第16話 漆黒の大聖女
「それで結局、リュステールは見つかっていないのですか?」
「ええ、さっぱり」
リアーナの質問に答える。俺はエヴァ、リアーナと3人で、他の魔族が封印されている場所に向かっている途中だった。王都にはリュステールとアスクレイディオスの他に10体近く封印されている魔族がおり、この一月ほどは、その封印が解かれていないかの確認に費やされていた。幸い、封印が解かれた魔族は今のところ他には無く、今日行くところが大丈夫なら、解き放たれたのはリュステールのみと言うことになる。そのリュステールも、別途捜索がされているが、その行方は杳として知れなかった。
「ところでリアーナ様?」
「何ですか、ラキウス君?」
「今更なんですが、何で俺の馬に乗ってるんです? 自分の馬に乗って下さいよ」
リアーナは俺の前にちょこんと横座りしていた。リアーナの馬は俺の馬につながれて後ろからついてきている。
「お姉ちゃんをエスコートするのは、弟の義務なんです」
───相変わらず、訳の分からないお姉ちゃん理論を振り回して。ため息をついて、助けを求めるようにエヴァを見るが、彼女は関わらないことに決めているようだ。プイっと横を向いている。
俺は再び盛大にため息をついた。いや、リアーナがついてきてるのは、俺を心配してるからだってわかってるし、有難いと思うけどね。
「ラキウス君、ため息を吐くと幸せが逃げますよ」
「へいへい」
そんなバカな会話をしているうちに、目的地に着いた。今回の封印場所は山の中腹にある祠。周囲に結界が張ってあり、普通の人や獣はもちろん、魔族も近寄れないようになっている。エヴァがその結界を一旦解除し、祠の中にある、魔族を封印した魔石を確認していた。
その間、俺とリアーナは周囲の警戒中である。何しろ魔族を封印している場所の結界を解除しているのだ。何が起こるか分からない。
周囲を見回していた、その時、何か強烈な違和感を感じた。何かは分からないが、何かがずれたような、そんな感じ。そして感じる強烈な視線。
「誰だ⁉」
不思議なことに、俺が声を上げたはずなのに、リアーナもエヴァも気付いていない。不思議に思ってもう一度、周囲を見回すが、誰もいない。だが、突然、耳元で声がした。
「あら、気づいたんだ」
笑いを含んだ、女の声。だが、声のした方向を見ても、やはり誰もいない。そして急速に気配は消え、違和感も消えて行った。
目の前では、リアーナとエヴァが何事も無かったように会話をしている。二人は俺に気づくと、怪訝な顔をした。
「どうしたの? 真っ青な顔をして」
「二人とも気づかなかったのか?」
「何のこと?」
───どういうことだ?二人は気づいていない。いや、俺が幻でも見ていたのか?
「誰かに見られてるような気がして、耳元で女の声がしたんだけど」
「そんな声しなかったわよ」
即座にエヴァに否定された。リアーナも微妙な顔をしている。
「ラキウス君がいつも……」
「リアーナ様、ネタはいいですから」
どうせ、いつも女の事ばかり考えてるから、とか何とか言うつもりなんだろう。
「むうう、ラキウス君が生意気です」
先回りして発言を封じられたリアーナは不満顔だが、付き合ってる余裕は無い。姿を消す力を持っている刺客が近くにいるかもしれないのだ。だが、いくら周囲に気を配っても、何も感じられない。いったん、引いたのだろうか。
そんな俺を呆れたように見て、エヴァが言った。
「封印は大丈夫だったわ。結界も張り直したし、帰るわよ」
その後、神殿に帰りつくまで、何事も無かった。リアーナも人目のある王都の中では自分の馬に戻っている。そうして、神殿前の広場に着くと、人だかりがしていた。
「あのおじさん、また来てるわね」
エヴァの視線の先を追うと、一人の壮年の男が槍を振り回していた。
「さあ、竜の騎士よ、出てきて我と尋常に勝負! 我こそは無双流槍術の使い手、神槍のガルドなり!」
やれやれ、時々こういう手合いがいるんだよな。まあ、本当に勝負をしに来ている
スルーだ、スルー。そう思って、通り過ぎようとしたが、一人の女性がおっさんに近づいているのを見て、歩みを止めた。いや、無双流槍術とか言うのが、どの程度凄いのか知らないけど、素人が近づいたら危ないくらいの勢いでは槍を振り回しているんだが。
だが、女は難なくおっさんの後ろまで近づくと、おっさんの襟首をつかんで、投げた! いや、背負い投げしたとかでは無く、本当に無造作に腕を振るってポイっと投げたのである。投げられたおっさんは十数メートルは飛んで行って、頭から落ちた。───死んだな、あれは。
周囲は大騒ぎになった。悲鳴が上がり、皆が女から逃げたために大きく開けた道を、女は真っすぐ、俺たちの方に向かってくる。それは黒ずくめの女だった。漆黒の服に黒い長い髪、対照的な白い肌。その女の顔がはっきりわかるくらいまで近づいた時、リアーナが息を呑む音が聞こえた。
「……アデリア様!」
「アデリアだって?」
「お祖母様の記憶にあったアデリア様そっくりです!」
リアーナは恐らくパスを繋いでテレシアの記憶にあったアデリアの姿を見たことがあるのであろう。
「そんなバカな。アデリアはリュステールとの戦いで死んだんだろう? そもそも400年前の人じゃ無いか!」
「でも、あの服、真っ黒だけど、大聖女のローブよ!」
エヴァの指摘に黙ってしまう。もちろん、服なのだから、似せて作ることは可能だ。だが、大聖女のローブのような高価な服をそうそう一般の人が作れるとも思えない。
その女は俺たちの前まで来ると、手で頭に触れた。すると、これまで魔法で隠蔽されていたのであろう。頭の両の脇から生えている2本の角が姿を現した。背にある黒い大きな翼も。
「魔族だ!」
その声は誰が発したものだったか。周りの群衆に恐慌が走りつつあった。どよめきの中、女が声を上げた。そして、その声に俺は気づく。この声は祠で聞いた声だったと。
「竜の騎士よ、挨拶に来ました。私はかつてこの地を治めた72柱が魔族の一柱にして第5位。我が名は……」
一拍の間の後、彼女は俺たちにキッとした視線を向けると、高らかに宣言した。
「リュステール!!」
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