第29話 竜の騎士

「何だよ、この人出。全然前に進めねえ」


 竜の騎士の認定式が行われる当日、午前中にカーライル公爵から子爵叙爵を認める証書1枚をもらってきた。今は、午後一から行われる認定式のために、大神殿に向かっている。だけど、人出が多すぎて、全く前に進めない。大神殿は万民に開かれてるって思想から平民街に建てられているけど、そのせいもあって無茶苦茶混雑している。


 まあ、250年ぶりくらいの竜の騎士誕生だ。この目で見ておきたいと思う人がいっぱいいるのは当然だろう。それに、王国一の美姫が出てくるのだ。リアーナはファルージャから出たことが無かったから、ファルージャに巡礼したことの無い人たちにとっては初めて見ることになる。そりゃ見たいだろうな。下手すると、いや、下手しなくても、この人出の大半は、竜の騎士じゃなくて、竜の巫女目当てに違いない。


 何とか人波をかき分け、大神殿前の広場にたどり着いたが、更に大量の人出に圧倒されてしまう。一体全体、どのくらいの人が集まっているんだ。1万人以上とか言ってたけど、それどころじゃ無いんじゃないか? 広場の脇の方では、人出を見込んだ出店とかも並んでるし、ちょっとした、どころでは無い、完璧なお祭り状態だ。


 どうしようか、氷結空堡スカーラエで、空中を走っていくかなあ、と思ってたら、パスがつながる感覚がある。


『ラキウス君、遅いです。何してるんですか?』

『いや、人多すぎて前に進めなくて』

『全く、ラキウス君は。そっちに行きますから待っててください』

『え、こっち来るって言っても人がいっぱいで』

『飛んでいきますから』

『え?』


 飛んでくるって?と思ったが、数瞬後、目の前にふわりと妖精が、いや、妖精のごとく美しい女性が降り立った。周りの人々の間から感嘆の声が上がり、ざわめきが広がっていく。


「リアーナ様だ!」

「マジか! 王国一の美姫、初めて見た」

「綺麗!」


 目の前に立つリアーナを改めて眺める。

 本当に綺麗な人だと思う。セリアで美人は見慣れているはずの俺が見てそう思うのだ。周りの人達からすると、まるで女神さまが突然、目の前に現れたようなものだろう。


「ラキウス君、行きますよ」


 リアーナが差し出した手を取る。だが、周りのざわめきが大きくなった。「誰だ、あいつ」とか、「リアーナ様、俺にも手を」なんて声が聞こえてきて、皆が殺到してくる。ちょっとしたパニックになってしまった。


氷結空堡スカーラエ!」

「きゃっ!」


 俺はリアーナを抱え上げて5メートルくらい上空に飛んだ。周りから「降りてこい」とか「独り占めすんな」とか言う声が聞こえてくるが、知るか、そんなもん。上空にとどまりながら、お姫様抱っこしているリアーナに視線を向ける。


「アホですか、リアーナ様」

「あ、アホとは何ですか? ラキウス君のくせに生意気です」


 何だよ、その、ラキウス君のくせにってのは。まあ、そうやってむくれているリアーナも可愛いから怒れないんだけどね。


「リアーナ様みたいな超絶美人がこんな群衆の中に突然現れたら、どうなるか分かりそうなものでしょ。自分がどれだけ綺麗なのか、自覚してくださいよ」

「……!!」


 真っ赤になったリアーナが俺の服の端を掴んで、身体を預けてくる。


「……やっぱり、ラキウス君は……生意気です」

「行きますよ」


 いつまでもそうしているわけにもいかないので、彼女を抱えたまま、空中の足場を蹴って跳躍する。そのまま、ダン、ダン、と最短距離を跳ねていき、祭壇に降り立った。祭壇には、神殿上層部だろう人たちやエヴァがいた。皆、目を丸くしているし、周囲の群衆からもざわめきが聞こえる。


「派手な登場ね」

「神殿にとっては、これくらい派手にやった方がいいんだろ」

「そうね、悪くは無いわ」


 エヴァとのやり取りの後、式典が始まった。神殿長らしい人の長々とした挨拶や俺の紹介なんかは正直聞き流していたが、いよいよ本番である。巫女による龍神剣アルテ・ドラギスの下賜が行われるのだ。リアーナからのパスでの呼びかけに応じて、ラーケイオスを呼ぶ。周りの群衆に分かるように敢えて口に出して。


「来たれ、ラーケイオス!!」


 その数瞬後、一陣の風と共に、広場に巨大な影が落ちた。上空を仰いだ人々から驚愕の声が上がる。


「何だ、あれは⁉」

「ドラゴン⁉」

「いや、ラーケイオス様だ!!」


 その巨大な竜の姿は群衆に一瞬パニックを引き起こしそうになった。しかし、その騒ぎはすぐに落ち着き、別のざわめきが押し寄せてくる。


「ラーケイオス様!」

「ラーケイオス様!」

「ラーケイオス様!」


 皆が250年ぶりに姿を現した竜王の姿に歓喜の声を上げる中、ラーケイオスは祭壇の背後にある神殿の屋根に悠然と降り立った。神殿が崩れないか心配になるが、実は魔法で浮いていて、体重はかかってないらしい。


 翼を広げるラーケイオスを背にリアーナが両手を上げ、声を上げた。


「来たれ、アルテ・ドラギス!」


 その声に応え、祭壇に飾られていた龍神剣アルテ・ドラギスがリアーナの手元に飛んでくる。

 彼女はその剣を手に、前に跪く俺に、いや、周囲の群衆に聞かせるよう、高らかに謳い上げた。


「竜の巫女、リアーナ・フェイ・アラバインの名において、ラキウス・リーファス・ジェレマイア、あなたを新たなる竜の騎士として認めます!」


 龍神剣アルテ・ドラギスを受け取り、群衆に向き直る。


「目覚めよ、アルテ・ドラギス!」


 龍神剣アルテ・ドラギスの宝玉が眩しい光を放つ。そのまま、剣を抜き放つと、新たな太陽が姿を現したかのような光があふれだした。パスを通じてラーケイオスの魔力をさらに注ぎ込んでいく。周囲を照らしていた光は収束していき、ついには一条の光の剣となった。どこまでも、どこまでも天を貫く黄金の光の剣。その光を見た群衆たちの中から歓声が漏れ、それが大きなうねりとなって広がっていく。


「竜の騎士様、万歳!」

「ラーケイオス様、万歳!」


 皆の歓声を浴びながら、ここまで来たかと言う感慨を覚えずにはいられない。一方で罪悪感もある。俺の望みはひどく不純なものだ。自覚している。言葉にすれば、今、歓声を上げている人たちは失望するだろう。もちろん、竜の騎士としての務めは果たす。そこに嘘偽りはない。だが、俺の望みはただ、セリアに結婚を申し込むために、彼女に釣り合う地位と名誉を手に入れることだった。今、そのスタート台に立つことができた。これから、ようやく、これからなのだ。

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