第26話 皇帝救出
翌日深夜、イスタリヤの路地裏から皇宮を望む俺の姿があった。その俺の横の空間が揺らぎ、現れたのはアデリアである。
「ラキウス様、地下には複数の囚人が囚われています。誰が皇帝か、私では判別できません」
「やっぱり、一緒に行かなきゃ駄目だな」
皇帝の救出のため、作戦を考えたのだが、結局アデリアの空間魔法で忍び込むのが、一番リスクが低いとなったのだ。もちろん、魔族であるアデリアの存在を味方であっても明らかにするわけにはいかないので、家臣たちには「俺が一人で何とかする」と言って、慌てる彼らを置き去りにやって来たという訳だ。
アデリアの空間魔法は、瞬間移動や、次元の狭間に他人を空間ごと誘い込む、どんな硬いものでも空間ごとずらして切り刻むなど、まさにチート級の能力を持つ力だが、移動と言う観点で言うと、何百キロという長距離を一度に移動できないのがネックだ。一人なら流石に数十キロは移動できるが、他人と一緒の場合、せいぜい数キロが限度。
従って、いったんテオドラのいるクリスタルまでラーケイオスに乗って移動し、彼女にアデリアを貸してくれるよう頼んだ。それからまたアデリアを連れて、ラーケイオスに乗ってイスタリヤまで移動してきたという訳である。
テオドラにお願いした際、国境の守りが手薄になることを心配して渋る彼女とアデリアの間で、「テオドラ様が何と言おうとラキウス様についていきます、一生!」「駆け落ちするみたいに言ってるんじゃ無いわよ!」と言うお馬鹿な会話が繰り広げられたりしたけれど、それは横に置いとくとしよう。
さて、夜闇に紛れてとは言え、ラーケイオスであまりに近づくと気づかれてしまうので、竜の背骨を越えた高度を維持したまま近づき、イスタリヤの上空6000メートルからアデリアと共にダイブするという手段で潜入したのだった。もちろん、アデリアの空間魔法を使い、ショートカットして着地したのだけれど。
アデリアは先行して地下牢の偵察に行って来てくれたのだが、皇帝の顔を知らないため、いったん引き返してきたという訳である。ここから先はいよいよ地下牢に侵入だ。
そう思った次の瞬間、俺は地下牢のある階にいた。本当に一瞬のことである。改めてアデリアが味方でいてくれて良かったと思う。こんな力を持つ者が敵にいたならば、一時たりとも心休まる時が無い。
そんな俺達の前に見張りの兵士が二人歩いてくるのが見え、一瞬身を固くするが、彼らは我々に全く気付かず通り過ぎる。アデリアが空間をずらしているのだ。彼らには俺たちは全く見えない。そのまま、通り過ぎて行く彼らを見送り、さらに地下牢の奥に進む。その一番奥の房に
牢の内側に転移し、二人をこちらの空間に引き込む。彼らからすると突然現れたように見える俺達に二人は驚いていた。
「レオポルド陛下、助けに来ました」
「アラバインの王太子? 君が何故?」
「あなたが帝国との交渉のために必要ですから。ここからお連れしますので、復権のために共に戦いましょう」
その言葉に驚いたような表情を浮かべる皇帝であったが、すぐに沈んだ顔になる。
「駄目だよ。私たちには刻印が刻まれている。破門された印が。これがある限り、この国では誰も手を貸してくれない。少なくとも表立ってはね」
彼の額にはXを模ったような印が刻まれていた。恐らく焼きゴテをあてられたのだろう。見ると皇后の額にも同じような印があった。この印は破門者の証。刻まれた者に接触することは禁止されると言うことか。いったいどうすれば消すことが出来るのだろう。
そう思っていたが、アデリアが皇帝に近づいていた。「じっとしていて下さい」と言うと手をかざす。
「
彼女がそう唱えると皇帝の身体が光に包まれた。見る見るうちに皇帝の身体の傷が消えていく。破門者の刻印だけでなく、乱暴に扱われたことによるだろう身体中のあざや擦り傷まで。皇帝の傷が消えると、アデリアは同じように皇后の傷を癒していた。
驚いたように見つめる俺達に、アデリアは得意そうだ。
「これでも元大聖女ですから」
そうだ。彼女は大聖女アデリア様の記憶と人格を引き継いでいるのだ。かつて光属性魔法の撃ち合いでエヴァすら圧倒した400年前の大聖女。そんな彼女に癒されて、皇后は涙を流していた。「ありがとうございます、ありがとうございます!」と彼女の手を取り、何度もお礼を述べる皇后に向けるその眼差しは優しい。
「違うな」
「何がですか?」
「『元』じゃ無い。君は今でも大聖女だ」
キョトンとした表情を浮かべた彼女だったが、一瞬泣きそうな顔になり、すぐに輝くような笑顔になった。
「はい!」
大聖女の心を宿す優しき魔族。その笑顔に彼女の幸せを祈らずにはいられない。一方、皇帝はこれからが気になるのだろう。
「ラキウス君と言ったか。助けに来てくれたのはありがたいが、これからどうするつもりだ?」
「そうですね。ルクセリア様が心配されているので、いったん我々の国に亡命していただくことも考えているのですが、いかがしますか?」
「亡命か。……いや、それより娘はどうしてる? ルクセリアも破門されているはずだが」
「ああ、それなら問題ありません。私の国では破門など何の意味もありませんので、彼女は客人として保護されていますよ」
その言葉にホッとした表情を見せる皇帝と皇后を見て思い出す。二人に渡さないといけないものがあったのだった。
「お渡しするのが遅れましたが、ルクセリア様からの手紙を預かってきております」
懐から封書を出すと皇帝に手渡す。彼はひったくるように受け取ると開くのももどかしい様子で、むさぼるように読み始めた。
「あー、ちなみに君はこの手紙を検閲したりしたのかね?」
「いえ、そのようなことはしておりませんが」
皇帝に問われ、素直に返答する。確かに拉致された皇女が本国の皇帝に送る手紙だ。普通なら検閲して然るべきだろうが、ルクセリアの手紙に、そんな心配をする必要は無いと思われたからだ。
「君への賛辞と感謝が並んでいるよ。とても優しくて、紳士的だとな。だから心配しないでくれと言うことなんだが、まるで君への恋文みたいだな」
ギクッ!
「破門を言い渡されて水をかけられた時、盾になってもらったとも書いてある。自分の代わりにずぶ濡れになったことを申し訳なく思ってるとな。本当にそんなことがあったのかね?」
「え? ええ、まあ。水をかけたのはゼオン将軍ですが、ヒルマー枢機卿に脅されてやったことなので、彼を責めないでいただけると」
「ヒルマーか。あの教皇の腰巾着めが! しかし、君が娘に良くしてくれているのは事実のようだ。敵国の皇女にそんな態度をとるなんて、何か裏があるんじゃないかと疑わないといけないところだが……」
そう言いながら、手紙を読んでいた皇帝の目が愕然と見開かれた。
「君に求愛したら断られたと書いてある。おい、これはどういうことか、説明してくれるかな?」
ええーーーっ! そんなことまで手紙に書いちゃったの?
「あの、えと……実は……」
仕方が無いので、正直に話す。しかし、俺、迫られた側なのに、なんで父親の前で懺悔するように話してるんだろう? 一方、レオポルドは話を聞き終えるとため息を吐いた。
「その、あの子は昔からちょっと思い込みが激しいところがあってね。君の賢明な対応で助かったよ」
「いえ」
良かった。何もしてないのに、責任取れとか言われたらどうしようと思っちゃった。とにかく、これ以上突っ込まれる前に、今後の話をしてしまおう。
「レオポルド陛下、今はお急ぎください。まずは牢を出ましょう。亡命の用意はできていますので」
「いや、亡命はしない」
俺の声に静かに、だが断固として皇帝は宣言した。
「帝国が混乱しているこの時期に、外国に逃げたと思われたら、益々求心力を失ってしまう。なに、破門の刻印を消してもらったんだ。国内にはまだ私に力を貸してくれる友人がいるよ」
「……そうですか。それでは、その友人のところまで護衛させていただきます。お急ぎください」
「わかった。だが、少し待ってくれ。私も娘に手紙を書きたい。渡してくれるか?」
その後、皇帝が手紙を書き終えるのを待ち、アデリアの力で皇宮の外に出ると、夜闇に紛れ、皇帝が友人と言う貴族の屋敷に皇帝を送って行った。
別れ際、皇帝にメモを渡しながら、耳元で囁く。
「今後、陛下の元にこのメモにある符牒を語る者がやって来ると思います。私の配下の諜報員ですので、何か困ったことがあれば申しつけください。表立って支援はできませんが、陰ながらご支援させていただきますので」
「どうして敵国の君がそこまでしてくれるのかな?」
「最初に申し上げた通りです。ルクセリア様に陛下のお人柄を聞いて、あなたとなら交渉が出来ると思いました。今もそうです。あなたは敵国の人間だからと言って私を否定しない、異教徒と言って見下さない。そんな人に交渉相手になって欲しいと思うのは当然でしょう」
無言のまま聞いている皇帝に最後、重大なことを告げる。受け入れ難くとも、これだけは納得してもらわないといけない。
「陛下。聖戦軍は進軍を再開しようとしています。王国は降りかかる火の粉を払わなければいけない。私はこれから帝国の兵士を大勢殺します。テティス平原の大虐殺など可愛いものだったと思えるほどに。それだけは覚悟をしておいてください」
「君は……」
皇帝は絶句して俺を見つめていたが、首を横に振った。
「今は私は皇帝では無い。私に何か言う権利は無いよ……」
「わかりました。次は皇帝位に復帰したあなたとお会いできることを楽しみにしていますよ」
皇帝に別れを告げた俺が赴くのはフェルナシア。押し寄せる聖戦軍は補充を含め30万に膨れ上がっていると言う。その聖戦軍を完膚なきまでに叩きのめす。二度と戦おうなどと言う気を起こさせぬように。再びこの手を血に染めるのだ。
========
<後書き>
次回は第6章第27話「血のゼーレン」。お楽しみに。
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