第30話 君と共に在りたい
式典の日の夜、神殿で盛大な宴席が設けられた。
一応主賓である俺は、挨拶回りでクタクタである。何より、娘とか姉妹とか、とにかく女性の親族を売り込もうとする貴族たちの相手をするのに本当に疲れた。俺、一応騎士で実質的な貴族として扱われてたとは言っても、爵位的には昨日まで平民よ。それでいいのか?
ひと段落して一息ついていると、客の中にクリストフの姿が見えた。
「クリストフさん、昇進おめでとうございます」
「やあ、ありがとう。昇進と言っても、リオン様が亡くなられて、その空席を埋めるためだから、ちょっと複雑な気分ですよね」
クリストフは、アスクレイディオスに殺されたリオンの後任として、近衛騎士団長に就任していた。それにしても、リオンは惨い殺され方をしたとのことだ。そりゃ、俺もギッタギタにしてやるとか思ってたけど、本当に死んでいいとか、殺したいとかなんて思ってはいなかった。でもこれで、恋敵がいなくなったと安堵する自分がいる。一方で、そう思ってしまう自分を醜いもののように思う自分がいて、本当に複雑な気分だ。
「そう言えば、ラキウス君は卒業後はどうするんですか? どこか希望の騎士団とかありますか?」
「さあ、俺の場合、選べる立場じゃ無いような気がするんですよね」
卒業後の進路についての問いに煮え切らない答えを返す。俺の場合、ただの騎士じゃ無くて、竜の騎士だから、どこも扱いに困るだろうし、そもそも希望なんて聞いてもらえるのだろうか。
「そうですね。竜王様と一緒の騎士なんて、どこも困るでしょうね。少なくとも近
「そんなあからさまに言わないでください。落ち込んじまいます」
出禁を喰らった飛竜騎士団に続き、近衛騎士団からも門前払いを喰らってしまった。思わず乾いた笑いをこぼす。そこでクリストフが思いついたように言った。
「そう言えば、君の友人の、辺境伯の娘さんからは近衛騎士団志望が出ていますけど、ご存知ですか?」
「ええ、聞いてます」
騎士団の中では、王族警護を任務とする近衛騎士団のみが女性を採用している。王妃や王女など、女性王族・要人の警護をしないといけないためだ。セリアは領地に戻って父や兄の補佐をするという道もあっただろうが、近衛騎士団で人脈を広げたいとのことだった。それがやがては領地や俺のためになるだろうと。
「クリストフさん、セリア……セーシェリアのことをお願いします」
「もちろんですよ」
「あ、でも彼女に手を出したら、クリストフさんでも生かしておきませんからね」
「私には妻がいるんですよ。これでも愛妻家なんです」
苦笑するクリストフと別れて会場をフラフラしていたら、リアーナがやって来た。
「ラキウス君、ちょっと来てください。話があります」
「いいですけど、ここではダメですか?」
「ここでは何ですから、テラス席の方に行きましょう」
喧騒で、周りの人が何を話しているか良くわからない会場の中ですらダメとはどういう話題だろう。そう思いながらついていくと、彼女はテラス席へと続くドアを開けた。部屋の一角を占める大きな窓に設えられたドアを。外に出ろと言う仕草に、ドアをくぐると、背中をトンっと押された。振り返るとリアーナが笑みを浮かべている。どこか寂しげな、儚い笑顔。
「行ってらっしゃい。あなたが今、隣にいるべき人の元へ」
そう言うと、彼女はカーテンを閉めて、テラス席を会場の視線から切り離したのだった。
テラス席には先客がいた。降る様な月の光の中、その月の女神が
「セリア」
彼女はこちらを見ると首を傾げる。
「エヴァ様にここで待っているように言われたのだけれど」
「俺はリアーナ様に連れてこられたんだ」
さては、二人に嵌められたらしい。いや、二人なりの心遣いなのだろう。
「ラキウス、叙爵おめでとう。それに竜の騎士認定も」
「ありがとう」
彼女の口から零れたのは祝いの言葉。だが、その言葉とは裏腹に、セリアの表情にはどこか影がある。
「ラキウスは凄いね。どんどん偉くなってく。竜の騎士になるのもファルージャで知ってたけど、今日、認定式でのみんなの歓声を聞いたら、怖くなっちゃった。あんなに熱狂して、あなたを讃えて。本当は喜んであげないといけないのに、あなたがどこか遠くに行っちゃいそうで、手の届かない存在になってしまいそうで怖い」
届かない月を掴もうとするかのように伸ばされた、彼女の手の動きを追って眺める。天高く在る月を。あの月が俺だと彼女は言うのか。違う、そうじゃ無い。あの月は君だ。俺の方こそ、君を見上げる立場でしか無い。
急に怖くなる。平民上がりの成り上がり貴族が、それもまだ下級貴族でしか無い俺が、上級貴族である彼女の隣に立とうとしている。その分を弁えない望みに。だけど、エヴァからも言われたじゃ無いか。きちんと本心を伝えろと。何より俺自身が、君に伝えたい。俺の想いを。
「セーシェリア」
大事なことを伝えるために、愛称では無く、本名を呼んだ。彼女もそれに何かを感じて、じっと聞いてくれている。
「君はそんなに評価してくれるけど、俺の方こそ、まだ子爵でしか無くて。それも今日なったばかりで。元は平民だし。だから、こんなことを思うのは不遜かもしれない。だけど、きちんと君に伝えておきたい」
真っすぐに彼女を見つめる。その美しい瞳、どんな宝石よりも美しい瞳を。
「君が好きだ」
彼女の目が大きく見開かれた。
「最初はただの一目惚れだったんだ。でも、君を知るたび、どんどん好きになっていって。……君の優しい心が好きだ。プラチナのように美しい髪も、宝石のような瞳も、美しい声も、全部、全部好きだ。だから……」
ああ、まるで足りない。彼女への想いを伝えるには、これっぽっちの言葉では全く足りない。でも、貴族の間では、愛を伝えるよりも大事なことがある。だから、この言葉を伝えなければ。
「君と共に在りたい。いつまでも」
瞬きもせず聞いていたセリアの瞳からツーっと涙が一筋、こぼれ落ちた。
あ、あれ? まさか、泣くほど嫌だったってことは無いよな? その一瞬の焦りは、だが、次の言葉で吹き飛ばされた。
「……嬉しい」
良かった。うれし涙だったことに、心底安堵する。
「……私、最初の出会いがああだったし、友達になって欲しいって言われた時、凄くうれしかったけど、それ以上を求めちゃいけないんじゃ無いかって。でも、あなたをどんどん好きになっていく自分を抑えられなくて、凄く不安だった。だから、嬉しい」
彼女が俺の胸に身体を預けた。見上げてくるその瞳が揺れている。
「……私もあなたが好き。大好き」
ああ、貴族の常識では、正式に婚約していない今の段階では、それ以上を求めてはいけないのかもしれない。だけど、もう自分を抑えることができなかった。彼女の背に手をまわし、強く、強く掻き抱く。最初はビクッとした反応があったが、すぐに彼女も俺の背に手をまわしてくれた。そのまま抱き合い、見つめ合う。
「愛してる、セリア」
「私も」
彼女が目を閉じた。
ああ、もしも───、もしも俺をこの世界に招いた神がいるのなら、今はただ感謝しか無い。俺は今、世界一幸せだ。
万感の思いを込めて、俺は、思い焦がれたその唇に、自らの唇を重ねたのだった。
第2章 黄金の巫女編 完
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