第25話 テオドラの策謀
王都アレクシア、その一画で、十数人の人物が顔を合わせていた。皆、立場はいろいろであるが、共通点は、反ラキウス、その一点であった。
「それにしても陛下は何を考えているのか。あのような平民上がりを王族とするだけで無く、王位継承権第3位まで与えるとは」
「全くです。しかも噂では、母親であるマリア殿は平民に嫁いでいたとか。本来であればラキウス殿下は王族の資格を失っているはずなのに」
口火を切ったのは、エドヴァルト伯爵。ラウル殿下の生母マルガレーテの父親である。すぐさま、同じくラウル陣営に属する貴族が同意し、さらに、その発言に、出席者から次々と賛同の声が上がった。
「王族と言いながら、真実は穢れた平民の血を引く者。殿下などと呼ぶに値せぬ」
「確かに。では、どう呼べばいい? 呼び捨てか?」
「王族を僭称するのは冒涜の極み。まさに逆賊。『逆賊ラキウス』でいいのでは無いか?」
「それはいい。謀反人の娘を嫁にしている男には相応しい呼び名だな」
男たちは、ラキウスを王族として認めたのが、他ならぬ国王であるドミティウスであることを忘れたかのように語り続ける。国王の決定を認めない自分達こそが逆賊なのでは無いかなど思いも至らないらしい。彼らのラキウスへの誹謗中傷はエスカレートしていった。
「謀反人の娘だけではありませんぞ。秘書官も補佐官も女。妻一筋と言っておきながら実は女好きなんでしょう」
「聞くところによると全員、王立学院のクラスメートだそうです。何でもクラスメートの女子生徒4人のうち、3人食ってしまったとか」
「いやいや、もう一人も食ってしまってるかもしれませんぞ」
「違いない」
根拠も無い、下種な想像を前提にした誹謗。彼らがそれで盛り上がるなか、慎重な声も出た。
「しかし、その中にカーライル公爵のご令嬢が含まれているのは無視できない事態ですぞ」
「確かに。それに義父となる辺境伯の軍事力は強力極まりない」
「何より奴のバックにはラーケイオス様がいらっしゃる。お披露目の場でのリアーナ様の態度も見ただろう。竜王様を敵に回せば、到底我々に勝ち目は無い」
ここに集まっているのは、反ラキウスで利害の一致する者たち。彼を蹴落とすためには手段は選ぶまい。しかし、同時に、彼我の戦力差を痛感しないではいられない。
王国宰相を取り込み、国内最大の軍事力を誇るフェルナシア辺境伯を義父に持ち、さらには国家をも凌ぐ力を有する竜王すら従える男。そんな男を相手に、どう戦えばいいのか。皆が一様に下を向く中、軽い声が響いた。
「おやおや、皆さんどうしたのですか? 王国の有力貴族が集まっていると言うのに、あんな成り上がり一人に打つ手なしですか?」
挑発するような発言をした男は神官服を着ている。王都の神殿長を補佐する5人の司祭の一人だった。一方、それを聞いた貴族たちは苦々しい顔を向けている。
「そうは言うがな。我々が悩んでいるのは神殿のせいでもあるのだぞ」
「そうだ、リアーナ様があそこまで露骨に贔屓する姿勢を見せているのだ。ラーケイオス様の意を酌んだ巫女の判断に逆らえる者がそうそういるものか」
「神殿長はリアーナ様を止めようとはしなかったのか?」
次々に上がる恨み節に司祭は肩をすくめる。
「そうは言いましても、リアーナ様は神殿長の部下ではありません。彼女は神殿の序列から離れた象徴的存在。彼女に命令などできる人間は神殿関係者にはおりませんよ」
「そう言って責任逃れをしようと言うのか?」
「まあまあ、お待ちください。彼女が神殿の序列に縛られない以上、神殿側も彼女の考えに縛られる必要は無いわけです」
彼の一見無責任な発言に貴族側から怒号が飛びそうになるが、司祭はそれを制止すると、切り出した。
「実は今、ラキウス様、ああ、逆賊ラキウスと呼ばねばいけないのでしたか。その逆賊から、神殿側に、協力無用だという話が来ているんですよ」
「は? どういう事だ?」
「かの御仁は、神殿の協力で王になったという印象を持たれると困るようですよ。神殿側に恩を売られて余計な権力を持たれるのは困る、と言うことのようでして」
「そ、それで神殿側はどうするつもりなんだ?」
期待に満ちた問いに、司祭は大仰に答えを返す。
「もちろん、そこまで言われて神殿も協力する義理もありませんよ。昔から、かの逆賊は神殿の意図に従おうとしていませんでした。結婚式も龍神神殿では無く、海神神殿で挙げてますし。我々としても、勝手にしろ、となりますね」
「しかし、リアーナ様やエヴァ様が個人的に協力すると言うことは無いのか? 神殿の序列から離れているのだろう?」
「いいえ、リアーナ様はともかく、エヴァ様は神殿の決定に逆らえませんよ。でも、そんなことに関係なく、お二人には、いいえラーケイオス様も含めて手出ししないようにしてもらいます。何しろ、それが、先方の希望なのですからね」
その話に、皆が希望を取り戻したように上を向く。
「ラーケイオス様が手を出さないのであれば、勝機があるかもしれない」
「確かに。竜の騎士とは言え、数の力で押しつぶせば」
「なるほど、しかし、どうやって彼をそのような状況に持って行く? 流石に王都の中や近郊ではことが明るみに出てしまう可能性もある」
一縷の望みが出てきたが、条件を満たす方法が見つからない。彼らは助けを求めるように、この会合の呼掛け人に目を向けた。
「何か手はありますでしょうか、テオドラ様?」
これまで一言も発すること無く、上座から眺めていた彼女の口角が釣り上がる。視線を向けていた全員がぞくりと寒気を催してしまうような笑顔。
「ええ、実はもう手を打ってあります。彼を遠征に引きずり出す方策をね。準備には数か月かかるでしょうから、その間、皆さんは軍備を整えておいてください」
おお、と、安堵と感嘆の混じった声を上げる貴族たちに、テオドラは計画を話していく。それを聞いていた貴族たちの顔は喜色に染まるのだった。
「流石、テオドラ様。平民上がりの小僧などとは違う」
「ぜひ、ラウル殿下と共にこの国をお導き下さい」
口々にのぼる賞賛の声の中、彼女はその笑みを深くすると告げた。
「フフフ、お従兄様は私を仲間だと思ってますからね。その甘さを思い知らせて差し上げましょう!」
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