第29話 激突

 王都を出立すること2週間と少し。テティス平原と呼ばれる荒野に両軍は対峙していた。


 クリスティア王国軍1万対アラバイン王国軍1万2千強。数だけ見ればアラバイン王国側が若干優勢か。


 しかし、その内情は様々な思惑が入り乱れる混沌たるもの。十分に根回しをしてきたが、最後の最後、相手が思い通りに動いてくれるかは賭けだ。そんな思いを抱きながら、臨時の本陣として置かれた天幕の中、集まった男たちを眺める。


 まずは何と言っても今回の最大のターゲット、エドヴァルト伯爵。


 この戦で俺を亡き者にしようと企む彼を、取り巻きの貴族共々返り討ちにし、後ろ盾を失ったラウルを母親もろとも失脚させる。それこそが、クリスティア王国軍の排除と並ぶ、この戦の最大の目的だ。さらに隠れた目的がこの遠征にはあるが、それよりもまずは目の前の戦に集中しよう。


 そのエドヴァルト伯爵はラウル派の貴族連合軍3000人を率いて、俺の右翼に並ぶことになる。戦が始まったら俺を側面から攻撃してくるだろう。


 第二騎士団長のセドリックは、エドヴァルト伯爵率いる軍勢の、さらに右翼外側に布陣する第二騎士団から第九騎士団3000人を統率することとなる。かつてテシウスの反乱を鎮圧するために共闘したこともある彼が今はテオドラ派でいることを複雑な思いで眺める。まだ年若いはずなのに誰よりも年古りた従妹の手腕に畏敬の念を抱かざるを得ない。


 一方、テオドラ派の貴族連合軍を束ねるのはヴェリオ侯爵。彼の指揮の下、4000人の貴族が俺の左翼に布陣する。エドヴァルト伯爵の作戦では、戦の開始後、このヴェリオ侯爵の部隊と共闘して俺を挟み撃ちにすることになっているのだろう。


 さらに第十騎士団長ファルケスと魔法士団副団長のリオネル。彼らの部隊は全軍の左翼外側、少し離れたところに遊軍的に位置することになる。俺が領地から連れてきた護衛騎士団も魔法士団の護衛として同じ位置に布陣することになっていた。


 最後にこの討伐軍全軍を率いる俺の副官にして参謀を務める近衛騎士団長クリストフ。彼の部下である近衛騎士団100人は今は俺の直接指揮下に入っている。逆に言うと、このわずか100人の部隊が俺が直接指揮する部隊だった。






 天幕の中では、そのクリストフが敵方の布陣について説明していた。


「敵は中央前面に地竜騎士団500騎、その後ろに重装歩兵3000が控えています」

「ちょっと待て、重装歩兵だって?」

「ええ、平民主体の部隊のようですよ」

「体のいい消耗品じゃ無いか」


 この世界では歩兵が活躍する場面は多くない。魔力を持った騎士が障壁を張りながら、槍や剣の攻撃範囲外から魔法攻撃を仕掛けてくるのだ。それも馬や竜に乗って。歩兵の役割は通常、陣地構築用の工兵や補給部隊員。戦場に出てきても、肉の壁以上の役割など無いはず。しかし、クリストフは俺とは違う考えのようだった。


「殿下、ご自分を基準に考えてはいけません。誰もがあなたみたいに化け物じみた力を持っているわけでは無いんです。下級貴族なら、例え相手が平民でも10人、20人に取り囲まれた場合、後れを取ることもありますよ」

「そうなのか?」

「そうです。だから本陣の防御を固めるために歩兵を配置するのは、決しておかしな戦法ではありません。普通なら、あそこまで防備を固めている中に飛び込んでいけるのは、魔力持ちでもそうそういないでしょう」


 なるほど。だが、今回に限ってはそれは大間違いだ。だが、そんな内心の思いは口には出さない。目の前では、クリストフが説明を再開していた。


「重装歩兵の後方に本陣と、さらにその後ろに魔法士団が展開しています。彼らの攻略が重要ですが、歩兵3000人を抜けていくのは容易では無いでしょう」

「こちらも魔法士団の遠距離魔法で攻撃すればいいのでは無いか?」


 口を挟んだのはエドヴァルト伯爵。だが、それにはリオネルが首を横に振った。


「難しいでしょうね。向こうもこちらと同じ100人くらいです。魔力勝負で同等なら攻撃しても障壁で防がれてしまうでしょうし」

「そもそも魔法士団より地竜騎士団への対応を考えるのが先です。敵はまず中央の地竜騎士団の突進でこちらの前衛を崩したら、両翼の騎士団が襲ってくると言う作戦でしょう。地竜騎士団の突進をいかに防ぐかがカギになります」


 リオネルの指摘にクリストフが言葉を重ねる。今回、敵の両翼には騎士団3000ずつが布陣している。数ではこちらが勝っていても、地竜騎士団の突進を受けて混乱していたら苦戦は免れない。馬に数倍する体躯を持つ地竜の突進はバカにできないのだ。魔力が支配するこの世界の戦場であっても。だが、まあ細かいことを考えるのは止めよう。


「大丈夫だ。地竜騎士団への対処は俺がやろう」

「しかし、例え近衛騎士団と言えど、たった100騎で地竜騎士団500に当たると言うのは」

「何も馬鹿正直に500騎全部を相手にする必要は無いだろ。まずは彼らを左右に分断するから、そうなったら君たちも突入して来てくれ」


 そう言うと、皆に細かい指示を出していく。茶番だ。彼らがこの指示どおりに動くなど、誰も思っていない。それでも、騙されているふりを続けなくてはな。






 翌日、太陽が中天に差し掛かろうかという頃、両軍は激突した。まず動き出したのは地竜騎士団。地響きを立てて迫りくる地竜の突進を視認した瞬間、俺は叫んだ。


「近衛騎士団、続け!」


 わずか100騎の直属部隊が動き出した、その直後だった。エドヴァルト伯爵の部隊が動いたのは。彼らは動き出した近衛騎士団に横合いから攻撃を仕掛けてきたのである。


「み、味方からの攻撃です!」


 伝令の悲鳴に、笑いが出そうになるのを必死でこらえる。


「クリストフ、セドリックとヴェリオ侯の部隊はどうしてる?」

「動いていません!」


 視点を後ろに向けることすらもどかしく、クリストフに問う。その答えは思ったとおりのもの。


「勝ったな」


 ニヤリと笑うと、エドヴァルト伯爵のことは思考から振り捨てる。


「近衛騎士団、攻撃に構うな! 地竜騎士団に向け、突撃!」


 そう叫ぶと、剣を抜き、魔力を流し込んでいった。白銀のミスリル剣が見る見るうちに漆黒に染まる。今日この日、俺は殺戮者という消えない汚名を着ることになるだろう。


闇風刃ダルク・エクサイル!」


 雄たけびと共に放たれた闇魔法と風魔法の融合魔法が敵に向かっていく。そして、その叫びと同時だった。セドリックとヴェリオ侯の部隊が動き出したのは。彼らは一斉に襲い掛かった。───エドヴァルト伯爵の部隊に。

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