第28話 神殿の思惑
王都アレクシアに帰還して一週間後、カーライル公爵から王宮への呼び出しがあった。
何事かと思ったが、思いもかけない第一声に頭が真っ白になってしまう。
「君の成人後の男爵叙爵の件だが、取り消しになった」
一体なんで? 俺、何か悪いことをしたか? 猛抗議しようとしたが、続く言葉にまたまた驚かされる。
「君は二週間後、正式に竜の騎士に認定される。それと同日付で子爵に叙されることとなった。成人前の叙爵は異例ではあるが、竜の騎士を相応の地位に就けるべきとのリアーナ様の強い要請だ。伯爵以上と言う声もあったが、流石にいきなり伯爵は難しいとのことで子爵だ。了承してくれたまえ」
「いえ、過分なるご温情、感謝の言葉もございません」
実際、平民が男爵でも奇跡のようなものだと思っていたのに、さらにそれを飛び越えて子爵だ。セリアとの距離がまた縮まった。まだ、辺境伯とは2ランク格差があるけど、今回、伯爵って声もあったってことは、頑張れば近いうちに伯爵に陞爵することだって決して夢ではない。流石に伯爵になれば、釣り合わないと言われることは無いだろう。ウキウキしていたら、公爵から一つ残念な連絡があった。
「なお、叙爵式だが、状況が状況だけに行われない。叙爵証書の発行と一般への公布のみになる。今、王室が置かれている状況に鑑みて理解してもらいたい」
「もちろんです。アルシス殿下がお亡くなりになったこの状況で、叙爵式どころでは無いことは了解しております」
アルシス殿下が亡くなっただけでは無い。テシウスは反逆罪で捕まったのだ。いかに王族と言えど、厳罰は免れ得まい。極刑に処される可能性すらある。その場合、王国は王太子候補を二人とも失うことになるのだ。流石にそんな状況で、一貴族の叙爵式などやっている場合では無いことは理解できる。
「ただ、竜の騎士の認定式は神殿側が大々的に行うようだ。大神殿前の大広場で1万人以上を集めると言うことのようなので、楽しみにしておくといい」
「はあ?」
何その大げさな式典。神殿側の意図は分からないでは無いけど、勝手に話を進めないで欲しい。
「まあ、その辺りの連絡もあって、エヴァンゼリン様が君をお呼びだ。後で神殿に伺うように」
「はあ、了解いたしました」
公爵からの連絡は以上のようなので、こちらから気になっていることを聞く。
「公爵閣下、ソフィア様のご様子はいかがでしょうか」
学院の授業はもう始まっているけど、ソフィアはずっと欠席だった。ついでに言うとカテリナもだ。両王子の許婚に側室候補の二人ともが巻き込まれたわけで、レイヴァーテインが言っていたのは、こういうことだったかと思わざるを得ない。
「娘はずっと寝込んでいてね。しばらく誰とも会いたくないようだ。もう少しして、落ち着いたら、会ってやってくれたまえ」
「かしこまりました。ソフィア様がお元気になられることを心よりお祈りしております」
「ありがとう。娘にも伝えておくよ」
ソフィアは生まれた時にはアルシス殿下が許婚として決まっていたと言っていた。言い換えれば、彼女は生まれてからずっと王妃になるために生きてきたのだ。それが殿下の死で全て無くなってしまった。過去の努力の全てが水泡に帰しただけで無く、輝かしい王妃としての未来も失った彼女の心痛は察して余りある。願わくば早く回復して、また、あのしたたかな姿を見せて欲しいものだ。
さて、その後、神殿にエヴァを訪ねたのだが、何か対応が以前とまるで違う。
「これはこれは竜の騎士様、大聖女様がお待ちです。どうぞお二人きりでごゆっくり」
以前、二人きりにならないように抵抗していた人たちと同じ連中とは思えないぞ。いったい何の心境の変化だ?
エヴァに聞いたら、とんでもない答えが返ってきた。
「ああ、あいつら、あんたと私を結婚させたがってるのよ」
「はあ? 俺がお前と? 何の冗談だよ」
「……あんた、ほんっとうに自分の立場ってもんが分かってないのね」
エヴァが呆れた目で俺を見ている。
「いい、あんたは竜の騎士なの。龍神信仰の神殿にとってはまさに神の使徒なのよ。特に今回、王都の神殿とファルージャの神殿があんたを取り込むために綱引きしてるから、どっちも必死なの」
エヴァの説明によると、龍神信仰の神殿には制度的な序列は無いらしい。つまり、カトリックにおけるローマ教皇庁を頂点とするような組織体制は無いということだ。その代わり、歴史的に決まってきた序列があるらしく、これまでは聖地であるファルージャの神殿が1位で王都の神殿よりも格が上だったらしい。それが今度の騒ぎで、ファルージャの神殿は崩壊し、この機会に王都の神殿が第1位の座を狙っているらしい。もちろん、その逆にファルージャの神殿は1位の座を守るために必死と言うことだ。
ラーケイオスや竜の巫女も、竜の騎士である俺にくっついていく、ということで、引き留めたいファルージャと呼び込みたい王都の綱引きが水面下で行われているということだ。ファルージャの神殿はリアーナと俺を結婚させて、俺をファルージャの守護騎士とするよう王宮に働きかけており、王都の神殿はエヴァと俺を結婚させようと必死と言う構図らしい。
「何だよ、それ。俺の意思は関係無しかよ」
何でそんな神殿間の綱引きのために、俺が結婚相手を決められなくちゃならないんだよ。俺にはセリアと言う心に決めた相手がいるんだ。まだ、片想いだけどな。
「私だってあんたと結婚する気なんて無いわよ。私の玉のお肌をあんたなんかに晒してたまるもんですか」
「こないだ、スケスケのネグリジェで出てきたけどな」
「エッチ! スケベ! 変態! セリアちゃんに言いつけてやるんだからね!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、大聖女様。申し訳ありませんでした」
いけない、話が脱線して変な方向にずれた。エヴァと話しているとついついこうなってしまう。同郷人の気安さと言う奴だろうか。
「とにかく、今は私もリアーナ様も断ってるから話が進んでないけど、神殿側の働きかけが受け入れられて、王命で結婚しろってなったら断れないから、あんたも早く手を打ちなさいよ」
「手を打つって?」
「さっさとセリアちゃんに告白しろって言ってんの! 辺境伯に婚約を認めてもらって、陛下に神殿からの働きかけを却下するように進言してもらって!」
全く、告白するなと言ったり、告白しろって言ったり、忙しい奴。まあ状況が変わってるから仕方ないけど。それに言ってることは正論だし、エヴァなりに俺たちのことを気に掛けてくれてるのだろう。俺はエヴァに改めて向き合う。
「わかった。それとエヴァ、いつもありがとう。お前には感謝している」
「何よ、いきなり。気持ち悪いわね」
エヴァが凄い不審そうな目で見てくる。そりゃそうだな。いつもこいつにはふざけて接してるから。
「本心だよ。いつも俺の至らないところを助けてくれて。その感謝を伝えたかった」
「そう思うんだったら、早くセリアちゃんにも本心を伝えること」
エヴァはため息を吐いたが、彼女なりの優しさなのだろう。温かい眼差しを向けてくる。
「セリアちゃんを不幸にしたら許さないんだからね」
「もちろん、誓うよ」
そうだ、絶対に彼女を幸せにして見せる。必ず。
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