第29話 竜の騎士の真実

 震える手で、その掌に収まるほどの石を拾い上げる。それはおそらく、アデリアの依り代だったもの。この世界で彼女の存在のよすがとなったもの。


 今はただの石となってしまったそれを、強く、強く抱きしめる。400年の封印の果てに魔族と融合してしまった、かつての大聖女。その想いに応えることは出来なくても、幸せになって欲しかった。こんな結末なんか、望んでいなかった。彼女の最期の言葉が頭の中で木霊する。「忘れないで」と言った言葉が。……こんなの、こんなの、忘れられるわけが無い!


 そんな思いを逆なでするような声が響く。全てを見下し、侮蔑するような声。それは彼女の創造主のはずの男の声。


「ほう、次はこの男に融合したのか。まあ、力だけのようだが。面白いね。予想外のことばかりだ」

「黙れ!」


 沸々と怒りが湧いてくる。仮にも創造主だと言うのなら、自らが生み出した存在への愛は無いのか? 慈悲は無いのか?


「黙れぇーーーーっ!!」


 怒りのままに殴りかかる。当然、そんな攻撃など当たるはずも無い。ひょいと身をかわした魔王は侮蔑の表情を隠しもしない。


「無様だな。たかが女一人死んだくらいで我を失うか」

「たかがだと⁉ ふざけるな! 大切な友人が死んだんだぞ!」


 だが、そんな言葉など通じるはずも無かった。セラフィールはただ肩をすくめただけ。


「理解不能だな」

「ああ、そうだな。お前は魔王だからな。人間の心などわからないんだろうよ。この、人でなしが!」


 感情の赴くままに叩きつけた言葉。それにセラフィールは一瞬、虚を突かれたような顔をしていたが、次の瞬間、哄笑した。


「人間? 人間だと? こいつは傑作だ。お前は自分が人間だと思っているのか?」


 突然の言葉に理解が追い付かない。こいつは何を言っている? その、呆然としていたのだろう、俺の顔を見て、彼の口角がさらに吊り上がる。


「お前は不思議に思わなかったのか? 常人とは違う自らの在り様に。そこな竜も含め、お前たちアースガルドの眷属たちの力が、自然の摂理から外れていることに。当たり前だ。お前たちもまた、魔族なのだからな!」

「俺達が魔族だと?」

「アースガルドが何者か知っているか? 地母龍などとバカバカしい。彼こそは余と同じ魔王! 遥かな昔にこの世界に渡って来た魔王なのだ。お前たちは魔王アースガルドによって紡がれた魔族。人間などでは無い!」


 ───確かにその可能性は考えていた。かつて、魔族とは何者かを問うた時に。魔法術式が送られてきて、この世界の何かを依り代に実体化する、そうした魔族の在り方と、精神だけがこちらの世界に送られて、人間の赤ん坊に化体した自分は同じでは無いかと。その直感が正しかったと言うことか。だが、そこに横から反論が飛んだ。


「嘘よ! だって私たちが魔族なら、光属性魔法が効くはずが無い。私たちは普通に治癒が出来るわ。これをどう説明するつもりなの⁉」


 その声はエヴァだった。そう、彼女もまた、俺同様、異世界からの転生者。俺が魔族と言うのなら、彼女も魔族だと言うことになる。だが、確かにおかしい。魔族はアデリアのような例外を除き、光属性魔法を使えないし、そのアデリアですら治癒は効かなかった。だが、その指摘を受けても、セラフィールの表情は変わらない。


「それは、その光属性魔法とお前が言う白き魔法が、アースガルドによって創られた魔法だからだ。他の魔族を攻撃し、自らの眷属を癒す特殊な魔法。あいつは、この地に逃げ去った後、余が追いかけてくることを想定して、対抗するための魔法や新たな魔族を生み出した」


 そう言うと、エヴァに向けていた視線を俺に戻す。


「そして、お前こそはその極致。お前が纏う黄金の魔力、それが何の魔力か、お前は知っているか?」


 質問の意図がわからない。黄金の魔力、それは竜の魔力では無いのか? 


「黄金の魔力、それこそは魔王の力。魔族を統べる力。お前は、魔王の魔力の受け皿として創られた特殊な魔族なのだ」

「魔王の力……だと?」


 それは、ある意味、魔族と言われたことよりも衝撃だったかもしれない。竜の騎士の力は魔王の力。だとしたら、俺が良かれと振るってきた力は魔王のもの───


「しっかりしなさい、ラキウス!」


 そこに凛とした声が響いた。それはまたしてもエヴァの声。


「こんな奴に言いくるめられてどうするの⁉ こいつは嘘は言ってないかもしれない。でも、全てを語ってもいない!」


 ほぅ、と面白そうに顔を歪めるセラフィールを一瞥し、彼女は再び俺を見る。その強い意志を宿した視線が俺を射抜く。


「覚えてる? こいつはアデリアに言ったのよ。『まさか人間の魂そのものを取り込むとは思わなかった』って。でもリュステールが取り込んだアデリア様は私と同じ転生者。こいつの理屈ならアデリア様も魔族だったはずなのに。だから、たとえ私たちが魔族だとしても、そうだとしても、魂は人間だってことよ! 魔王に編まれたわけじゃ無い!」


 そうか、そう言うことか。たとえこの身が魔族だとしても、編み込まれた魂は人間のものだ。恐らくはこの世界の人々では使えない魔法を使うことのできる魂を他の世界から呼んで、この世界の肉体に魔力で結び付ける。それは確かに純粋な意味で人間と言えないのかもしれない。魔族なのかもしれない。だが、魂が人間なら、その意志は、その振舞いは、人間のものだ。


「ああ、お前の言うとおりだ、エヴァ。俺たちは人間だよ。魂が他の世界から呼ばれただけの人間だ」


 そうだ。それに、たとえ俺が人間で無いとしても、こんな俺の在り様も含めて、全てを知ったうえで、俺を好きだと言ってくれる人がいる。俺は俺だと。何も変わらないと。俺はその愛する人の言葉をこそ信じる。ぽっと出の魔王の言葉など、知ったことか!


 セラフィールを睨みつける。だが、その顔に張り付いた嘲笑が消えることは無い。


「まあ良い。汝等うぬらが何者であるかなど、余にとっては毛ほどの価値も無い。かかって来るが良い。勝てると思うのならな」


 せせら笑いと共に彼は再び、空へと浮かび上がった。その姿から伺えるのは、余裕。それは圧倒的強者という実力によるものだけではあるまい。本体を次元の彼方に隠し、この世界の自分がどれほどの攻撃を受けても死ぬことなど無い、その絶対の自信がもたらしているものだ。


 アデリアが命と引き換えに俺にくれた力、それにより、俺は空間転移などなら可能になっている。それがわかる。魔力もけた違いに大きくなった。だが、それでも、次元の向こうには手が届かない。狭間には行けても、その先には行けないのだ。どうすればいい? どうすれば、次元の彼方にいるあいつの本体に攻撃を届かせられる? このままでは、アデリアが死の間際に見つけてくれたあいつの本体を、そして恐らくは弱点を叩けない。


 その時、天啓のごとく閃くものがあった。急いで自分の腰に付けたカバンの中を漁る。その中にそれはあった。


「ああ、エルミーナ。君はやっぱり、俺を助けてくれるんだな」


 そこにあったもの。エルミーナが遺してくれたもの。彼女の生きた証。それは、次元を超える魔法のスクロールだった。



========

<後書き>

次回は第7章第30話「開け、次元の扉!」。お楽しみに。

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