第6話 初めての閣議

 閣議に向けての事前の根回しは思ったよりスムーズに運んだ。ドミテリア公爵も俺の改革方針について、完全に味方になってもらうことは叶わなかったが、少なくとも邪魔はしない、と言ってもらえた。後は実績を見せてみろと言うことだろう。


 そう言うことで、閣議当日、俺の大臣たちへのお披露目は滞りなく終わるはず───だった。ドミティウスの一言があるまでは。


「余は彼に王位継承権第三位を与えようと思う」


 王位継承権第三位。第三王子ヨハン殿下、第四王子ラウル殿下という二人の直系男子を除いては最高位。何より病弱で成人まで生きられないと言われているヨハン殿下の第一位はお飾りのようなものだ。実質的にはラウル殿下に続いて第二位ということになる。


 テオドラと結婚して王太子になれと言う話ならまだわかる。一応、現国王の血は受け継がれるのだから。だが、それを断ったのに、こんな高い継承権を与えるとか、ドミティウス陛下、何を考えているのか。


 俺自身が困惑してるんだから、当然、大臣たちも一様に驚いた表情を浮かべていた。口火を切ったのは軍務卿アルカード侯爵。


「私は反対です、陛下。いきなり出てきた庶子である王子にそのような高い継承権を与えるなど。何よりラウル殿下がまだ幼い今、既に成人しているラキウス殿下を次の王に、という動きを惹起しかねません。王国内にいらぬ火種をまくことになります!」


 もっともな意見。王国内の治安維持、防衛に責任を持つ軍務卿であれば、当然に出てくる意見だ。そこに俺個人に対する悪意などを見出すことはできない。一方、ドミテリア公爵が別の立場から反対意見を出した。


「陛下、私も反対です。彼は竜の騎士です。アレクシウス陛下以来の。竜の騎士にして国王という立場になれば、我が国は更に大きく発展するでしょう。大局を見て彼を次の王とするのが王国にとって最も望ましい。王位継承権第三位などと中途半端な位置に置くのではなく、第一位を与えるべきです」


 その言葉に一番驚いたのは、俺だったかもしれない。恨まれているかもと思っていた。味方ではなく、邪魔はしない、と言ってもらうのがせいぜいだった。だからこそ、彼の言葉は予想外だった。


 アルカード侯爵とドミテリア公爵、どちらの考えが正しいと言うのでは無い。王になるという大望を抱いた以上、ドミテリア公爵の応援は嬉しい限りだが、アルカード侯爵とて、俺が憎くて反対しているわけでは無いだろう。立場の違い、考え方の違いなのだ。一方、二人は当事者である俺を差し置いて、口論に発展していた。


「ドミテリア卿、何のつもりだ? 陛下のお子を差し置いて、庶子である王子に王位を継がせようと言うのか? 不敬にも程があるぞ!」

「そちらこそ、もっと大所高所から考えよ。我らは大臣として、この国の発展をこそ第一に考えないといけないのだぞ。それは陛下とて同じ気持ちであろう」

「だが、それで国内が割れたら元も子もなかろう!」

「むしろ、ラキウス殿下を第一位にして王位継承の行方を明らかにしてしまった方が争いは起こらないのだ」


 二人の口論はなかなか収まりそうになく、仲裁のため、カーライル公爵が口を開きかけたところで、外務卿が口を開いた。


「二人とも落ち着きなよ。この第三位と言うのは良く考えられてると思うけどねえ」


 その言葉に二人の大臣が同時に振り返る。一回りは年下の男からのため口での呼びかけに内心不愉快に思っているのかもしれないが、同格の大臣と言う建前上、何も言えないのだろう。二人の顔には不満そうな色がありありと浮かんでいた。一方、外務卿はそんな二人の顔色を気にした様子も無く、滔々と説明を始めた。


「二人とも国内のことだけ見てるけどさ、国外からどう見えるかも考えようよ。特にミノス神聖帝国。ラキウス殿下を第一位にしたら、邪竜の使途を次の王にするつもりかと言って侵攻してくるんじゃないかな。クリスティア王国だって、先日の騒動で反感を買っているのは、交渉を取りまとめたテオドラ様ではなく、広場で威圧を続けたラキウス殿下だって分析もあるんだ。オルタリアは今のところラキウス殿下に好意的に見えるけど、レティシア様のことを放置し続けていたことが、どう影響しているかはまだわかってない」

「それで、リューベック卿は何を言いたいのかね?」


 しびれを切らしたアルカード侯爵の言葉に外務卿は臆することなく言い返す。


「ラキウス殿下を次の王にするにせよ、しないにせよ、我々には時間が必要だということだよ。何よりミノスのように交渉の余地が無いなら、侵攻に備えて準備しなきゃならない。そのためにも王位が決定的でも無く、かと言ってダメであることが決定的な下位でも無い、今の第三位という位置づけがすごく絶妙だと言ってるんだよ」


 その一言に二人は黙り込んだ。確かに他国からの介入、最悪の場合、侵攻があるとすると軍事的な損害は大きなものとなる。それに伴う財政支出も莫大なものになるだろう。軍務卿も財務卿も無視できない話だった。


「と言うことで、時間稼ぎに過ぎないんだけどさ、ラキウス殿下には王位継承権第三位のままでいてもらって、その僅かに稼いだ時間で準備を進めようよ」


 その外務卿のダメ押しに、皆一様に頷くのだった。






 閣議終了後、執務室に戻るとソフィアが首尾を聞いてくる。第三位と言う王位継承権は、彼女的には妥当と言う評価だったが、その彼女もドミテリア公爵の発言には驚いたようだ。


「ドミテリア公爵を見くびっていたかもしれません。評価を改めないといけませんね。何より、ラキウス様の改革実現に向けては、彼を味方につけることの重要性が高まったと考えるべきでしょう」


 確かにその通りだが、目先は何をするべきか。正式お披露目に向け、何をしていくべきなのだろうか。


「ラキウス様、今後のご予定ですが、来週の閣議後にラキウス様が王族であったことが国内外に向け正式に告知されます。これはあくまで発表なので、特に何もしていただく必要はありません。ただ、同日に王宮に居を移していただきます。王族と知られると、接触して来ようとする者が増えるでしょうからね。そうした接触は王宮のコントロール下で行っていただきたいので。セーシェリアに伝え、引っ越しの準備をするようにしてください」


 発表と同時に引っ越しか。まあ、新たに王族となる者が、怪しげな人物を王宮に引き込んだりしないように慎重になるのはわかる。


「正式お披露目は国内外の要人を呼ばないといけませんので、さらに1か月後となります。それでも準備期間としては短いんですけどね。海外の要人で本国から来ることが出来る人は限られるでしょう。まあ、こちらはもう少し先なので、考えるのは後でいいでしょう。ラキウス様にはその前にお願いしたいことがあります」

「何をすればいい?」

「来週の告知前に、いったんレオニードに戻ってきて必要な手続きをしておいてください。お帰りの際、リアーナ様も連れてきていただきたいのですけど」

「いいけど、リアーナ様なら、わざわざ迎えに行かなくても、パスで呼びかければ、自分でラーケイオス乗って帰ってくると思うけど」


 その答えに、ソフィアは肩をすくめて、ため息を吐いた。


「しばらく帰れなくなるんですから、いろいろ片を付けてきてください。カテリナと話さないといけないことがあるでしょう? とっとと行く!」


 そう言うと、俺を執務室からたたき出したのだった。

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