第20話 友達になりたい

 森の中をセーシェリアの元に急ぐ。

 チームのメンバーや引率の教師の目を盗んでチームを抜けるのに手間取り、遅れてしまった。


 彼女に会ったら、まず何と言おう。言うべき言葉は見つかっていない。たとえ事前に用意していても彼女を前にしたら何も言えなくなってしまうかもしれない。でも、多分彼女は謝ってくれるはず。その謝罪を受け入れて、できうるならば、さらに一歩踏み込んで、彼女と友達になりたい。ただのクラスメートでは無く。今はそれ以上を望むことはできないけれど、いつかは。


 だが、指定された場所に近づくにつれ、争うような声が聞こえてくる。

 視界が開け、見えてきたのは、男に組み敷かれる少女の姿。

 その少女がセーシェリアであることが分かった途端、例えようもない怒りが湧いてきた。身体の奥底からドス黒い怒りが、魔力が沸き上がり、全身を染めていく。

 その怒りのまま、俺は突貫した!


「彼女に触るなあああああああ!!!」


 ただただ、怒りに任せて拳を叩きつける。

 黒き魔力に染まった拳が、相手の障壁も強化した肉体も突き破り、頭蓋ごと脳髄を叩き潰していく。

 そのグチャリとした感触が手に伝わってきた。


「ヒィっ!」


 もう一人の男が悲鳴を上げる。

 こいつも倒さなければ、と思ったところで、男が信号弾のようなものを打ち上げた。


 しまった、仲間がいるのか。早く逃げなければ。

 俺は血に染まってない方の手をセーシェリアに差し出すと叫ぶ。


「大丈夫か、セーシェリア、逃げるぞ!」


 彼女は俺の突然の乱入や、いきなり呼び捨てにされたことに一瞬戸惑ったようだが、「ハイ」と手を差し出してくれた。


 彼女の手を取り、強化した身体で走り出す。どこに逃げるべきか。正確な場所はわからない。他のチームメンバーも襲撃を受けているならば、場所を変えていてもおかしくない。だから、一心に王立学院のある方角に向かって逃げる。他の皆もそちらに向かうはずだから。


 セーシェリアの方を見ると、繋いでいない方の手でブラウスの前を抑えながら走っていて、走りづらそうだ。それに、時々、見えちゃいけないものが見えそうになって、こんな時なのにたまらない気持ちになってくる。


 なので、俺は自分のジャケットを脱いで彼女に渡した。汗臭くて気持ち悪がられるんじゃないかと心配だったけど、彼女は素直に着てくれた。


 このまま逃げ切れるか、そう思ったが、それ程甘くは無い。逃げ始めて5分もしないうちに敵が追いすがってきた。

 20人程の追っ手に囲まれる。

 隊長らしき男が叫んでいるのが聞こえる。


「辺境伯の娘は殺すな。男は殺しても構わん!」


 こいつら、最初からセーシェリア狙いか。


炎熱槍ハスタ・イグニス!」


 炎の槍で相手を狙うが、障壁ではじかれるか、かわされる。

 氷結暴雨グレイシスインベリス業火暴風ゲヘナテンペストみたいな大魔法はこの状況では放てない。

 しかも全員、かなりの手練れのようだ。一人一人は俺より弱いかもしれないが、20人も相手だと絶望的だ。

 どうする? 闇属性魔法を使うか?

 だが、魔族しか使わないという闇属性魔法をセーシェリアの前で使ってしまって、彼女からどういう反応が返ってくるかわからない。それが闇属性魔法の使用を躊躇させる。最初の男の時は、身体強化だけだったからごまかせてると思うが、それ以外も使い始めたら、とても隠しおおせない。


 そうこうしているうちに、崖の縁に追い込まれてしまった。下にはテオベ川の支流が濁流となって流れている。敵が近づいてくる。ダメだ、いったん敵の目から逃れなければ勝機は無い。


「セーシェリア様、失礼します」


 俺はセーシェリアを抱え上げると、次の瞬間、崖から身を躍らせた。

 しかし、川に飛び込むわけでは無い。


氷結空堡スカーラエ!」


 エルミーナに教えてもらった魔法で空中に足場を作り、川岸に向かって駆け降りる。

 だが、崖の上から、敵の風魔法が飛んでくる。その一つが足場を打ち抜き、俺たちは足場を失って落下した。


「うぉっ!」

「キャアアアアアア!」


 二人の悲鳴が空中に響き渡り、消えて行った。







 しばらく後、俺たちは川のほとりにある洞窟のような場所に身を隠していた。

 着水する寸前に障壁を貼ったから濡れてはいない。

 このまま王都まで流れていくというのも考えたが、魔法障壁を貼ったまま流れていけば感知されるだろう。水の上では身を隠す場所も無い。だから、いったん水から上がって身を隠している。

 俺は血の付いた手を川の水で洗い流すと、セーシェリアの元に行く。彼女はぼんやりと座り込んでいたが、近づくと顔を上げた。


「彼らは恐らくミノス神聖帝国の手の者たちよ」

「ミノス神聖帝国?」

「ええ、私を狙っているということは、国境を守るお父様に対する人質にするつもりでしょうね」


 そう言うと力なく笑う。


「だから、彼らの狙いは私一人。私と一緒にいなければ、あなたが狙われることは無いわ。だからあなたは逃げなさい」


 突然の提案に仰天して、憤然と抗議する。


「冗談言わないで下さい! あなたを置いて逃げられるわけ無いでしょう! だいたい、一人になってどうするつもりなんですか⁉」

「大丈夫、あんな者たちにこの身を自由にさせることなんかしない。いざとなれば……」


 抗議に答える彼女は、胸元の何かを固く固く握りしめている。

 小刻みに震えるその手の指の隙間から魔石のようなものが見える。

 聞いたことがある。高位の貴族はいざという時のために自決用の魔石を持ち歩いていると。

 ああ、もう、この人は全く!


「なおさら聞けませんよ! もしも、あなたが死んで、自分だけ逃げて生き残るようなことがあったら、僕は絶対、一生自分を許せない!」

「どうしてっ⁉ あなたに義理なんて無いでしょ? こんな……」


 彼女は泣きそうな表情を浮かべる。


「私のために決闘までしてくれたあなたを信じてあげられなくて。あんな酷いことを言って。謝ってもいない! その前だってそう。あなたの素直さに付け込んで。利用して。こんな……」


 彼女の絞り出すような懺悔に心が揺れる。この人を絶対に死なせたくない。


「誤解だったんです。それに利用してってのは本気で意味が分かりません! 僕はいつだってあなたに助けてもらってました」


 だが、その答えに彼女は下を向いて首を振る。


「違う、違う! 私はそんなお綺麗な人間じゃない! あなたに構っていたのは、クラスを導くリーダーと言う評価が欲しかっただけ。全部、全部自分のためだった!」


 そう言うと顔を上げる。その顔は歪んでいた。まるで無理に笑顔を作ろうとして失敗した、そんな苦しそうな顔。


「だから、あなたが私に義理なんて感じる必要は無いの。だから……逃げて」


 ああ、そうだったのかと思う。同時にこれまでのことを思い浮かべる。何度も何度も助けてもらった。その全てが嘘だったなんてあり得ない。だから彼女に告げる。


「たとえそうだったとしても、僕があなたに助けられたのは本当です」


 そうだ、教科書を無くして困っている俺に新しい教科書を用意してくれた。決闘する俺を必ず守ると言ってくれた。


「僕は、あなたの優しい心を知っています」


 貴族らしくあれ、と言って、取り巻きの暴走を止めてくれた。ライオットに罪を着せないよう自分の責任だと言ってくれた。


「あなたの高潔な心を知っています」


 だから、誓おう。


「あなたを決して死なせたりはしない」


 だって俺は、俺の望みは。


「あなたと友達になりたいから」


 セーシェリアの目が見開かれる。


「これまでが純粋じゃ無かったと言うなら、今度こそ、本当の友達になりたい」


 俺は彼女の手を握る。


「約束してください。ここを切り抜けることができたなら、僕と友達になってくださると。そのために、僕が必ずあなたを守ります」

「ええ、ええ、約束よ。友達になって。だから、あなたも……死なないで」


 彼女は泣きながら笑っていた。涙でぐずぐずになった笑顔。だが、その笑顔は例えようも無く美しかった。


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