第19話 皇女強奪

 俺の宣言に大慌てとなったのは皇帝だった。


「ちょっと待ってくれ! ルシアを連れて行くだと⁉」

「ああ、お前を連れて行くより、人質として有効そうだ」

「ダメだ、ダメだ、ダメだ! ルシアを連れて行くなど許さん!」

「お前に拒否権など無い。拒むならこの聖都イスタリヤを丸ごと灰燼に帰すだけだ。俺たちにそれだけの力があることはわかっているだろう?」


 先ほどのデモンストレーションを見た後なら、それがはったりでも何でもないことがわかるはず。一方で、父親としては、娘を人質に出すことがどれほどの心痛となるかはわからないでは無い。拷問や処刑だけでは無い、尊厳を辱めるような扱いを受けないとも限らないのだ。


「安心しろ。お前たちが約束を守っている限り、娘の身の安全は保証する。約束を違えた場合、最終的には命の保証はできないが、その場合も苦痛なく殺すことを約束しよう。必要以上に苦しめたり、女性だからと言って辱めたりしないことをアラバイン王国王太子としての名誉にかけて誓う」

「約束とは?」

「国境からの即時撤退と停戦、それと和平交渉の席に着くことだ。何も無茶なことは言っていないだろう。和平が成立したら、娘は返してやる」


 そう言い放つと、ルクセリアの方に目を転じる。彼女は動揺を隠すためにか、手を固く握りしめていた。


「そう言う訳だ。覚悟はいいか?」

「……わ、わかったわよ。ち、父上の身代わりになれるなら、ほ、本望だわ」

「ルシア……」


 ルクセリアの覚悟に父親が悲痛な声を漏らす。


 さて、ルクセリアを連れて行く以上、俺がラーケイオスに運ぶわけにはいくまい。リアーナにパスを繋ぎ、降りて来てもらうことにした。彼女はすぐに俺の横に降り立つと、皇帝に向かい、優雅に挨拶する。


「ミノス神聖帝国皇帝レオポルド・エルク・バルド・ラザリオネ陛下でいらっしゃいますか? アラバイン王国初代国王アレクシウス・ドミテリア・アラバインの孫娘にして竜の巫女、リアーナ・フェイ・アラバインにございます」


 こんな時であるにもかかわらず、彼女の美しさにどよめきが起きる。そのまま彼女は皇帝を鹵獲しようとするかのように歩を進めた。いけない、標的の変更を伝えていなかった。


「ごめん、リアーナ。連れて行くのは皇帝じゃ無くて、こっちの皇帝の娘の方なんだ」


 そう言ってルクセリアを指さすと、リアーナはコテリと首を傾げた。


「ラキウス様、今度は敵国の皇女様をたぶらかすつもりなんですか?」

「たぶらかしたりしない! 頼むから誤解を生むようなことは言わないでくれ!」


 改めて周囲を見渡すと、疑わし気な視線が突き刺さる。ルクセリアはと見ると、思い切り引いていた。


「ほ、本当に何もしないんでしょうね?」

「何もしないよ! だいたい俺の妻はお前より遥かに美人なんだからな! お前なんかに何かしようって気になるわけ無いだろ!」

「……最低」


 何もしないって保証してやったのに詰られた。解せぬ。


 さて、リアーナはと見ると、スタッフをルクセリアに向けている。どうも魔法でバインドしてしまうつもりらしい。


「えと、リアーナ、仮にも相手はお姫様なんだしさ、魔法であっても縛り上げるのは止めようよ?」

「え、縛り上げて吊るしていくのでは無いのですか?」

「吊るしたりしないから!」


 いかん、また捕虜虐待とか思われてしまう。アラバイン王国は蛮族の国では無いのだ。紳士的に扱わなければな。


「悪いけどリアーナ、彼女を抱えてラーケイオスまで運んでくれ」

「えー、こないだお断りしたはずですけど」

「いや、オルタリアの時と状況が違うだろ。俺が彼女を運んだら、その、いろいろと問題ありそうだし」

「全く、ラキウス様は本当に我儘ですね」


 ため息をつきながらリアーナはルクセリアの方にフヨフヨと飛んでいき、「失礼します」と言うと、後ろから両脇を抱えて、いきなり持ち上げようとした。


「ちょっと待った、リアーナ。その態勢で持ち上げたら、その、下から見えちゃうだろ! ちゃんと横抱きで抱えてくれ!」


(俺から)いつ覗かれてもいいようにズボンを履いているリアーナとは違う。スカートのルクセリアを両脇抱えて持ち上げたら、とんでもないことになってしまう。


「えー、私女なのに、女の人をお姫様抱っこするんですか?」

「頼むよ」

「仕方ないですねえ。それでは失礼しますよ」


 リアーナはようやくルクセリアを抱えて飛んで行ってくれた。本当に疲れた。さて、リアーナとのくだらないやり取りに呆気にとられたような人々を振り返り、皇帝レオポルドと相対する。


「それでは皇帝、娘さんは預かった。くれぐれも約束を順守いただきたい」

「わかった。くれぐれも、くれぐれも娘を頼む。決して危害を加えないとの約束、信じているからな」

「ああ、彼女は俺の名誉にかけて守る。誰からも危害を加えさせることは無い。約束しよう」


 最後、奇妙な信頼関係に結ばれた皇帝に別れを告げ、俺たちはイスタリヤを後にしたのだった。






 帰途、ラーケイオスの背上でルクセリアは放心したように座り込んでいた。無理も無い。30分ほど前まで宮廷生活をしていたのに、いきなり人質として捕虜になったのだ。


「大丈夫か、辛いところは無いか?」

「何? 優しくして何かするつもり?」

「そんなことはしない。君の父上と約束したからな」


 当然ながら、彼女の心は閉ざされ、拒絶の色が濃い。無理矢理心を開かせるなどできる訳も無いから、時間をかけるしか無いが、取りあえず確認しておきたいことを訊ねる。


「皇帝が『客観的には自分が悪者だ』って言っていたって言ったよな? あれはどういう意味だったんだ?」

「……そんなことを聞いてどうしようって言うの?」

「ただ、君の父上の考えを知りたいってだけだよ」

「聞いた通りの意味よ。父上は、為政者たる者、立場の違いによる視点を持たないといけないって私に教えてくれたの。あなたのことだって父上は悪者だなんて言ってなかった。それどころか、『邪竜の使徒』なんて教義には書かれていない、聖教会の解釈によるものだって言っていたわ。為政者は盲目的になるのではなく、きちんと正邪を理解したうえで、それでも必要なら悪を成さねばならないこともあるって。父は自分が正義であるなんて思ってもいなかったのよ」


 少し不貞腐れながらも答えてくれた彼女の言葉は驚くべきものだった。狂信者の集まりと思い込んでいた帝国上層部が必ずしもそうでは無い。考えてみれば人間の組織、そんなことは当たり前だったのに、先入観で決めつけていたのは間違いだった。


「……そうか。君の父上は、レオポルド陛下は尊敬すべき人物だったのだな」


 しかし、そうであるならば、まだ両国の関係には希望がある。聖教会という障害はあるけれど、人と人とのつながりに希望は見いだせると信じたい。


「ルクセリア、頼みがあるんだ。君をいきなり拉致した俺と俺の国に対して、君がどういう感情を抱いているかはわかる。でも、国に着いたら、どうか先入観を持たずに、俺の国と国民を見て欲しい。そこにいるのが邪教の徒なのか、そうで無いのか、君の目で見て確かめて欲しい」

「……私は捕虜なんだから、命令すればいいでしょう?」

「俺は君を捕虜とは思っていない。君は客人だ。だからこれは命令ではなく、お願いだよ。二つの国の将来のための大切なお願いだ」

「……」


 明確な答えは無い。すぐに心を開いてもらえる訳もない。だが、彼女に話を聞いてもらえるよう、努力しよう。そうした思いを乗せて、ラーケイオスは一路アレクシアへと向かうのだった。


========

<後書き>

次回は第6章第20話「あなたの奥様に会わせて」。お楽しみに。

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