第6話 水龍との再会

 一月後、フェレイダ・レオニダスで一路レオニードに向かう。

 屋敷の修繕は滞りなく完了し、王都での生活の拠点はそちらに移っている。散逸していた使用人たちも、かなりの人数が戻り、屋敷の運営に支障は無さそうだった。また、クラリッサには、騎士爵家出身の侍女として、フィリーナの教育係も頼んでおいた。貴族としての立ち居振る舞いを叩き込んでもらおうということである。フィリーナは気乗りしないようだったが、貴族として生活していく以上、必要なこと。妹に甘い兄と言えど、こればかりは譲れない。次に会う時には立派なレディになってるんだぞ、妹よ。


 さて、フェレイダ・レオニダスには俺の他、セリア、リアーナ、カテリナが乗り込んでいる。当然、貴族の女性が単身で乗り込んでいる訳は無く、それぞれに侍女が複数人従っている。知らない人間が見たら、美女を大勢侍らせている軽薄な男にしか見えないだろう。まあ、この船は元々サルディス伯爵家の所有で、今動かしているのもカテリナの旧知の者たちが殆どだからそう言った誤解を受ける心配が無いのが救いだが。船長などクラリッサ同様、カテリナを見て涙を流して喜んでいた。彼女の人徳と言うものである。


 その船長と操舵甲板で並んで話をする。サルディス家が取りつぶしになった後の交易情報などを聞き出すのが狙いだ。船長も内心はどうあれ、新たな領主となった俺に表面上は丁寧に対応している。


「それで、最近の交易状況はどうなんだ? 落ち込んだりとかしているのか?」

「さあ? この船は商船では無いので、その辺りは商船ギルドに聞いてもらった方がいいかもしれませんね。まあ、王室直轄領に組み入れられていた間も、制度に手は入れられていないので、商売に大きな影響は無さそうですが。後はそうですね。海賊の活動が少し活発になって来たとは言えるかもしれません」

「海賊?」

「ええ、以前はめったに見なかったのですが、最近は警備が行き届かないのか、少しずつ海賊を見かけるようになったと聞いています。流石にこのフェレイダ・レオニダスを狙ってくる命知らずはおりませんが」


 統治が行き届かなくなり、盗賊の類が出てくる。それはどこの世界でも変わらないのだろう。この辺りの海域には海賊の拠点になりそうな小島も多い。いずれ、海賊退治も必要になるか。しかし、ただ闇雲に探し回っても仕方ない。


 現実の海賊と言うものは、映画なんかに出てくるような、海賊旗を仕立てて襲ってくるものでは無い。そんな専業の海賊など、いたとしても少数派。大抵は普段、漁業や交易で身を立てている者たちが貧しさに追われ、他の船を襲うようになるのだ。その解消には、武力での討伐とは別の手段が必要になるだろう。むしろ武力だけで片付くなら何の問題も無い。現場にラーケイオスで駆けつけて龍神剣アルテ・ドラギスを振るうだけで、この世界の船など一撃で真っ二つだ。しかし、それでは根本的な解決にはならない。






 考え込んでいたが、思考は、突然のリアーナからのパスで破られた。


『ラキウス君、います。もう一人の竜王です!』


 次の瞬間、見張りからの「何かいるぞ!」という悲鳴にも似た警告が響き渡る。

 見張りの指さした方向の舷側に駆け寄ると、水面から長大な背が浮かび上がってくるところであった。以前は水面から首だけ出していたために、その全身の巨大さが掴めなかった。だが、今、フェレイダ・レオニダスの横を並走するように悠然と泳ぐその背は長さ500~600メートルにも及ぶだろう。


「ラキウス君、大丈夫ですか?」


 リアーナがセリア、カテリナと共に俺の元に駆けてくる。


「あれが、レイヴァーテイン様……」


 セリアが呆然とつぶやく。カテリナは以前、レイヴァーテインを見ているが、セリアは初めて見ることになる。長さだけで言えば、ラーケイオスを遥かに凌駕するその巨体に圧倒されていた。


『竜の魔力を纏う者よ、久しぶりだな』


 レイヴァーテインが水面から顔も上げず話しかけてきた。あの時は念話かと思っていたが、これも一種のパスなのだろう。


『ああ、久しぶりだ』

『ラーケイオスとは無事会えたようだな。どうだ、人の手に余る力を得た気分は?』

『正直、強すぎなんだよ。強くなり過ぎちゃってセリアと結婚できないかもって言われた時はマジで焦ったんだからな』


 その答えにレイヴァーテインから困惑の感情が押し寄せてきた。


『……結婚? お前はそれ程の力を持ちながら女との結婚が望みだと言うのか? その力があれば、女など選り取り見取りだろうに』

『そんなの興味無いし。セリアみたいな素敵な女性が俺を心から愛してくれるんだ。これ以上の幸せなんて無いよ』

『それではそなたはその力を使って何を成そうと言うのだ?』

『何って言われても、もう望みは叶っちゃってるし、後はもらった領地を豊かにして、セリアと幸せに暮らすことかな。子供もいっぱい産まれて、孫たちに囲まれて死んで行くの。人間の幸せなんてそんなもんでしょ』


 何か、実際にはしていないのに、大きなため息を吐かれた気がする。


『……竜の力を得て、ここまで欲の無い奴は初めて見たぞ。だが、そなたの望みは叶うまい。そなたの力そのものが周り中の欲を引き付けるからの』

『ああ、それは十分わかっているさ。だけど俺とセリアの平穏な暮らしを邪魔する奴は容赦しない!』

『……まあいい、わかった。しばらくはまた見守ることにしよう。そなたが何を成すかをな』


 そう言って離れて行こうとするレイヴァーテインを引き留める。自分だけ質問するんじゃ無くて俺にも質問させろ。


『なあ、お前たち竜って何者なんだ? 本当に龍神から遣わされたのか? お前たちみたいな奴って他に何匹いるんだ?』

『全く、遠慮ってものが無いのか。そうだな、最初の質問の答えは知らん。お前たちは人間は何者か、と聞かれて答えられるか? それと同じことだ。二番目の質問だが、龍神など知らん。人間が勝手に想像しただけだろう。最後の質問の答えだが、全部で3体だ』

『3体?』

『そう、我、水龍レイヴァーテイン、天空龍ラーケイオス、そして地母龍アースガルドだな』

『地母龍アースガルド?』


 その名はまるで聞いたことが無い。神話などにも名は出ていないと思う。もちろん、全ての書物を読んだわけでは無いし、俺が知らないだけかもしれないが。


『そうだ。アースガルドはこの大陸とは別の地で何千年も前から眠っているよ』

『そうか、そうするといずれ起きることがあるのかな』

『アースガルドは巨体過ぎる故、目を覚ますとそなたたちの危機だぞ。何しろ、我やラーケイオスが豆粒ほどにしか見えない巨体だからな。歩くだけで、近くにある人間の街は崩壊して瓦礫と化すであろう。今、アースガルドの上には、自分たちが龍の上で暮らしていると気づかないまま、何万人もの人々が暮らしておるよ』


 何それ? 陸地そのまま龍の背中とかふざけてんの? それは絶対に起こしちゃダメな奴だ。ラーケイオスを起こした某魔法士団長とかに知られたら、そいつも起こすとか言いかねないから絶対に知られないようにしないと。


『お前らの存在がどれだけ常識外れか良くわかったよ、ありがとうな』

『ううむ、褒められた気がしないのだが……』


 いや、褒めてねえし。しかし、レイヴァーテインはもう何も言うことは無く、そのまま海に没すると見えなくなってしまった。


 我に返ると、リアーナが俺を覗き込んでいる。


「割り込むのは憚られましたから、横で聞いてましたが、竜王様とあんな馬鹿な会話ができるのはラキウス君くらいですよ」


 呆れたように言われてしまった。馬鹿な会話って何だよ、セリアへの愛を語っただけじゃ無いか。しかし、確かにこの会話をセリアに聞かれていたら、気恥ずかしくてたまったもんじゃ無かったな。そんなことを考えていると、ひょこっと今度はセリアが覗き込んだ。


「バカな話ってどんな話してたの?」

「え、セリア? いや、何でもないよ!」

「あ、リアーナ様は聞いてたのに、ずるい!」

「本当に何でもないから!」


 セリアに追及されて思わずしどろもどろになってしまう。そこは秘密のままにしておこうよ。秘すれば花って言葉もあるしさ。───いや、この世界にそんな言葉あったっけ? まあいいや。とにかく、俺にとって君の愛に勝るものなど、この世に存在しないってことなんだよ。いつか、気負いなく話せる時が来たら話すから、今は秘密のままにしておいてくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る