第22話 最後の平穏

 クリスタルに着いて、真っ先に向かったのは港。しかし、案の定と言うか、既に魔族の姿は無い。遅すぎたかと周囲を見渡すが、思ったよりも被害が少ない。もっと、焼け野原のようになっていると思ったが。もっとも、吹き飛ばされた家屋などはいくつかあるようで、そうした周辺では、片付けにいそしんでいる人たちがいた。その一人をつかまえて聞いてみる。


「なあ、怪物はどうなったんだ?」

「あんた、見てなかったのか? そりゃ凄かったよ。黒い服を着た女の魔法士が来てさ、怪物をバラバラに切り刻んだんだよ。あんな強い魔法士がいるんだねえ」


 そうか、やっぱりアデリアはこの街を守ってくれたんだなとホッとする。彼女は俺よりもはるかに強い。心配することは無かったな。そう思ったのだが、続く言葉に慌ててしまった。


「本当にあの魔法士は偉いよ。女の子を庇って大怪我したのに、みんなを逃がして怪物に立ち向かってね。大公様の魔法士と言うからには貴族なんだろうが、あんな立派な貴族様がいれば、我々下々の者も安心という訳だ」

「ちょっと待ってくれ、大怪我したって?」

「あ、ああ、大公宮に運び込まれたらしいがな」


 アデリアが大怪我? 嘘だろ、と思うが、彼には嘘を吐く理由が無い。礼を言って別れると大急ぎで大公宮に向かった。気ばかり焦って、城門で誰何してくる衛兵に「俺の顔がわからないのか!」と怒声を浴びせてしまった。後でちゃんと謝らないといけない。


 案内された部屋は大公宮の中にある医務室だった。ノックをして中に入ると、ちょうど治療が終わったところだったのか、医師が礼をして出て行った。部屋には俺の他にはテオドラとアデリアのみ。アデリアの上半身は包帯でグルグル巻きにされ、背中には血が滲んでいた。その痛々しさにこちらの心まで痛くなるが、アデリアの方は俺を見て明るい笑みを見せる。


「ラキウス様! いらしてくださったのですね!」

「アデリア、大丈夫か? 傷、痛くないか?」

「もう大丈夫です。今は血も止まりましたし」


 そうなのか、と答えようとして、ふと疑問が湧いた。


「アデリア、何で光魔法で傷を治療しないの? 君の力なら、そんな傷、一瞬で治せるよね?」


 だが、その言葉にアデリアは下を向いてしまう。


「ラキウス様、私は魔族なんです。この身体に光魔法は効きません」

「え、だって君、大聖女の魔法使えるじゃ無いか?」

「他人の傷は癒せても、自分の身体は治せないんです。闇魔法で紡がれたこの身体は……」

「待ってくれ! それじゃ、大怪我したら助からないってことじゃ無いか!」

「大丈夫です。魔族ですから。手足を失っても、首を飛ばされても死にません。核を破壊されない限り。だから……大丈夫」

「大丈夫なわけあるかっ!!」


 思わず我を忘れて叫んでしまった。アデリアは目を丸くしてるけど、引っ込める訳にはいかない。


「死ななくても、痛みを感じないわけじゃ無いんだろ? 失った手足が戻ってくるわけじゃ無いんだろ? そんなの大丈夫って言わないよ!」


 契約魔法の痛みに絶叫していた彼女を思い出す。あんな苦しむ姿を二度と見たくない。ここで、もう戦わなくていいんだと彼女に言えたらどんなにいいか。


「あの魔族はどうなったんだ?」

「……逃げられました」


 天を仰いだ。どこまでも、どこまでも厄介な奴。あんなのが生き残っている限り、彼女に戦うなとは言えないじゃ無いか。ギリッと唇を噛む。


「……わかった。でもくれぐれも無茶だけはしないでくれ。危なくなったら逃げてもいいから」

「ありがとうございます、ラキウス様。心配していただいて。でも、本当に大丈夫です。この傷だって、みんなが大騒ぎしすぎなんですよ」

「ねえ、二人の世界に入っちゃってるところ悪いんだけど、そろそろ状況整理いいかしら?」

「お、おう」

「す、すみません」


 突然、不機嫌そうなテオドラの声に割り込まれて我に返る。そうだな、逃げた以上、まだあの魔族との戦いは続く。対応を考えないといけない。直接戦ったアデリアの考えを聞くことは重要だろう。


「アデリア、何でもいい。あの魔族についてわかったことはあるか?」

「ええ、ラキウス様。いくつかわかったことがあります。まず、あの魔族は、複数ではありません。一体です。私たち魔族は、鑑定眼が無くとも、同じ魔族の魔力ならある程度わかります。あの魔族から放たれる魔力は全て同じでした。つまり複数の首に見えるのは、ただの触手のようなもので、海中深くに、より巨大な本体がいるものと思われます」


 冗談だろ。あれが触手の先端なら、本体はどれほど巨大だと言うのか。ラーケイオスをも凌ぐかも知れない巨大な魔族が海中深くに潜み、ある日突然襲って来る。沿岸部から人がいなくなるぞ。頭が痛くなるが、アデリアからの報告はそれで終わりでは無かった。


「後、あの魔族、元は人間ですね」

「は?」

「人間を核に憑依しているのか、人間を変異させてしまったのか、それはわかりません。ですが、あの魔族は人間です。これは、半分、人間を取り込んでしまった私だからわかることかもしれませんが」

「あれが人間……?」

「でも、もう人間としての意識は残っていないでしょう」

「……そうだな。元が人間でも、君とは違う。人を喰いまくる化け物を放っておく訳にはいかない」


 人間を魔族に変異させる、そんなことが可能なのかわからない。だが、元が人間だからと情けをかける余地などもはや無い。あの化け物と人間の共存など不可能だ。


「最後にもう一つ、あの魔族の創造主がわかりました」

「創造主?」

「はい、あの魔族の魔術構成を紡いだ人物です。魔王とも呼ばれています。魔族を紡ぐ構成には、各々の魔王ならではの癖というものがあるんです。だからわかりました。あの魔族を紡いだ魔王はセラフィール様。かつて72柱の魔族を送り込んできた魔王。……私の創造主です」

「つまり、君の仲間ってことなのか?」


 驚いて問い返してしまう。同じ創造主に作られた魔族同士戦えないと言うことなのか。だが、彼女は首を横に振った。


「違います。同じ創造主に作られたからと言って、通常、魔族には仲間とか兄弟とか、そんな意識はありません。ラキウス様が倒したアスクレイディオスも、本来であれば、私が殺すことになっていました。彼はテオドラ様の意に染まぬことをやっていた形跡もありましたし。もし、実行していたとしても、何の感慨も罪悪感も無かったでしょう」

「そうなのか」

「私が言いたいのは、あの魔族は72柱の魔族と同等の力を持つということです。それもかなりの上位に相当するくらいの。くれぐれも気をつけてください」

「ああ、わかったよ」


 結局、攻略に直接結びつくような情報は無かったが、それでもまるきり正体不明だった敵の姿がおぼろげながら見えてきたのは進展だ。とにかく情報収集が終わったところで、俺からも渡すべきものを渡しておこう。テオドラにちびラーを渡す。今回のように手遅れになってしまうことの無いように。


 テオドラはちびラーを訝し気に見ていたが、一通りの説明を聞くと目を輝かせた。


「それではお従兄様、今度、生着替えをご覧に入れますね。あ、アデリアの方がいいですか? ……あだっ!」


 とんでもないことを言い出したテオドラの頭にチョップをくれる。なんてことを言ってるんだ、そんなのアデリアだって困るだろうに。最近は仲良くなってきたと思ってたのに、まだパワハラしてんのか? そう思ってアデリアの方を見たら顔を真っ赤にしてもじもじしている。


「わ、私はラキウス様にだったら、見られても嫌じゃありませ……痛あっ!」

「あ、ご、ごめん」


 アデリアにまで思わずチョップを喰らわしてしまった。手加減したつもりだったが、怪我のせいか、思いの外、痛かったらしい。慌てて謝ったら、テオドラがジトっと半眼でこちらを見てきた。


「お従兄様、私とアデリアの扱いが違いすぎません?」

「そんなこと無いって。アデリアは怪我してるから痛かったかなって」

「私だって痛かったんですからね! 謝って下さい」


 いや、お前は自業自得だろうと思うが、まあいいか、面倒くさい。


「わかった、わかった。悪かったよ」

「心がこもってないです! ギュってしてくれたら許してあげますから……あだっ!」


 腕を広げてハグを要求するテオドラの頭に再び手刀を落とす。頭を抱えて涙目で睨んでくる彼女が微笑ましい。その思いのまま、彼女の髪をワシャワシャと撫でた。


「ごめんな、テオドラ。機嫌直してくれ」

「もう、お従兄様はずるいです」


 唇を尖らせつつも、彼女は嬉しそうにしている。そのまま撫で続けていたら、「髪が崩れるからいい加減にしてください!」と最後は怒られてしまったが。


 魔族退治に来たはずなのに、おバカな方向に話が行ってしまった。だが、バカバカしくも和やかな時間。後から思えば、この3人で過ごした最後の平和な記憶。俺はこの先、何度も苦い思いでこの日を振り返ることになるのだ。だけど、この時の俺はまだそんなことには思いが至らなかった。



========

<後書き>

次回は第7章第23話「大海魔ヒュドラ」。お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る