第24話 騎士ラキウス
ついに騎士叙任式の日がやって来た。
式は王宮の小ホールで行われる。王国の騎士になる者として、国王陛下に拝謁し、剣を下賜されることになるのだ。
王宮の控室で家族と共に待つ。騎士に取り立てられるのはあくまで俺個人だが、式には平民である家族の出席も許された。父さんはギルドの会合なんかで着るための一張羅を着て、母さんは結婚式で着たドレスを仕立て直して染め直したドレスを着ている。そしてフィリーナは俺が贈ったドレスを着ていた。
新たに騎士になる者には支度金として、いくらかのお金が王宮から支給される。それで叙任式で着る礼装などを誂える訳だが、俺の場合、セーシェリアが礼装を贈ってくれたおかげで、少し余裕ができた。それでフィリーナにドレスを誂えて上げたのである。さすがにセーシェリアが贈ってくれたような上等な服は無理だが、フィリーナは大喜びで、クルクル回ったりしてドレスを俺に見せてくれている。
「どう、どう、お兄ちゃん?」
「ああ、可愛いよ」
「えへへへ」
贔屓目無しで見ても、本当に可愛いんだから、早く兄離れして、他の男に目を向けてもらいたいものである。そんな兄の思いを知ってか知らずか、無邪気に訊ねてくる。
「お兄ちゃん、貴族になったら、領地とかもらえるの? だったら私も連れてって欲しいなあ」
「そんなわけないだろ」
貴族になることと領地を得ることは全く別だ。領地を得て領主貴族になるには、分け与えられるだけの土地の空きが必要になる。他国を打ち負かして、新たに領土を手に入れた、あるいは取りつぶしになった貴族の領地の空きがある、と言ったような都合のいい話がある場合を除き、王室直轄領から分け与えるということになるから、そんじょそこらの功績では領地が与えられることは無い。新たに貴族に叙された者は、王宮で文官として仕えるか、騎士団などに勤める武官となるかして、徐々に功績を積んでいくことになる。
あるいは、もう一つ、陪臣として、有力貴族の補佐をするか、主家の領地内にある一つの街の統治や治安維持に携わるなどの方法もある。現に、フェルナース家からはそういう打診もある。だけど、俺はセーシェリアと対等の立場で向き合いたい。陪臣となって、フェルナース家を主人と仰ぐのは何か違う気がしていた。
「それにしても、あんたが本当に騎士になるなんてねえ」
母さんがしみじみと言う。
母さんに王立学院を勧められてから10年。ようやく一つの目標が達成された。
「まあ、運も良かったよ」
「運が良かったって、お兄ちゃん、セーシェリア様かばって死にかけたって聞いたんだけど。私、セーシェリア様に文句言ってくる!」
「それは絶対にやめて」
「もう、お兄ちゃん、セーシェリア様が美人だからって甘すぎ!」
「おっ、そんな美人なのか?」
「……言っとくけど、父さん。セーシェリア様にちょっとでも不埒な視線向けたら殺すからな」
「お、おう……」
「はいはい、あんた達、バカなことを言ってないで」
母さんに締められてしまった。
運が良かったというのは本当にそう思う。セーシェリアだけでなく、人との出会いに恵まれた。カーライル公爵家が推薦してくれたのも、ソフィアが口利きしてくれたんだろうし、アナベラル侯爵家も魔法士団長は良くわからないけど、クリストフは純粋に俺を評価してくれてるように思う。
そう思っていると、また母さんがこっちを見ている。
「何、母さん?」
「ううん、母さんの旧姓、また聞くことになるとは思わなかったなあって」
「そう言えば、お母さんの旧姓ってリーファスって言うんだね。初めて知った」
「ふふん、マリア・リーファス。ちょっとかっこいいでしょ」
「うん、かっこいい、かっこいい」
母さんとフィリーナが盛り上がっている。
俺は今日からミドルネームを名乗ることが許されていた。
厳密には騎士となることと貴族となることはイコールでは無い。だが、男爵叙爵が内定していることもあり、実質的に今日から貴族として扱われることとなったのである。
ラキウス・リーファス・ジェレマイア。
これが新たな俺の名である。
時間となり、式典の会場となる小ホールに場を移す。
小ホールとはいえ、100人以上が収容できる部屋だ。10メートル以上の高さのある天井に、それを支える林立する大理石の柱。圧倒される。
部屋の真ん中には祭壇が置かれ、そこに剣が置かれていた。鞘には彫金で華麗な装飾が施されている。刃はミスリル製だろう。これが今日から俺の剣となる。
ホールには既に多くの貴族が列席し、国王陛下の入場を待っていた。俺も指定された列に並ぶ。
「国王陛下御入場!」
前触れに皆が居住いを正す中、国王陛下が入場してきた。
アラバイン王国国王、ドミティウス・フェルナース・アラバイン。前国王ナルサス陛下とフェルナース家から側室として入っていた母親との間に生まれた子。辺境伯とは従兄弟同士という関係になるらしい。セーシェリアから聞かされた、ナルサス陛下の幽閉と退位、それに続くドミティウス陛下の即位、そこにどんな真実が隠されているか、俺は知らない。だが、それは関係ない。今の俺の主君はここにおられるドミティウス陛下。彼の下で王国のために尽くす。
「新たに騎士足らんとする者よ、国王陛下の御前へ!」
その声に従い、陛下の前に進み出て、両膝をつき、最上位の礼を取る。
陛下は祭壇から剣を取り、俺の前に差し出すと、口上を述べる。
「汝、ラキウス・リーファス・ジェレマイアよ。そなたを新たなる王国の騎士として任ずる。その身命を賭して王国のために仕えよ」
俺はその剣を両手で恭しく受け取る。
軽い。ミスリル製の剣とはここまで軽いものなのか。両手剣ほどの長さを持ちながら、片手で軽く扱える騎士剣。この剣をもって騎士としての道を歩む。
いけない、いけない。感慨にふけっていたが、今は口上を返さねば。
「我、ラキウス・リーファス・ジェレマイアは、王国の騎士として、陛下と陛下の王国、そして王国の民に身命を捧げることを誓います」
口上の後、列席者を向いて、剣を鞘のまま掲げると万雷の拍手が巻き起こった。
今ここに、新たなる騎士が誕生したのである。
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