いかにも」


 問いかけに落ち着いた声が返ってきた。ラーケイオスに睥睨されているにもかかわらず、なかなかの胆力である。教皇の風下に立たざるを得ないとは言え、流石は大陸随一の超大国の皇帝と言うことか。


 皇帝が出てきたのであれば、俺も同じ舞台に立たねばならない。ラーケイオスから飛び降りる。手には龍神剣アルテ・ドラギス。周囲を圧する竜の魔力をほとばしらせながら地上に降り立った。


「初めまして、と言うべきかな?」

「そうだな」

「陛下、お下がりください!」


 皇帝からの挨拶に応える。だが、その剣呑たる挨拶の交換は、いきなりの乱入に邪魔された。近衛騎士と思しき一団十数人が俺に飛びかかってきたのである。


「死ね、邪竜の使徒め!」


 ため息を吐く。まあ歓迎されるはずも無いのだが、こうも狂信を振りかざすのか。辟易たる思いと共に龍神剣アルテ・ドラギスを一閃した。飛びかかろうとした十数人が一瞬にして蒸発する。


「無駄だ! お前らがたとえ100人、1000人かかってこようとも、敵いはしない!」


 周囲を威圧するように見回す。周囲の人々は、目の前で起こった惨劇に度肝を抜かれたのか、それ以上襲い掛かってこようとはしない。ただ、遠巻きに眺めるのみ。


「皇帝よ、話を戻そう」

「そうだな、だが一つだけ言いたい。他国の宮殿にいきなり押しかけて、人々を害するのがそなたの国の礼儀か?」

「人の信仰を一方的に邪教と決めつけて攻め入ってきている国に言われたくは無いな! 先に侵攻してきたのはお前たちだろう。俺たちはあくまで防衛のために戦っているだけだ!」


 しばらく無言で睨み合っていたが、先に視線を逸らしたのは向こうの方。


「それで、何が望みだ、アラバインの王太子よ。降伏しろとでも言いに来たのか?」

「いいや、皇帝レオポルド、お前は俺の国に連れて行く。お前には人質になってもらう」

「なっ⁉」


 流石に驚いて皇帝だけで無く、周り中が絶句していた。そうした中、横から大きな声が響く。


「待ちなさいよ、あなた! さっきから聞いていれば好き勝手言って。皇帝陛下である父上に無礼だと思わないの⁉」


 誰だ、と見れば、ウェーブのかかった豪奢な金髪にきつい目をした美女が俺を睨んでいた。皇帝を父と呼ぶと言うことは皇女の一人だろうが、一応、名前を確認しておくか。


「誰だ、お前?」

「なっ、何よ、その無礼な物言い! それに、人に名を訊ねるなら自分から名乗りなさいよ!」


 いや、お前、この状況でその返しは何なんだ。さっきから聞いていたのなら、俺が誰だかわかるだろうに。いつぞやの名前も覚えていないリヴィナの騎士を思い出して頭を抱えそうになるが、まあいいか。


「アラバイン王国王太子、ラキウス・リーファス・アラバインだ」

「フン、まあいいでしょう。私はルクセリア・エルク・バルド・ラザリオネ。このミノス神聖帝国皇帝レオポルドの娘よ」

「で、その皇女様が何の用だ? こっちは皇帝との会話で忙しいんだがな」

「そうだぞ、ルシア。お前は黙っていなさい」


 思いがけなく、皇帝から援護射撃が飛んできた。「ルシア」というのは、この娘の愛称だろう。皇帝からは愛されているのか。甘やかされてわがまま放題に育った娘と言うことだろうか。


「いいえ、黙りません。この男、いくら戦争中の敵とは言え、皇帝である父上に敬意が無さ過ぎです! まして父上を人質になど。蛮族だからと言って許されることではありません!」

「蛮族と言ったか? ならばお前は自分の父親が何をしてきたか知っているのか? 俺の妻を拉致しようと、何度も傭兵団や工作員を送り、しまいにはクリスティア王国と組んで王女共々拉致しようとしていたことを! 俺が蛮族だと言うなら、か弱い女性を人質にして俺に言うことを聞かせようとしてきたお前の父親は何だ⁉ 蛮族以下では無いか!」

「……そ、それは……」


 流石に腹に据えかねて反論すると、反論できず、沈黙してしまう。これは初めて知ったのか、知っていて黙認していたのか、どっちかわからないが、まあ、そんなことはどうでも良い。


「ルシア、もういい。黙りなさい。アラバインの王太子も、娘を責めるのはそれ位にしてくれ。君の奥方を拉致しようとしていたのは、確かに事実だ。だが、その責は私だけにあって娘には無い」


 皇帝があっさり認めるとは思わなかっただけに驚きだったが、ルクセリアはそこで再び口を開いた。


「……せん」

「ルシア?」

「黙りません! だって、だって、あんまりです! この難しい国でお父様がどれほど苦労して混乱をきたさないように努力していたか! 聖教会や選帝侯の理不尽な要求に応え、貴族達を統率し、下々の生活を支えて……、そんなお父様の苦労を何も知らないくせに!」

「もういい、ルシア、黙りなさい!」


 だが、父親の制止にも、彼女の激情は止まらなかった。「父上」と呼んでいたのが、「お父様」になっているのも、抑制が効かなくなって、普段の言葉遣いが現れているのだろう。


「拉致のことだってそうよ! 『客観的に見れば自分の方が悪者だ』と言って苦悩していたお父様の姿なんか知りもしないで!」


 周り中がシン……と静まり返っていた。一歩間違えれば聖教会から叱責を受けかねない告発もさることながら、彼女の父を思う心に、胸を打たれたのかもしれない。俺もまた、思うところがあった。


「気が変わった。皇帝、お前を人質にすると言う話は止めだ。その代わり、ルクセリアとやら、お前を人質に連れて行く!」



========

<後書き>

次回は第6章第19話「皇女強奪」。お楽しみに。

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