第22話 最低の男

「ラキウス様は、そんな人じゃありません! 侮辱しないでください!!」


 カテリナの大声に会場は凍り付いた。何があったかはわからない。しかし、仮にも外国の王族に対して声を荒げた、そのことが外交的にどれほど問題になるか。


 カテリナも口に出してしまった後で、その重大さに気づいたのだろう。呆然と口を手で押さえてこちらを見る。その彼女と視線が合った。


「ラキウス様……」

「カテリナ……」


 彼女は一瞬、何か言いたそうに口元を歪めたが、身を翻すと駆けだして会場を出て行ってしまった。


「カテリナ、待って!」


 制止するも叶わず出て行った彼女を追いかけたいが、まずはレティシアに何があったか確認しなければ。そう考え、レティシアの元に駆け寄る。


「レティシア様、一体何が? 何か失礼がありましたでしょうか?」

「いいえ……私が悪かったんです」


 レティシアも呆然としていたが、こちらを見ると、謝罪して来た。こちらに非を擦り付けようという態度では無いことがわかってホッとする。


「すみません、改めて謝罪に参りますので」


 彼女に一言断って、カテリナを追って会場を飛び出した。







「カテリナ、どこだ⁉」


 すぐに見つかると思ったのに、なかなか見つからない。自室にもいない。執務室にもいない。まさか、両親の墓の前で自らの命を、なんてろくでも無い想像が頭をよぎり、墓の前にまで行ったがいなかった。


 どこに行ったのか、自問するが、ふと思いついた場所に行ってみたら、いた。


「カテリナ……」


 俺の私室前の廊下に座り込んでいる彼女に声をかける。俺の声にこちらを見上げる彼女の目には涙が溜まっていた。


「ラキウス様……」


 手を差し伸べて彼女を立たせる。俯く彼女に聞きたくは無いが、聞かなければならない。


「何があったんだ? 君があんなに冷静さを失うなんて」


 彼女は更に顔を逸らし、言いにくそうにしている。まあだいたい察しはつく。彼女のあの言葉から想像するに、俺の悪口を言われたのだろう。好色だとか何とか。


「怒らないから言って、カテリナ。君は俺のために怒ってくれたんだろう?」

「……ラキウス様に……利用されているんじゃ無いかって言われたんです。弄ばれてるだけなんじゃ無いかって」


 ぽつぽつと話し始めた、その内容は、思ったとおり。いや、少しだけ酷かったかもしれない。


 しかし、髪飾りのあのやらかしを見てしまえば、そう思われるのも仕方ないのかもしれないと思ったら、不思議と怒りは湧かなかった。


 そんな淡々と聞いている俺に変わって、カテリナが怒りをまた再燃させてくれている。


「だから、私言ったんです。ラキウス様はそんな人じゃない、私に指一本触れてない、私を助けるために宰相に直談判までしてくれて、貴族に戻してくれて、それでも見返りなんか求めない誠実な人だって。……でも信じてもらえなくて」


 憤懣やるかたない表情で、そこまで言って、カテリナは肩を落とした。


「……でも、それでもラキウス様の大事なお客様に、外国の王族に暴言を吐いて、ラキウス様に恥をかかせました。……補佐官失格です」


 俯いて涙をこらえている彼女が痛ましい。こんな誤解を招いてしまったのも、俺の軽率な行動によるものだというのに。


「そんなこと無いよ、カテリナ。君は俺の名誉のために怒ってくれたんだろう? 俺は今や王子だ。国を代表する存在だ。言わば君はこの国の名誉のために怒ってくれたんだ。そんな君が補佐官失格なわけ無いじゃないか」

「でも……」

「でも、じゃ無いよ。失格なんかじゃない。俺には君が必要なんだ。わかったね?」

「……わかり……ました」


 コクリと頷く彼女に少し安堵する。取りあえず、思い余って、などと言うことはあるまい。


 一方で、そうは言ったものの、レティシアとの関係をこのままにしていいはずも無い。きっかけはともあれ、王族に声を荒げてしまった、その事実は消えない。


 少なくとも先ほどの対応を見る限り、本人は問題視してくる恐れは少ないかもしれないが、こう言ったことは当人同士の思惑はどうあれ、周囲が政治利用する可能性がある。謝罪しておくべきだろう。


 王族の俺が謝罪してしまうことの政治的影響も考えないといけないが、今回は衆人環視の下、こちらが声を荒げている。謝罪して、事は収まったという形式をとることが重要なのだ。


「まあ、いきさつはどうであれ、相手は王族だ。一応謝った方がいい。行こう。俺も一緒に謝るから」

「……ラキウス様に謝らせるなんて……やっぱり私、補佐官失格です!」

「違うよ。臣下を守るのも主の役目だろ。たまには主らしいこともやらせてくれ。君に頼ってばかりの不甲斐ない主だけどさ」

「不甲斐なくなんかありません!!」


 彼女の罪悪感を少しでも軽くしようと、努めて気にしてない風を装おうとしたが、思ったより強い反応が返ってきた。


「ラキウス様は、いつだって優しくて……頼りがいがあって……かっこいい……です」


 涙目で訴えてくる彼女に心が痛い。ここまでの想いを寄せられて、俺は彼女に何を返してあげられるのだろうか。その想いに応えることが出来ないと言いながら、彼女を縛り付けて。


 レティシアの言葉は何一つ間違っていない。俺は最低の男だ。


 それを自覚しながら、今も何もできない。ならば、せめて主として彼女を全力で守ろう。それが今、俺にできる唯一なのだから。


「行こう、カテリナ。君を守るよ。君が俺の名誉を守ってくれたように」

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