第27話 クリスティア王国の罠

 セリアが連絡をくれなくなって一週間が経った。きっとすぐに機嫌直して連絡してくれると思ってたのに、思いの外、連絡無しの時間が長くなってしまった。セリアの姿を見ることが出来なくなって、ガックリである。でも、改めて考えると、パスを繋ぐことが出来ないセリアはずっとこの思いに耐えてきたんだろうなと思う。


 そう思ってた矢先、突然、ちびラーからパスを繋いできた。もう、夜も更けていたが、大喜びで繋ぐ。だが期待に反し、音声のみでの連絡であった上に、その内容はかなり不穏なものだった。


「ラキウス、明日から急遽ランドール伯の領地に行くことになったの。元の計画には無かったんだけど、ファールス侯の強い勧めがあって。帝国領に近づきすぎるのは危険だって、私もドミニク隊長も反対したんだけど、テオドラ様がどうしても国境地帯を見てみたいとおっしゃって……」


 ランドール伯? 確か、ミノス神聖帝国と国境を接している街ヘルナの領主だよな? そんなところに何しに行くんだ。だいたい80人しか護衛騎士がいないのに、万が一、帝国側が国境を越えて襲ってきたら、とんでも無いことになるぞ。セリアの懸念も護衛騎士の少なさを指摘するものだった。


「護衛騎士の数が少なすぎるって言ったんだけど、ランドール伯と、道中に位置するヘルムート侯が護衛を出すと言って」


 そうは言っても、自国の兵では無い。安心できるものでは無かった。セリアからの連絡は、この話を王宮に上げて欲しいということで締めくくられた。


 もう夜も更けてはいたが、急いで王宮に向かう。誰もいないだろうと言う予想に反して、ソフィアがまだ仕事をしていた。このお嬢様、過労死しないように留守番していたはずなのに、国内に残っても残業って大丈夫か? まあ、お疲れの彼女には悪いが、これ幸いと、セリアからの連絡を伝える。ソフィアは現地から何も連絡は来ていないと言いつつ、話を聞いて顔色を変えた。


「ランドール伯の領地に行くのですか? しかもヘルムート侯が護衛の兵を出す?」

「まずいのか?」

「ランドール伯ユリウスとヘルムート侯ロベルトは強固な帝国派貴族です。彼らの領地は帝国との交易で潤ってますから」

「レムルスは?」

「彼は中立派ですね。もっとも利で動く人物なのでどう動くか分かりませんが」


 中立派とは言え、レムルスの勧めで帝国派のランドール伯のところに行き、護衛はランドール伯と、同じく帝国派のヘルムート侯が出す。そう考えると、一気にうさん臭さが増してきた。


「だけど、レムルス達は何を考えているんだ?」

「そうですね。中央の目の届かないところで、何らかの水面下の交渉、と言うのが一番有り得る話でしょうが、ちょっとどうにもしっくりこないんですよね」


 そう言うと、しばらく考え込んでいたが、ふと思いついたように顔を上げた。


「まさか! ……いや、流石にそれは……」

「どうしたんだ?」

「いえ、あまりに突飛なので忘れてください」

「いや、この際、何でもいいから考えを聞かせてくれ」


 俺の要請に、ソフィアは躊躇しながらも話し始めた。


「既にその3人が帝国に買収されるなりしていて、テオドラ様を拉致して帝国に引き渡す計画を立てているのでは無いかと」

「おい、大問題じゃ無いか!」

「あくまで可能性の話です。証拠も何もありません」

「証拠が出てくるのを待ってたら、間に合わなくなるぞ!」


 その日はソフィア以外いなかったので、翌日朝一でソフィアの上長に話を上げた。だが、やはり何の証拠も無い中で、同盟国であるクリスティア王国にそのような疑念をぶつけること自体が外交的に極めて非礼だとして、なかなか取り合ってくれない。全く、この小役人が。外交的な儀礼を重んじて、自分の国の王女が敵国に拉致されたら、どう言い訳をするつもりだ!


 さらに翌日まで待っても何の進展も無く、仕方が無いので、渋るソフィアを説得して、カーライル公爵に直接上げてもらうことにした。公爵から、すぐに国王にも話が上がったらしいのだが、やはり進展が無い。ソフィアに聞くと、クリスティア王国の大使を呼んだらしいのだが、ランドール伯領に行くような話は本国から聞いていないとのらりくらりと躱してばかりとのことである。


 それではと、ドミティウス陛下からテオドール陛下への親書を出すとなったらしいのだが、今度は、クリスティア王国内のアラバイン王国大使館を通すのではなく、自分たちを通せと言って聞かないらしい。そんなルートで出せば、握りつぶされる可能性があるので、アラバイン王国側は飲めない。そんな手続き論だけの押し問答で、数日が無為に過ぎて行った。





 そしてその日、決定的な連絡が来た。


『ラキウス、クリスティア王国軍が王女たち一行に攻撃を開始したぞ!』


 ラーケイオスからのパスに震撼する。ソフィアから示されていた、万が一の可能性。当たってなど欲しくなかった。だが、ラーケイオスから共有される視界の中で、王女たち一行を包囲せんと両脇を疾走していくクリスティア王国軍が見える。もはや一刻の猶予もならない。早く助けに行かねば。だが、どうする? 今の俺は王国軍の一員。軍上層部の許可を得ずに動いていいのか。もちろん、そんなことを言っていたらセリアを助けられない。だが、ことは国家間に及ぶ話だ。でも、これまでのグダグダを思い返すに、事ここに至ってまでそんなことが繰り返されるのでは無いかと暗澹たる気分になる。そこにリアーナからパスが入った。


『王宮で待っててください! 今すぐ行きます!」


 元より、許可を得るために王宮に来ていたのだ。リアーナの到着を待つ。彼女は数分と掛からずに駆けつけてくれた。ふわりと降り立った彼女は、普段のお茶らけた態度が嘘のように声を張り上げる。


「竜の巫女、リアーナ・フェイ・アラバインが火急の用にて国王陛下に面会に来ました! 直ちに取り次ぎなさい!」





 10分後、俺はリアーナと共に国王陛下の御前にいた。一緒にいるのは、王国宰相たるカーライル公爵の他、外務卿に軍務卿。俺からの一報に、皆顔色を変えたが、救援に行かせてほしいとの俺の願いには外務卿が懸念を示した。


「何の証拠も無い今の段階で竜の騎士殿が越境しては、クリスティア王国との間で深刻な外交問題に発展しかねません」

「何言ってるんですか! そのクリスティア王国軍がテオドラ様一行を襲ってるんですよ!」

「しかし、何の証拠も……」


 外務卿の今となっては場違いとしか言いようのない懸念。思わず怒鳴りつけそうになったが、それより前に、リアーナが一刀両断した。


「ラキウス君が言っていることは全て真実です。あなたは、この私が言うことが信じられないと言うのですか?」

「いえ、決してそのようなことは……」


 黙ってしまった外務卿を横目に見つつ、ドミティウス陛下に訴える。


「証拠など、現地で揃えればいいのです。私に救援に行く許可をください! もしも、許可をいただけないと言うのなら、私を騎士団から解任してください!」

「どういうことかね?」


 カーライル公爵から問われるが、そんなこと決まっている。


「騎士である私の行動が王国の不利益になると言うなら、王国に迷惑をかけないよう、ただの一個人としてテオドラ様一行を救援に参ります!」

「落ち着け、ラキウス。そなたのみに責任を負わせるようなことを余がすると思うか」


 俺の必死の訴えに、ドミティウス陛下が応えてくれた。


「ラキウス、全ての責任は余が背負おう。娘を頼むぞ!」

「はっ、一命に替えましても!」

「しかし間に合うのか? ここからクリスティア王国まで、普通に行けば一月以上かかるのだぞ」


 国王から許可を得たにも関わらず懸念を示したのは軍務卿である。その懸念はもっともであろう。ランドール伯領まで1500キロ。普通なら間に合うはずも無い。だが、今の俺には無用の懸念だった。


「ご心配なく。ラーケイオスなら30分で行って見せます!」


 絶句してしまった一行を尻目に、リアーナと走り出す。もはや一瞬の間すら惜しい。


「リアーナ様、窓から行きますよ!」

「了解、騎士様!」


 リアーナと二人、窓から一気に飛び出すと、タイミングを合わせて飛来したラーケイオスに飛び乗った。リアーナはすぐに紡錘形の障壁を展開していく。


「さあ、竜王様。目指すは、ランドール伯領ヘルナ! 30分で行って見せましょう!」


 リアーナの呼びかけに、パスを通じて了解の返事を返すと、ラーケイオスはぐんぐんと加速していった。ドンッという音と共に衝撃波が伝わる。音速を超えたのだ。だが、さらにさらに加速していく。その背に乗っていてなお、俺ははやる気持ちを抑えられなかった。待っていてくれ、セリア。すぐに助けに行くから。絶対に君を守って見せる!

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