第27話 時は来た

 ヨハンの葬儀の翌日、俺はドミティウスの元を訪れた。息子の葬儀が終わったばかりだと言うのに、押しかけている俺も俺だが、既に公務に復帰している陛下も陛下である。国王たる者、身内の不幸より国のことを優先しなければいけないのだろう。


 俺も王になったなら、同様に家族より国を優先できるのだろうか。いや、ダメだ。俺がセリアより優先できるものなどありはしない。そんな俺に国王たる資格はあるのか、そう考えこみそうになった意識を無理矢理引き戻す。忙しいさ中に時間を取ってもらったのだ。陛下の時間を無駄にしないためにも、さっさと用事を済まそう。


 簡単なお見舞いの後、俺は何故自分が別離の席に呼ばれたのかを聞いていた。


「そうだな。君にも覚えておいて欲しかった、と言うことかな。君の目指す覇道の影に彼のような者がいたことを」

「意味がよくわかりません。私はヨハン殿下を排除しようなどと考えたことは一度も」

「もちろん、彼は病弱で王位に就くことはできないのは明らかだった。君の視界にすら入っていなかっただろう。それでも、君が王位を目指すのなら、押しのけられた者たちがいるということを理解して欲しかった」


 なるほど、陛下の言い分は分からないでは無い。だが、だとしたら尚更、そもそもの疑問が湧いてくる。


「陛下は何故、私を王族にしたのですか?」


 そう、それがずっと疑問だった。俺は前国王の孫とは言え、父は平民。男系主義のこの国では王族の資格は無い。それを母の婚姻を無かったことにしてまで無理やり王族と認めさせたのはドミティウスだ。


 それは自分の息子たちに対するライバルを生み出す行為。押しのけられる息子たちに配慮せよ、記憶しておけと言うのであれば、何故あの時、俺を王族としたのか。王族と認めなければ、こんな問題は生じなかったと言うのに。


 その質問に、ドミティウスの目がどこか遠くを見るかのように彷徨った後、俺に向けられた。


「……そうだな。俺が父、君にとっては祖父か、彼を殺したことは?」

「ええ、義父から聞いております」


 常日頃、自らを「余」と名乗っている彼であるが、今は他に人がいないせいか、くだけた言葉遣いになっていた。


「……俺は父を殺してしまった。殺したこと自体は、今も後悔はしていない。あのままではフェリシアだけでなく、アリシアまでも取り上げられる可能性があったし、俺自身、死を賜ったかもしれない。何より、国内の貴族たちによる反乱が起こる危険があったからな。」


 その言葉にかつて彼から聞いた、祖父による正妃や息子たちへの凄惨な処刑の話を思い出す。


「当時の父は、幸せそうな男女や家庭そのものを憎悪していたのでは無いか、そう思うことがある。そこまで狂ってしまうほどに、失われたものが大きかったのだろうとな。同時に、逆にもし、そこまで大事に思っていた君の祖母を失うことが無かったなら、どうなっていただろう、そうも思うのだよ」


 もしも祖母が祖父に愛されたまま、母さんも国王の娘として育っていたら、どんな未来が、現在があったのだろう。それはもう想像すら出来ない。だが、確かなことが一つだけある。


「少なくとも私は生まれていませんでしたね」


 母さんが王宮から出ることの無い生活を続けていたならば、父さんと出会うはずも無い。当然、俺もフィリーナも生まれていなかっただろう。


「そうだろうな。だが、君そのものでは無かったとしても、マリアの夫、あるいは息子が王位を継いでいた可能性は高い。そして父が生きていれば、君たちが復権する可能性も残っていたはずだ。結果として、俺が父を殺したことが君たちの未来を奪ったことになる」

「……そんなこと、陛下の責任でも何でもありません」

「まあそうだ。だが、君が、竜の騎士である君が、父の孫だとわかった時、俺には、龍の神からの啓示に思えて仕方が無かったのだよ。『あるべき姿に戻せ』、そう言っているとな。俺の中でくすぶっていた罪悪感が、そう思わせただけかもしれないが」


 ───そう言うことだったのか。事情はわかった。しかし、すんなり飲み込めたわけでは無い。


「私は大恩ある陛下のご子息を、ラウル殿下を排除して王位に就こうとしています。陛下は本当にそれでよろしいのですか?」

「仕方ない……と、その一言で片づけられるものでは無いが、覚悟はしているよ。まあ、親としては、叶うのならば、命までは取らないで欲しい、そう願っているがな」


 その寂し気な中に覚悟を決めた微笑みを見ると、これ以上文句は付けられない。何より彼は、自分の息子を排除しようと言うような不忠極まりない男に、好きにしろと言ってくれているのだ。


「わかりました。勝負は時の運ではございますが、何があろうとも、ラウル殿下のお命を取ることは無いと、ここにお誓いいたします」


 俺は騎士の礼を取ると、陛下の前を辞したのだった。






 そのまま向かったのは自らの執務室。出迎えたソフィアから報告を受ける。


「ラウル殿下の陣営とテオドラ様の陣営が手を組んだことが噂になっていますね」

「そうか」


 二陣営が手を組んだこと自体はだいぶ前に掴んでいる。だが、それが表沙汰になったと言うことは、彼らに隠す意図が無くなったと言うこと。むしろ積極的に情報を流し、味方を増やそうと言う意図だろう。


 受け取った報告書に目を通しながら、俺は別離の場での取り澄ましたテオドラの横顔を思い浮かべ、薄笑いを浮かべる。


「やってくれるな、テオドラ」


 彼女が動いたのであれば、こちらも急いで動かなければなるまい。


「ソフィア、神殿長を呼んでくれ。例の合意を結ぶ」

「畏まりました」


 さあ、そろそろ王手だ。もう一つのピースがはまりさえすれば───


 待っているがいい。追い詰めているつもりで、追い詰められているのはそちらだ。






 二日後、俺と神殿長の連名での宣言が明るみになった時、内容が理解できる者たちは騒然となった。表向きは王宮と神殿の相互不干渉の確認、ただそれだけ。だが、それにより、ラーケイオスもリアーナもエヴァも王宮での動きに干渉できないことになっている。


 もちろん、それは彼らが俺の陣営だけで無く、ラウルの陣営にも味方に付かないと言うことで、表向きは中立。だが、神殿勢力がこれまで俺の側にあったことは衆目の一致するところだった。


 つまり、この合意により不利益を被るのは、これまで味方だった彼らの助力を得られなくなる俺の方。そんな合意を俺がしていることに騒然となったのだ。


 ある者は、こんな合意を結ぶ俺の正気を疑い、ある者はラウル陣営の勝算が上がったと見て、どちらに付くかの算段の見直しを始めた。そしてここにも一人。


「何で、こんな合意を結んでるのよ! あんた、何考えてるの⁉」

「落ち着け、エヴァ」

「これが落ち着いていられるわけ無いじゃない! あんたの言ってるのは、ラーケイオス様の力を使わないってだけじゃ無い。もしも命を落としたとしても、私に蘇生させるなって言ってるのよ! 竜の騎士だって不死身じゃ無いのに! セリアちゃんを悲しませたりしたら、承知しないんだからね!」


 王宮に押しかけて、まくし立てている大聖女の顔を見つめる。そこにあるのは、純粋に俺を心配する顔。その顔が、ヨハンの死に涙していた彼女の顔に重なり、心にチクリと痛みを感じる。


 俺は彼女を騙している。しかも明白な意図をもって。今すぐ本当のことを伝えて、彼女を安心させてあげたい。だけど、まだ駄目だ。駄目なのだ。


 だから、口をついて出る言葉は表面的な薄っぺらいものでしか無い。


「こうでもしないと、ラウル殿下の陣営を引きずり出せない。だからこうした。セリアもリアーナ様も同意している。大丈夫だ。ラーケイオスの力を借りずとも、俺は上級騎士数十人分じゃきかないだけの力を持っていることを知っているだろう? 鑑定眼を持つお前なら」

「でも、1000人、2000人に囲まれたら……」

「例えそれだけいたとしても、一人に一斉に飛びかかれるはずが無いんだ。いくらでも対処のしようはあるよ」

「……でも」


 まだ心配している彼女に何と言えばよいのかわからないままに、その頭をポンポンと軽く叩く。子ども扱いするなと怒って来るかと思ったが、その額がコツンと俺の胸に当てられた。


「あんたを大事に思っているのはセリアちゃんだけじゃ無いのよ。私にとっても、あんたは大切な仲間なんだから。絶対に死なないで。あんな思いはヨハン殿下だけでもう十分」

「ああ、セリアも君も、絶対に泣かせたりしない。約束するよ」


 心優しき大聖女に立てたその誓いだけは嘘では無い。彼女からの叱責は全てが片付いてから、いくらでも受けよう。この身が引き起こすであろう、おびただしいまでの流血を彼女が許してくれるのならば。


 その数週間後、ついにその時が訪れた。


 ───クリスティア王国軍の侵攻である。

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