第21話 噓吐き
洞窟を出て、すぐ敵に包囲された。
隊長らしき男が、投降すれば命の保証はしてやる、と言っているが、信じられるか。
不安そうに寄り添うセーシェリアを見ながら、俺は覚悟を決めていた。
彼女を守る、それが全てだ。
例え、それで彼女から得体の知れない物を見る目を向けられるようになったとしても構わない。
「
俺は手を天に突き出し、叫ぶ。
その途端、ダダダッと漆黒の槍が空中に同心円状に並ぶ。その数、およそ30。
その全てをもって、一気に殲滅する!
「穿て!」
その声とともに、一斉に飛び出した漆黒の槍が、障壁で避けようとした男たちを、大地に、背後の大樹に、次々と縫い付けていく!
しかし、全員では無い。
「10人程度か」
半数にはかわされた。
加えて、敵の隊長から指示が飛ぶ。
「妙な魔法を使うぞ。散開して距離を取って、物陰から狙え!」
敵もさるもの、すぐに対策してくる。
だが、突破口は開けた。俺はセーシェリアの手を取り、包囲網の破れから再び逃走する。
追いかけてくる男たちから次々と魔法が飛んでくるが、防御に気をまわしている余裕はない。俺の代わりに、セーシェリアが一生懸命、障壁を貼って俺を守ってくれている。
そこから先は、まさに死闘となった。
物陰から覗く男の頭を間髪入れず漆黒の槍を撃ちこみ、吹き飛ばす。
樹上から襲い掛かってくる男を振り向きざま、刀で両断する。血と内臓が降り注ぐが、気にしていられない。
前方に木陰から狙う男が見える。だが、それ程大きい木ではない。
刀に闇魔法と風魔法を乗せて振るう。
「
漆黒の風の刃が、隠れている木ごと、男を両断する。
一方で、セーシェリアは障壁で俺を守っていたが、防ぎきれないと見るや、自分を殺すなと言われていることを逆手にとって、襲撃者と俺の間に立って、自らの身体を盾にしだした。おかげで彼女も傷だらけである。
たまらなくなって叫ぶ。
「セーシェリア様! 危険ですから、自分を盾にするのはやめて下さい!!」
「ダメよ! ただ守られてるなんて我慢できない!」
彼女の言葉に何も言えなくなる。
どのくらい戦い続けていただろうか。
俺はようやく、最後の一人、敵の隊長と対峙していた。
魔力は限界に近い。身体もボロボロだ。
だが、こいつさえ倒せば彼女を守りきることができる。
俺は無駄だと思いつつ、投降を呼びかける。しかし、相手はむしろ淡々とした口調でしゃべり始める。
「この世界にも信用ってものがあってね。ダメでした、すみませんってわけにはいかないんだよ。そういう訳で邪魔をしてくれた君だけは片づけとかないと信用にかかわるのでね。悪いが君だけは始末させてもらおう」
その言葉に強烈な違和感を抱くが、身構える。
男は、こちらに向かってくる。
……と見せかけて、視線も向けず、セーシェリアにナイフを投げた!
やはりこいつ、セーシェリア狙いか。
あのセリフは、意図を隠すためのものだった。
しかも、拉致が失敗と悟って、殺害に切り替えやがった!
俺はナイフの前に身を投げる。間に合うか。
肩に痛みを感じると同時に、俺は叫んでいた。
「
男は槍に貫かれて崩れ落ちた。
やった。全て倒し切った。
俺は肩からナイフを抜くと、セーシェリアの方を振り返る。
彼女が嬉しそうに駆け寄って来た。手には回復薬を持っている。
その回復薬を受け取ろうと手を伸ばし……。
「あれ?」
身体から力が抜ける。立っていられない。そのまま地面に崩れ落ちる。
セーシェリアが何か叫んでる。だけど良く聞こえない。
ああ、毒だ。さっきのナイフに毒が塗られていたのか。
彼女は倒れた敵の隊長のところに走って行って何か探してる。多分、解毒薬を探しているんだろう。でも何も見つからなかったみたいだ。首を振ってこっちに走ってくる。
彼女は回復薬を俺に飲ましてくれた。解毒作用は無いから、一時しのぎに過ぎないが、ほんの少し、本当にほんの少しだけ、体力が回復した。彼女は俺を立たせ、肩に寄りかからせると移動を始める。
でも、すぐにまた力が抜けてくる。
彼女が叫んでいる声がする。
「約束」とか「友達」と言ってる声が遠くに聞こえる。
……ああ、そうだ。彼女が友達になってくれると約束したんだ。
嬉しい。
こんなところで死んでたまるか。
ああ……
だけど……
だけど……
……セーシェリア様……
……ごめん……なさい……
約束……果たせそうに……ありま……せん……
そのまま俺の意識は暗い暗い闇の中に消えて行った。
❖ ❖ ❖
セーシェリアはラキウスを肩に抱え、急いでいた。
早く、早く治療しなければ、彼が死んでしまう。
彼の意識を保たせるために話しかける。
「しっかりして、約束したでしょ、友達になってくれるって!」
だが、彼の歩みはどんどん遅くなり、ついには再び崩れ落ちる。
「……ごめ……約束……果たせ……」
つぶやくように何かを口にしたのち、急速に目から光が失われていく。
「しっかりして、しっかりしてよ!」
何か手だてが無いか、自分の持ち物を探る。
そこにもう一本だけ回復薬を見つける。
解毒作用は無いから根本的な治療にはならない。でも、さっきは少しは回復した。
ラキウスの口に薬の瓶を添え、飲ませようとする。
「飲んで、早く!」
だが、ラキウスは、もはや自ら薬を飲むこともできない。
彼女は意を決したように、薬を自らの口に含むと、一瞬の躊躇の後、唇を重ねる。
口移しで薬が注がれる。だが、薬の効果は見られなかった。
自分を守ってくれた少年の命の火が尽きようとしている。その事実がセーシェリアを打ちのめす。
必ず守る、少年はその約束を守ってくれた。だが、彼が死んでしまっては、一番大事な約束が果たせないでは無いか。
セーシェリアは物言わぬ少年に取りすがる。
「ねえ……目を開けてよ」
だが、どれほど望んでも、その目が光を取り戻すことは無い。
「……何か言ってよ」
何を言っても返ってくる言葉は無かった。
「……嘘吐き」
ポタリ、と涙が落ちる。
「友達になってくれるって約束したじゃない! ……嘘吐き!」
それが理不尽な非難だとわかっている。
でも言わずにはいられなかった。それほど彼女の心は乱れていた。
自分のために、彼を死なせてしまった。
自分は彼の善意を利用して、決闘までさせて、挙句の果てに、今度は命まで差し出させたのか。
その罪深さに、心が、身体が震える。
「いや……いやよ……ラキウス……死んじゃいやああああああ!!」
心の底からの絶叫。もちろん、その慟哭に応えてくれる人はその場にはいない。だが、その時、彼女の耳に聞こえる声があった。
「こっちで聞こえたぞ! 急げ!」
駆けつけてきた一団に、セーシェリアは敵の残党か、と一瞬身構えたが、そうでは無かった。
襲撃犯の存在を察知し、生徒たちの救出に来たであろう騎士たちの一団だった。後ろに医療班らしき人達も見える。
セーシェリアはいざるように駆け寄ると、先頭の騎士にすがりついた。
「お願い、助けて! 友達が、友達が死にそうなんです! 毒を受けて……。だからお願い、助けて!」
その言葉を受けて、医師らしき女性がラキウスの傍に行くが、すぐに首を横に振る。
「お嬢さん、申し訳ないけど、この子はもう手遅れよ」
絶望の表情を浮かべるセーシェリアは、だが、その女性医師に食い下がる。
「お願いします。お願いします。治療してください。今ならまだ間に合うかも」
そう言われてももう手の施しようが無い。女性医師は噛んで含めるように説得する。
「お嬢さん、この子はもう助からない。私たちの治療を待っている生徒は他にもいるの。ここで時間を食っているわけにはいかないのよ」
セーシェリアは、思わず女性医師の胸ぐらをつかんだまま、叫んだ。
「私は!」
絞り出すような声だった。
「私は、フェルナース辺境伯の娘です! 私の大切な友人を見殺しにしたら絶対に許さない! 許さないんだから……」
最後は消え入るような声。
セーシェリアはこれまで家の威光を振りかざすようなことをしたことは無い。だが、今や彼女の心の中で、友人よりはるかに大切な存在になりつつある少年の死を前にして冷静ではいられなかった。
しかし、大貴族の権力を振りかざされようとも、不可能なものは不可能。
皆が顔を見合わせていた、その時、列の後方から白いローブを着た女性が前に進み出た。
「聖女様?」
医師たちが訝しげに声をかける中、聖女と呼ばれた女性はラキウスの元に近寄ると跪いて手をかざす。
そして、何かをつぶやくと、その手元に、まばゆいばかりの光が集まってきた。それがラキウスを中心に大きな魔法陣の形をとる。
「これは! この魔法は!!」
その魔法が何かはわからずとも、医療に携わる者たちには、そこにどれほど高度な術式が編み込まれているのかわかるのだろう。皆が驚愕の表情を浮かべる中、聖女はさらに魔法陣を二重、三重、四重……と重ね掛けしていく。
そして、彼女が手を天に掲げ、その魔法の名を高らかに唱えると同時───
ドンッ!と、光の柱が天にそびえ立った!
「
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