第32話 領地よりも、爵位よりも……

 王都に帰還した俺達を迎えたのは歓呼の嵐だった。

 俺は帝国の手先となったクリスティア王国の悪徳貴族から王女様を守った英雄と言うことになっているらしい。しかも、俺の手柄でも何でもない、クリスティア王国との交渉結果まで、俺の手柄のように言われ、クリスティア王国を屈服させた男とまで言われているのはちょっとどうかと思う。


 そりゃ、セリアと釣り合う男になるために名声を求めていたけど、行き過ぎてしまうと逆効果になるのは、竜の騎士の力で痛感しているから、ほどほどのところで留めておきたい。それをテオドラに言ったのだが、「あら、ラキウス様の力がバックにあったからこその交渉結果ですのよ」と言われ、取り合ってもらえなかった。


 どうもテオドラは、俺を英雄として祭り上げようとしている節がある。クリスティア王国の王にならないかと持ち掛けられたのも、良く分からない。テオドラの意図が不明だし、やり過ぎ感があって、ついつい警戒してしまう。しかし、まあ今はパレード中だ。気を散らすのはやめよう。


 貴族街の門へと続く大通りを、俺の先導の下、皆、騎馬で進んでいる。俺の後ろにはリアーナとセリアが並び、その後ろにテオドラの馬車、その後ろに近衛騎士団と言う並びである。この並びだと、俺が金の乙女、銀の乙女を従えているような感じだが、それこそがこの隊列にしたテオドラの狙いなのだろう。


 それにしても、王国一の美姫の隣に並んで、全く見劣りがしないセリアは流石である。周りからも感嘆の声が聞こえてくる。男たちからだけでなく、女たちからさえも。


「あの銀髪の女騎士様、すごく綺麗!」

「素敵!」

「女騎士様、こっち向いてー!」


 黄色い声に、セリアがぎこちなく手を振っている。俺もセリアもこういうシチュエーションは慣れていないから、つい固くなってしまう。その点、リアーナは慣れたものだ。自然に笑顔を振りまいて、手を大きく振っていた。流石50年間、竜の巫女として人々からの歓呼に晒される立場にいただけある。


 そうやって後ろをチラチラ見ながら進んでいたが、なんか、リアーナがセリアに馬を寄せて何か話している。それにセリアが驚いたように何か返しているが、何言ってるのか聞こえない。だが、突然、「きゃあー!」というセリアの悲鳴が響き渡った。


 何だ?と行列を止めて後ろを見ると、リアーナがセリアを抱えて空中に浮かんでいた。


「ちょ、ちょっと、何するんですか、リアーナ様!」


 セリアが思い切り焦っている。俺も驚きのあまり声も出せない。リアーナはと言うと、セリアを抱えたまま、フヨフヨと俺の方に飛んできて───


「パス!」


 ドサッっとセリアを俺に押し付けてきた。慌てて受け止め、馬上でお姫様抱っこみたいな形になる。口をあんぐりしている俺たちの耳元でリアーナが楽しそうに囁いた。


「そんな固くなってないで、思い切り楽しみましょう! みんなに俺たちはこんな素敵なカップルだぞーって見せつけてやるんですよ!」

「「は?」」


 セリアと声がハモってしまった。でも、そんな俺たちの困惑を他所に、リアーナはさっさと自分の馬に戻ってしまう。全く何考えてるんだ、このお姉ちゃんは。


 セリアと二人、顔を見合わせていたが、思わず、俺もセリアも笑い出した。


「ハハハハハ」

「フフフフフ」


 テオドラの意図とか、そんなものをグダグダ考えているのが馬鹿らしくなった。そうだな、思い切り楽しまなきゃ。セリアも同様の気分なのだろう。俺の首にいきなり手をまわして、頬にキスしてきた。ちょっと驚いてセリアを見ると、ペロッと舌を出して笑い、それから周りの皆を向いて満面の笑みで手を振り始める。俺もセリアを前に横座りに座らせると、思い切り手を振り始めた。


 いきなりどうなる事かと見守っていた人々も大盛り上がりである。ピーピー口笛がうるさい、うるさい。まあ、今のセリアのキスで、彼女に失恋した男たちが数十人単位でいただろうが、知らんもんね。俺は揚々と貴族街に続く道を進んでいった。






 一刻の後、俺は王宮の謁見の間にいた。広間には王国の重臣や有力貴族がずらりと並び、玉座のドミティウスの隣にはテオドラが控えていた。


「ラキウスよ、此度のそなたの働き、見事である。何より、わが娘の危機を救ってくれたこと、感謝の念に堪えん」

「いえ、王国の騎士ならば、当然のことをしたまででございます」

「謙遜することは無い。そなたの働きに余は最大限に報いたいと思う。爵位でも領地でも、望むものを褒美として遣わそう。そなたの望みを言うが良い」


 ドミティウスの前に跪きながら、俺は内心、はやる心を抑えられないでいた。漸く、漸くだ。ついにこの望みを口にすることが出来る。


「恐れながら陛下、一つだけお願いしたき儀がございます」

「申してみよ」


 心臓がどきどきする。もしもダメだと言われたらどうしよう。女性との結婚を褒美に望むなど軽薄な男と誹られないだろうか。でも、これこそが俺の本当の望みなのだ。早鐘を撃つ心臓を押さえながら、俺はついにそれを口にした。


「フェルナース辺境伯家のご令嬢、セーシェリア様との結婚を許可いただきたく、お願い申し上げます」


 一瞬、拍子抜けしたような空気が広間を満たした。皆、俺が何を望むかを固唾を飲んで見守っていたのだ。それはもちろん、好意的なものだけでは無い。成り上がりが分不相応にどこまで上に行こうとしてるのか、という妬み嫉みの感情である。それが領地でも爵位でも無く、結婚の許可を求めた俺に肩透かしを食らった感じなのだろう。もちろん、この色狂いめ、みたいな侮蔑の感情もあったかもしれない。だが、そんなもの、勝手に抱かせてろだ。


 一方、俺の望みを聞いたドミティウスは、クックックと笑い出した。


「領地でも爵位でも無く、嫁が欲しいと来たか。……ガイウス!」

「はっ!」


 名前を呼ばれた辺境伯が王の前に進み出て、俺の隣に跪く。


「この者の望みは、そなたの娘を嫁に欲しいと言うものだ。そなたの意見も聞きたい」

「恐れながら陛下、私といたしましても、この者の望みを叶えていただきたく思います」


 その答えに、ドミティウスは、ほう?と一瞬目を細めた。それに答えるように辺境伯が言葉を続ける。


「この者に命を助けられて以来、娘はこの者を一途に恋い慕っております。父親としては、娘の望みを叶えてやりたく思います」

「あくまでも二人の望みを叶えるためで、二心は無いと?」

「もちろんでございます。フェルナース家は常に陛下の忠実な臣下でございますれば」


 辺境伯からの答えにドミティウスは頷いた。だが、彼が次に発した言葉に、俺は目の前が真っ暗になってしまう。


「しかし、辺境伯の娘が子爵に嫁ぐのでは、いささか辺境伯家の体面がよろしくないな」

「おっ……!」


 恐れながら、と反論しようとした俺の声は、辺境伯に制された。黙っていろ、と言うことらしい。そんな俺を眺めながら、ドミティウスは続けた。


「よって、ラキウスよ。そなたを伯爵に陞爵させ、ガイウスの娘、セーシェリアとの結婚を許可するものとする。なお、伯爵への陞爵に伴い、旧サルディス伯爵の領地、レオニードをそなたに与える。異存はあるまいな?」


 身体が震えた。異存などあるはずも無かった。跪いたまま、深く、深く首を垂れる。


「異存などあろうはずがございません。このラキウス・リーファス・ジェレマイア、陛下のご厚情に生涯をかけて報いる所存です!」


 嫁を望んだはずなのに、領地も爵位も手に入れてしまった俺に周りがざわつく中、一人、高揚感に包まれる。やっと、やっとだ。ついに君に追いついた。セリア、君を必ず幸せにして見せる!

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