第10話 セーシェリア
入学式が終わるとホームルームだった。
今日は初日なのでガイダンスだけで授業は無い。
教室は教卓の前に机が階段状に並んでいる形式で、皆思い思いの場所に座っている。俺は平民なので目立たないように真ん中より少し後ろの端の席に座る。ちなみにソフィアとセーシェリアは最前列に座ってた。やっぱり。
しかし、特待生クラス、少なっ!俺入れて男子3人、女子4人の計7人である。まあ伯爵以上の上級貴族の子弟が毎年ポンポン産まれているはずもないからこんなもんなんだろうけど、もう少しクラス分け、考えた方が良くないですかね?
そこに、担任らしき教師と、何故か魔法士団長が一緒に入ってきた。
教師は教卓の前に立つと、まず、点呼を取ると呼びかけ、一人一人の名前を挙げていった。
最初に名前を呼ばれたのはソフィアだ。さすがに公爵令嬢だけあって最初に呼ばれるのだろう。ちなみにホームルームが始まる前の休憩時間に、ソフィアからクラスメートの情報を教えてもらっていた。
次に呼ばれたのはリカルド。カーディナル侯爵家の長男だ。入学式の時に横柄そうな態度を取っていた奴である。あまりお近づきになりたくない。
その次がセーシェリア。やっぱり美人だ。ついつい目を奪われてしまう。彼女は東の大国ミノス神聖帝国との国境を守るフェルナシア領の領主フェルナース辺境伯家の出自。現在の辺境伯は国王陛下の従兄弟でもあり、王からの信頼が絶大な半面、敵も多いらしい。
続いてカテリナ。レオニード領の領主サルディス伯爵家の長女で、肩まで伸びた赤いストレートの髪が特徴的な勝気そうな少女である。レオニード伯爵領はフェルナシア辺境伯領の隣で海に面し、大陸の東西を結ぶ沿岸交易の元締めの一人として隆盛を誇っているとのこと。
残り二人のうち一人はマティス。コーラル伯爵家の次男だ。コーラル伯爵は王宮に勤める高位の文官貴族で、財務卿を務めるドミテリア公爵の首席補佐官らしい。政治形態も行政体制も異なる日本と比べるのは適切ではないかもしれないが、分かりやすく言うと、ドミテリア公爵が財務大臣で、コーラル伯爵は財務省の事務次官に当たるという事だろう。
俺以外の最後の一人がエルミーナ。彼女はラファネル子爵家の末子であるが、その魔力の大きさ、魔法への高度な理解が評価されて特待生クラスへの入学が許可されたそうだ。しかし、黒髪眼鏡少女で、背は低いくせに巨乳ってどれだけ属性を盛っているのだろう。
で、最後が俺である。
「ラキウス・ジェレマイア君」
名前を呼ばれ、返事をする。その瞬間、ソフィアを除く全員の視線が集まった。
それはそうだ。特待生クラスに平民がいるなんて誰も思ってなかっただろうから、驚いてこっちを見るのは仕方ない。ソフィアは、俺が平民と知っているから見る必要が無いだけで。
……いや、俺じゃなく、他の皆を見ている? あれは俺を見ている他の生徒を観察しているのか。
生徒の動揺に構わず、教師はガイダンスに移ろうとする。しかし、それを遮ってセーシェリアが憤然と立ち上がった。
「質問があります! 何故、このクラスに平民がいるのですか⁉」
あれっ、あれれ、彼女、もしかして平民見下している系?
残念に思っていると、教卓では答えに窮している教師に代わり、魔法士団長が前に出てきていた。
「私の判断です。それでは不服ですか?」
魔法士団長にそう言われては反論できないのだろう。
「いえ、高名なるサヴィナフ閣下の判断に異を唱えるものではありません」
セーシェリアは引き下がったが、座る前に俺をキッと睨んできた。
俺はと言うと自分の初恋がガラガラと音を立てて崩れ去るのを感じていた。その後のガイダンスは、彼女に嫌われたらしいショックで半分も頭に入らなかったよ。
❖ ❖ ❖
その日の夜、ソフィアは父、カーライル公爵の前にいた。
アルベルト・ドミテリア・カーライル。
王国宰相にして、王国に二つしかない公爵家、ドミテリア家、カーライル家双方の血を引くサラブレッド。現国王ドミティウス陛下を除き、王国最高の権勢を誇る男であった。
しかし、今は娘からの報告に意外そうな声を上げる。
「平民が特待生クラスに?」
「はい、お父様、しかも
平民が特待生クラスにいる。それだけでは父に報告するまでも無かったろう。だが、アナベラル侯爵家が絡んでいるとなると話は別だ。
その報告に、アルベルトは自らの姉の子でもあり、同時に決して味方とは言えない男の顔を思い浮かべる。
「サヴィナフか。わが甥ながら聞いても正直には答えてくれんだろうな。まあいい、そちらはこちらで少し調べてみる。お前はその少年から聞き出せることは聞き出しておくように」
承知したとうなづく娘に、彼は続ける。
「しかし、特待生クラスに平民とは。その者も苦労するだろうな」
「そう言えば、今日早速、セーシェリアに噛みつかれてましたね」
「ああ、ガイウスの娘か」
アルベルトは辺境伯をファーストネームで呼ぶと少し考える。
「まあ辺境伯家と事を構えるまでも無い。止める必要は無いが、あまりにも目に余るようなら庇ってやるといい」
「かしこまりました。お父様」
❖ ❖ ❖
同じ頃、セーシェリアは侍女ヘンリエッタに髪を梳かしてもらっていた。
ヘンリエッタはフェルナース家の陪臣貴族となる騎士爵家の出身で、セーシェリア付として幼いころから実の姉妹のように育ってきた。数少ない、セーシェリアが素の自分をさらけ出せる存在である。もっともヘンリエッタの方は侍女としての分をわきまえ、常に一歩引いて接する態度を崩さなかったが。
「それでね、クラスに平民の男の子がいるのよ、どう思う?」
不満そうな年下の主からの問いかけにヘンリエッタは微笑しながら答える。
「でも、平民の身で特待生クラスに入ってきたということは、その少年はすごく努力してきたのではないですか?それは認めてあげないと」
「それはそうなんだけど……」
「そもそも平民だから嫌い、と言う訳では無いのですよね?」
「それはそうよ。領民の皆にはすごく良くしてもらってたし、大好きよ。でも、それとこれとは話が違うの!」
セーシェリアは、幼少期の大半を王都から遠く離れた辺境伯の領地で過ごしてきた。
辺境伯領は隣国ミノス神聖帝国との国境に位置する土地であったが、ここ30年ほどは小さな国境侵犯なども無く、また、領主である辺境伯の住む街は国境からは離れていることもあって、紛争の緊張とは無縁であった。
セーシェリアは貴族の子としては遅くに生まれたため、甘やかされはしなかったものの、両親の愛情をたっぷり注がれ、のどかな街でのびのびと天真爛漫に育っていた。よく屋敷を抜け出しては街に出かけ、無邪気に領民に語り掛けた。領民もそんな彼女を「姫様、姫様」と呼んで可愛がった。正確には領主の娘は姫では無いが、王都から離れた領地の領民にとって、領主は一国一城の主のようなものであったし、また、セーシェリアはお姫様と呼ばれても違和感が無いほど可愛らしかったのである。
転機が訪れたのは10歳の時。
社交界にデビューする準備のため、領地を離れ、王都の別邸に居を移したセーシェリアは、宮廷周辺に渦巻く悪意に容赦なくさらされることとなった。
父ガイウスには「謀反人」の悪評が付きまとった。セーシェリアは、理解できなかった。父ガイウスは現国王ドミティウスとも親戚筋に当たり、国王からの支持も絶大である。その父がなぜ謀反人なのか。
その悪意の背景に、かつて前国王が退位に追い込まれるほどの一大スキャンダルがあり、その中心に父がいたことを知ることになるのはもっと後のことであったが、幼いころのセーシェリアには何故自分たちに悪意が向けられるのかわからなかった。
もちろん、こうした悪意が、大貴族であるフェルナース家に直接向けられるわけでは無い。だが、聞こえよがしに囁かれる悪意のうわさが、フェルナース家で一番弱い立場にいるセーシェリアを容赦なく襲ったのだった。
加えて、父には「色香に負けて下級貴族の娘を嫁にした」という非難すら向けられていた。母フェリシアはとても美しい女性だったが、男爵家の出身だった。その結婚は政略結婚によるものでは無く、大恋愛の末のものだと聞いている。だが、血統による魔力の維持・強化を最大の美徳と考える貴族の考えからは異端だった。
セーシェリアは優しい母が大好きだった。誰もが賛美してくれる自分の美貌も母譲りのものだとも理解している。だが、王都ではその美しさすら、色香に負けた父の行いの象徴のように見なされる。
だからこそ、セーシェリアは強くならなければいけなかった。
自分が強くならなくては、所詮男爵家の血を引く娘、と揶揄される。それは男爵家の母とその母を選んだ父への侮辱に他ならない。
彼女は血の滲むような努力をした。その結果、王立学院の首席合格の座ももぎ取った。ソフィアと同点一位ではあったが。王立学院の事務局からは暗に新入生代表挨拶をソフィア一人に任せるよう要請されたが断った。
それは意地だ。
ソフィア本人に恨みは無い。むしろ社交界デビューした当時、勝手がわからない自分を同年代の子女として助けてくれた。感謝してすらいる。
だが、負けたくない。
ドミテリア家、カーライル家という二つの公爵家のみならず、魔法士団長を輩出する名門アナベラル家の血筋をも取り込んだサラブレッドの中のサラブレッド。彼女に勝って初めて、父や母を侮辱した者たちを見返してやれる。
そのためには単独の首席卒業生の座をもぎ取らねば。
それなのに……。
王立学院の成績は個人だけで測られるものでは無い。
特に特待生クラスのメンバーには、将来、国の中枢を担う幹部候補として、他のメンバーをも率いて向上させていくリーダーシップが求められる。
そこに貴族の常識をまるで知らない平民がいる。
彼は自分の望みを叶えてくれる助けとなるのか、それとも障害となるのか。
髪を梳かし終わり、ヘンリエッタが部屋を出ていく。
一人になったセーシェリアは暫く考え込んでいたが、不意にあることを思いついたように手を打った。
「そうだわ! そうすればいいのよ!」
彼女が何を思いついたのか、それは彼女以外の誰にも分らない。そうして夜は更けていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます