第31話 大虐殺
ドドドドド……と、地響きを立てながら地竜の群れが突進してくる。
馬どころか、前世における象よりも巨大な竜が500騎。それが隊列を組んで突進をしてくる様は、普通なら、それだけで戦意を喪失してもおかしくない。
だが、地竜の群れに馬を走らせながら、俺の心は不思議なくらい凪いでいた。そう、この戦場で、俺はただの殺戮マシーンとなる。
後方では飛び出した近衛騎士団を追って、エドヴァルト伯爵の部隊が動き出しているが、もはや意識から遠い。彼らはテオドラの意向を受けたセドリックとヴェリオ侯爵が片付けてくれるだろう。
剣を抜いて、魔力を流し込む。美しかった白銀のミスリル剣が黒く、黒く染まっていく。その振りかぶった剣を雄叫びと共に一気に横薙ぎに払った。
「
剣から放たれた漆黒の風が地竜の群れをすり抜ける。次の瞬間、隊列中央にいた数十頭の地竜の身体が上下に分断された。
身体の上部がズルリとずれたかと思うと、突進してきた勢いそのままに前の地面に激突する。一瞬にして只の肉塊と化したそれらには構わず、さらに後方の地竜に向け、第二射を放つ。
わずか二射、ただそれだけで、後方の重装歩兵の列に続く大穴が空いた。そう、何も500騎全てを今葬り去る必要は無い。俺の、この突撃部隊の目標ははるか後方。
「速度を緩めるな! 全速前進!」
「
今や数百本もの槍を現出させることが出来るが、敢えて数十本に抑え、その代わり、それらをまるで機銃掃射のごとく間断なく叩き込んでいく。
そうして倒れた兵士たちの脇を、まるで無人の荒野を駆け抜けるほどの速度で走り抜ける。阻むことが出来る者は誰もいない。
そう、これがわずか100人、近衛騎士団だけで構成された部隊を俺が率いた理由。これが1000人、2000人の部隊であれば、突入してもどうしても横から分断され、敵中で孤立する者が出てくる。
だが、わずか100人、しかも魔力の強い上級貴族ばかりで構成された近衛騎士団であれば、いくら囲まれても、平民に後れを取ることは無かった。
「10時の方向、敵本陣です!」
視界の端に敵本陣が見える。指揮官と思しき者が、慌てて重装歩兵を呼び寄せ、守りを固めているのが見えた。だが、お前らは後回しだ。
本陣が守りを固めてくれたおかげで、少し手薄になった敵陣内をさらに速度を上げて駆け抜ける。ここまで来ると、目標はすぐ目の前だった。
「見えました、敵魔法士団です!」
今回の戦において、勝敗に影響を与える可能性があるとすれば、それは魔法士団。彼らの大規模魔法を喰らえば、最終的には負けないまでも大損害を被りかねない。
そして、この遠征の目的を考えると、それは戦略的な敗北だ。例え局地的にこの戦場で勝ったとしても。だからこそ、まず、魔法士団を潰す!
その魔法士団はいきなり飛び込んできた俺たちに動揺しているようだった。
無理も無い。彼らは恐らく、こんな初期の段階で自分たちが直接攻撃にさらされるとは思わず、俺たちにぶつけるための大規模魔法の術式を編んでいたに違いない。目の前にいきなり現れた俺達を見ても、急には対応できず、恐慌に陥っているのが明らかだった。
だが、その醜態は俺にとっては好都合。悪いが、ここで全員死んでもらう。
「
再びの闇の風刃が魔法士たちを次々と両断していく。何度目かの闇風刃が魔法士を全て切り刻んだことを確認すると、そのまま部隊を敵陣後方まで駆け抜けさせる。
そうして部隊が敵陣から離れた瞬間、エルミーナに念話を繋いだ。
(今だ、やれ!)
(了解)
短い答えが返ってきた、次の瞬間、敵陣上空に超巨大な魔法陣と共に、数千本にも及ぶ巨大な氷柱が出現した!
あれはかつて俺がエルミーナの前で放った
そして、その威力は、その感嘆に違わぬものだった。
射出された氷柱は、その魔力と質量で、クリスティア軍の兵士たちを押しつぶしていく。生半可な障壁では防げない、巨大な魔力による暴力が振るわれた後には、地面の染みと化した人や馬、竜の跡が広がっていた。
だが、まだ終わったわけでは無い。大規模魔法の効果が切れた瞬間、控えていた第十騎士団が残ったクリスティア軍を掃討すべく、突入を開始した。
同時に、俺も近衛騎士団を反転させ、再び突入させる。狙いは今度こそ敵本陣。今や立ちふさがる者は殆どいなくなった戦場を駆け抜けると、本陣でオロオロしている敵大将と思しき男の首を一気に刎ね飛ばした。
勝敗は決した。もはやこれ以上の戦闘は無意味。だが、俺の目的はここで終わりでは無い。今、捕虜を抱えて行軍を鈍らせるわけにはいかなかった。だから叫ぶ。全ての汚名をかぶる覚悟と共に。
「投降を許すな! 皆殺しだ!!」
その声をきっかけに、テティス平原に一方的な、ひたすら一方的な虐殺の嵐が吹き荒れたのだった。
戦いは終わった。荒野には1万を超える人々の死体が散乱していた。この人々の死は俺によってもたらされたもの。果たして俺の正義はここまでの流血に見合うものなのかわからない。だが、進むと決めた以上、最後まで進む。
その覚悟と共に、引き出されたエドヴァルト伯爵の前に立った。彼は後ろ手に縛られ、憔悴して跪いていたが、俺が近づくと怒気で顔を真っ赤に染めた。
「薄汚い平民上がりが! 王族を僭称するなどおこがましい。呪われた血めが!」
「お前はその平民上がりに負けたんだ。俺では無く、自分の無能さを呪え」
浴びせてくる罵倒と悪意に淡々と返すと、一刀のもとに彼の首を刎ねた。もはやこの男に何の興味も無い。
王都では、クリスティアから暗殺者を引き込んだエドヴァルト伯爵の一族を裏切り者として粛清する動きがテオドラとソフィアによって主導されているだろう。マルガレーテもラウルも失脚だ。連座させて二人の命を取ることまではしないが、政治的には既に死んだと言える。
その後、俺は荒野に積み重なる死体の処理を命じた。このまま放置しておけば、腐敗した死体が疫病の元になるだけでなく、アンデッドが発生する恐れがある。魔法士団が土魔法で堀った巨大な穴に死体を投げ込み、炎魔法で焼き払った後にさらに土魔法で蓋をする。それは埋葬と呼べるものでは無い。ただの処理だ。
まだ死体を焼いた煙が燻る地面から目を離し、馬に飛び乗ると、整列する騎士たちに呼びかける。
騎士たちもまた、高揚感に包まれていた。それは果たして、侵略者の撃退という使命を果たした達成感か、殺戮がもたらす全能感か。だが、後者であろうとも、俺にそれを非難する資格など無い。それを命じたのは、他でも無い、この俺だ。その上、彼らに更なる殺戮を命じようというのだから。
「諸君! 諸君らの働きで憎き侵略者であるクリスティア王国軍を全滅させることができた。彼らと通じていたエドヴァルト伯爵を始めとする売国奴どもも一掃された。これもひとえに君たちの献身によるものである! だが、まだ終わりでは無い。全ての元凶が残っている!」
心の中の声が囁く。笑わせる、全ての元凶とはお前自身のことだろうにと。
「この侵略を企図したクリスティア王国の貴族どもはのうのうと生き残っているのだ。彼らは安全な本国で次の侵略計画を練っている。諸君らに問おう! 彼らをこのままにしておいていいのか⁉」
間髪を入れず、「否!」という声が上がった。サクラも仕込んでいたが、不要だったかと思わせる一糸乱れぬ返事に一瞬気後れしそうになる。
「そうだ、彼らを征討し、かの地に正義を
正義? 正義とは何だ? そんな抽象的な空っぽの言葉。出来の悪い扇動政治家のごとき言葉に自分自身が呆れてしまう。だが、口はそんな内心とは真逆の言葉を吐き続けていた。
「アラバインの王子として、諸君に改めて祖国への忠義を問おう! このまま、領地に、王都に帰りたいと願う者はいるか⁉」
再び、「否!」という答えが返って来る。この地に来るまで長い者では3週間近く。帰るのにも同じ時間をかけるとするなら1か月以上、家を離れることとなる。だが、俺はそんな程度、比較にならぬほど長い旅へと彼らを連れて行こうとしている。
「いいだろう。諸君の覚悟は見せてもらった! 聞け、我らが赴くはクリスティア王国首都クリスタル!」
いいや、俺の行き着く先は地獄だ。だが、たとえこの道が地獄に続く道だとしても、もはや後戻りは許されない。誰でも無い、自分にそう言い聞かせるために、宣言する。剣をかざし、高らかに!
「クリスティア王国を地上から殲滅する!!」
第5章 絢爛の王女編 完
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<後書き>
第5章「絢爛の王女編」完結です。いかがでしたでしょうか。
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続く第6章では、いよいよミノス神聖帝国との激突が描かれます。
それでは第6章「清冽の皇女編」、お楽しみに。
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