第13話 テオドラ・クリスティア・アラバイン
テオドラに指定された日、王宮の中庭に昼食会場として用意されたテーブル席。エヴァと二人、王女様の到着を待っている。季節は早春。中庭には色とりどりの花が咲き乱れ、差し込む陽光に照らされて、美しいことこの上なかった。許されることでは無いけど、摘んで、花束にしてセリアに贈りたいなどと考えてしまう。
いけない、いけない、テオドラの意図がどこにあるか分からないのに、こんなアホな事ばかり考えて思考停止していちゃいけないよな。取りあえずは事前に情報収集しておかなきゃ。
「エヴァって、テオドラ様と会ったことあるの?」
「1対1では無いけど、パーティーとかでお見かけしたことなら何度か」
「どんな人? 学院の友達からは聡明な人だって聞いた記憶があるんだけど」
その質問に、エヴァは少し考えこんでるようだった。
「……ちょっと良く分からないのよね。年相応に天真爛漫な時もあれば、急に大人びて見えることもあったり、正直、良く分からない。真面目に転生者であることを疑って、一度、見つかったら不敬と言われること覚悟でこっそり鑑定眼で見てみたことあるんだけど……」
「けど?」
「転生者では無さそう。少なくとも私やあんたみたいに6属性、7属性持ちってことは無いわ」
そうか。テオドラは14歳。フィリーナと同い年のはずだ。王族として教育されているから大人びて見えるかもしれないが、年相応の女の子だったりするのだろうか。
そんなことを考えていたが、先ぶれがあり、テオドラらしき女性がやって来るのが見えた。供に側仕えらしい女性と、護衛騎士らしい女性を二人連れている。───と思ったら、一人はセリアじゃ無いか。
テオドラはストレートのロングの金髪に控えめなティアラを飾り、スカートの裾の広がったドレスを着ていた。いかにも王女様といったスタイルである。
セリアの方はと言うと、白銀の軽装鎧に、頭にはヘルムでは無く、金属製の羽のような飾りを付けたサークレットをしていた。頭部の防御力は皆無だが、俺の心への攻撃力は無限大だぞ。王女様よりセリアに目を奪われていたら、彼女に目で注意された。慌ててテオドラに注意を向け、起立して略式の礼を取る。
「大聖女様、竜の騎士様、良くいらしてくださいました。お二人にお会いできて、とても嬉しいです」
「テオドラ様、この度はお招きをいただき、誠にありがとうございます」
「テオドラ様にお会いでき、光栄です」
テオドラからの挨拶に、エヴァに続いて返礼する。テオドラは喜色満面と言った体で着席を進めてきた。この辺はただの女の子だよな。
長テーブルのお誕生席にテオドラが座り、俺とエヴァは両脇に対面するように座ると、テオドラは俺の方を向いて、興味津々と言った感じで口を開いた。
「私、ラキウス様に一度、直接お会いしてみたかったんです」
「王女様にそうおっしゃっていただき、光栄です」
無難にそう答えるが、何が狙いなのか、良く分からない。でも、続く言葉にうろたえる事態になってしまった。
「だって、私の護衛騎士のセーシェリアとそれは仲睦まじい恋人同士だと聞きました。何でも、卒業式の前夜祭で全校生徒の前でそれはそれは熱い口づけを交わしたとか」
「!!」
絶句してしまった。誰から聞いたんだろう? 思わずテオドラの後ろに控えるセリアを見たら、ブンブンと首を横に振っている。セリアが話したわけでは無いらしい。一方、テオドラの方は、視線の動きで二人の間のやり取りを察したようだ。
「セーシェリアが話したわけではありませんよ。でも、全校生徒が見てましたから、どうしても情報が洩れてきますよね」
───これはリアーナのボケが当たっていたと言うことか。その場の雰囲気に流されて衆人環視の中で、正式な婚約前の男女がキスまでしてしまったことを責められているに違いない。俺は立ち上がると、深く頭を下げた。
「その場の雰囲気に流されたとはいえ、軽率な行動をしてしまいました。ですが、セリア……セーシェリアは、私に求められて仕方なく応じたにすぎません。どうか、彼女に叱責など無きようお願いいたします」
ひとしきり頭を下げた後、恐る恐る顔を上げる。テオドラはどういう顔をしているだろうか。───と思ったら、困惑したような顔をしていた。
「あの、誤解させてしまったとしたら申し訳ありません。私、責めているのでは無く、お二人のことを応援しているんです」
「は?」
テオドラは両手を合わせると、恍惚とした表情を浮かべる。
「だって、ラキウス様は元は平民なのに、セーシェリアを命がけで守って騎士になったと聞きました。そんな一途に愛してくださる殿方がいらっしゃるなんて素敵ですわ。だから、私、お二人の恋が成就することを応援してるんです!」
「あ、ありがとうございます……」
これは一体どういう事だろう。夢見る乙女みたいなことを言っているけど、本当に額面通りに受け取っていいのだろうか。良く分からないけど、「本当か?」などと聞き返すわけにもいかないので、取りあえずお礼だけ言っておくことにした。
その後に出てきた食事は、凄く美味しかったはずなのに、まるで味わうことはできなかった。食事の後、お茶を飲みながら、本題に移る。本題は、リアーナの看破したとおり、魔族のことだった。
「アスクレイディオスが封印されていた場所ですが、そこに、もっと危険な魔族が封印されていることが判明したんです」
「もっと危険な魔族ですか?」
「ええ、遥かに危険です。ラキウス様はかつてこの地を支配していた魔族に席次があったことをご存じですか?」
「すみません、不勉強で」
「魔族の席次も人間同様、単純な強さによるものではありませんが、それでも人間よりは強さが反映されると考えてください。アスクレイディオスの席次は72柱の中で67番目だったと言われています」
67番目? あれで? テオドラの説明に驚いてしまう。あれで67番目だったら、一桁台の強さはどうなってしまうのだろう。
「そのアスクレイディオスと同じ場所に、第5席次の魔族が封印されているようなんです」
「第5席次⁉」
「ええ、リュステールと呼ばれた魔族とのことです」
「どのような魔族なのですか?」
「そこまでは……」
さすがに、400年前に封印された魔族の詳しいことなどわからないか───いや、いるぞ、知ってる奴が。急いでラーケイオスにパスを繋ぐ。
『ラーケイオス、リュステールという魔族を知っているか?」
『もちろん。アデリアが命に代えて封印した魔族だからな』
『命に代えて?』
『そうだ、その魔族との戦いでアデリアは命を落とした』
マジかよ。大聖女が命を落とすほどの魔族。
『それでどんな魔族だったんだ? アスクレイディオスみたいに憑依型だったりするのか?』
『いや、憑依型ではなく、受肉していた。翼の生えた人間のような姿をしていたな。戦い方だが、次元の狭間に潜むことができる奴だった。何度も逃げられたぞ』
瞬間移動で攻撃しては消えてを繰り返すタイプか。かなり厄介そうな敵だ。
『最後、テレシアがアデリアの魔力を何倍にも増幅して、光の檻に閉じ込めたうえで封印したな』
『でも、封印したアデリアは死んだんだろう?』
『うむ、アデリアにも相当の負担がかかっていたからな。あやつ、最後の最後にアデリアの魂を持って行ってしまったわ』
『同じことになったらダメなんだよ!』
例え勝てたとしても、エヴァが死ぬような事態になったら、取り返しがつかない。同じやり方ではダメだ。
「テオドラ様、ラーケイオスにリュステールの事を聞きました。アデリア様を殺したほどの魔族だとか」
「本当なの?」
テオドラに伝えた言葉にエヴァが反応する。まあそれも当然だろう。同じ大聖女の死因となった魔族ともなれば気にならない方がおかしい。
「ああ、封印の際に魂を持って行かれたとラーケイオスは言っていた」
「そうなのですね。ですが、まだ封印が解かれたと決まったわけではありません。もしもアスクレイディオスが人為的に解き放たれたのだとしたら、同様にリュステールの封印も解かれている可能性がある。あくまでも現在はそういう段階です。なので、お二方にはその調査をお願いしたいのです」
テオドラからの依頼に頷く。決して放置してはいけない事態だ。だが、最後に一つだけ確認しておくべきだろう。
「テオドラ様、一つだけお伺いしたいのですが、何故、この話がテオドラ様からあったのでしょうか? 大変失礼ながら、テオドラ様は我々の指揮命令系統上にいらっしゃらないと思うのですが」
「場合によっては、リアーナ様にも動いていただかなくてはならなくなる話を王族以外の誰が依頼できると言うのですか? 国王陛下はさすがに多忙ですし、兄たち二人が亡くなった今、例え一介の王女であろうと、王族として私が補佐しなければなりませんから」
「……かしこまりました。王女殿下のお覚悟に水を差すような物言い、ご容赦いただければ」
「構いませんよ。ラキウス様、期待しております」
去っていくテオドラを見送りながら、考えていた。確かに年相応の子供っぽさと妙に大人びた感じが同居しているような印象を受ける。でもまあ、王族と言うものはああいうものなのかもしれない。───などと考えていたら、エヴァに頭を叩かれた。
「あたっ!」
「あたっじゃ無いわよ! あんた、全校生徒の前でセリアちゃんにキスしたって本当なの?」
「……その、その場の雰囲気に流されちゃって」
「おバカ! 辺境伯に人前では節度を保てと言われたんでしょ! もっとセリアちゃんを大事にしなさい!」
「ご、ごめんなさい」
「私に謝ってどうするのよ、全く!」
その後、プンプン怒ってしまったエヴァを宥めながら、王宮を後にしたのだった。もうちょっと考えてから行動するようにしないとな。そう反省した1日だった。
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