2.優しい少女たち

 私、ノアは貧乏農家の三女として生まれる。物心着いた時には私は前世というものを思い出すことができた。地球というところで生まれ、平凡な子供時代を経て大人になり、それから働いていた日々。


 自分がなんらかの原因で死に、異世界転生を果たしたみたいだ。まさか、こんなことが自分の身に起ころうとは思ってもみなかった。前世では黒髪、黒目だったけれど、今世ではセミロングの水色髪に青い目をしている。


 前世の記憶が体に馴染んだ頃、ふと思う。前世の知識を生かして貧乏農家から何かに成り上がることができるんじゃないだろうか? そしたら、この貧乏生活ともお別れだ。


 日々、どうやって成り上がろうと考えていた頃、私に転機が訪れる。六歳の頃、私を養いきれなくなった両親により召使いとして商会へ売られることになったのだ。


 この商会で前世の記憶を使い、異世界にはない商品を世に送り出したら、きっと自分は出世するかもしれない。希望を胸に商会に売られた私を待っていたのは、召使いとは名ばかりの酷い扱いをされる奴隷だった。


 仕事ができなければ殴られ、仕事ができても殴られ、給料も支給されない中で朝から晩まで誰よりも長く働かされる。私が描いていた未来は欠片も存在しなかった。


 そんな絶望の日が四年間も続き、私はほとんどの意欲を削がれて、言われるままに働く奴隷に成り下がる。そんな時に起こった魔物の暴走は私の二度目の転機となった。


 ご主人様たちはオークの群れに襲われて生き残れなかったけど、幸運にも私は生き残る。必死で町の中を駆け抜け、魔物のいない門を潜り、町の外まで脱出することができた。


 私は今、町を出た人々の列の中にいて、道を進んだ先にあるハイベルクという町に移動中だ。そこに行けば助かる、ということでもない。ただ、町があるからそこに逃げたいだけの列だ。


 かくいう私も町を出たもののどうしていいか途方に暮れて、無意識に列に入って歩いているだけだ。突然手に入った自由にどうしていいか分からず、とりあえず私もハイベルクの町に向かっている。


「そうだ、もうご主人様はいなくなったんだし、私は自由だ。なんだってできるんじゃない?」


 ふと、そんなことを思った。そうだよ、私を拘束していたご主人様はいなくなった、となれば後は私のやりたい放題じゃないか。そう考えると、体中から元気が溢れてくる。


 召使いになってから感じたことのない高揚感が体を包み込んだ。そうだ、これからはなんだってできるし、なんだってなれるんだ。


「私は自由だ!」


 その場で手を上げて叫んだ、私は自由だ! 通り過ぎる周りの人たちが変な人を見る目で私を見るけれど、気にしない。この喜びをどうやって消化しようか悩むくらいに、今の私は喜びで満ち溢れている。


 昔考えた成り上がりなんていう野心はもうない、ただ平穏に暮しているだけで十分に幸せだ。だから、ハイベルクの町に行ったら平穏に暮せるように働こう。きっと町に行けばどうにかなるよね。


 そうと決まったら、荷物のことが気になった。歩きながら固く結ばれた紐をほどいていく。あの時はどうしてもほどけなかったが、落ち着いた今なら簡単に外すことができる。


 体に括り付けられた紐をほどくと、荷物を地面に置いた。何の変哲もないリュック、中には何が入っているのだろう。蓋を開けて中身を見てみると、そこにあったのは大きな肉の燻製だった。


 他にはソーセージ、ベーコン、燻製肉……殆どが肉系の食糧が入っていた。いや、リュックの底を探ってみると、水の入った瓶が何本が出てくる。どうやらこのリュックは料理人が荷物を詰めたみたいだ。


 リュックの両サイドのポケットも探ってみる。右を開けると、小型のナイフが三本入っていた。左を開けてみると、何かが入った袋が入っている。袋を取り出して開けてみると中からはお金が出てきた。やった、先立つものができた。


 食糧、ナイフ、お金か。幸先がいいんじゃないかな、これだけあれば町まで歩いていけるし、町に行った後はこのお金を使って必要なものを買い足すことができる。


 リュックを閉めてもう一度背負い直すと、再び歩き出した。荷物は重いがこれを手放したら町まで辿り着けないと思う、疲れた体に鞭を打つように私は歩き出す。


 ◇


 町を離れて一日が経過した。重たい荷物を背負って歩く足はフラフラで今にも倒れそうだ。それでもなんとか力を振り絞って前へと進んでいく。


 私の後ろから追い抜いていく人はみんな知らん顔で進んでいく。分かってる、みんな自分のことで精一杯だっていうことは。私も自分のことは自分でやらないと、ここで立ち止まったらダメだ。


 フラフラになりながら歩みを進めていく。その時、小さな石に躓いてしまい倒れてしまった。


「いたっ」


 倒れた私に手を貸してくれる人なんていない。みんなが素通りしていく中、私は起き上がろうと地面についた手に力を込めた。すると、スッと手が差し出される。なんだろう、と顔を上げてみるとそこには少女がいた。


「おい、大丈夫か?」

「立てますか?」


 長い黒髪を一本で束ねた狼獣人と、肩を越すくらいの金髪をした人間の女の子が話しかけてきた。まさか、気を使ってくれる人がいたなんて……驚いて固まってしまう。


「おーい、何か返事をしろー」

「どこか怪我でもされましたか?」

「あ、いえ……ありがとう」


 なんとか体を起こして地面に座る。


「大変、手のひらと膝に怪我をしていますね」

「え、あぁ」


 見てみると手のひらと膝から血が滲んでいたのが見えた。どうしよう、こんな状態で歩けるかな?


 すると、金髪の子がしゃがんで来た。


「怪我を治しますね」

「えっ?」


 私が驚いている間にその女の子は手のひらと膝に手を掲げた。そして、目を瞑ると温かい光が手から発せられる。その光は私の怪我にまとわりつくと、痛みが引いていくのが分かった。


 しばらくすると、本当に怪我が治ったみたい。すごい、回復魔法なんて初めて見たよ。


「はい、これで怪我が治ったと思います」

「あ、怪我を治してくれてありがとう」

「いえいえ、困った時はお互い様ですから」

「そうそう、そういうこと。というわけで、疲れているなら荷物を少しの間背負おうか?」


 狼獣人の子がリュックを取り、勝手に背負った。


「そんなことさせられないよ。そのリュックは私のものだし」

「いいから、いいから。後ろから見てても危なっかしかったもんな」

「奪ったりはしませんから、安心してください」

「さぁ、歩くぞ! 次の町まではまだまだ時間がかかるからな!」


 元気のいい狼獣人の子はサクサクと歩いていき、その後を金髪の子がついていく。私も遅れないように、と二人についていった。


「荷物を持ってくれてありがとう、重くない?」

「ちょっと重たいくらいかな。まぁ、獣人だからこういうのは得意さ」

「クレハは肉体労働とか得意ですからね。あ、この狼獣人の子の名前はクレハです。私の名前はイリスです。二人とも十歳です」

「あ、私の名前はノア、同じく十歳。ところで、二人だけなの?」


 辺りを見渡しても、この子たちの両親は見当たらない。


「あぁ、ウチらは孤児院の子だからな」

「他の子たちはバラバラに逃げちゃったから、どこへ行ったか分からないんです」

「そうなんだ、災難だったね」


 そうか孤児院の子たちだったのか、そういうことなら親がいないのも頷ける。ということは、この二人で孤児院を脱出してきたんだね。


「そういうノアは?」

「私は商会に売られた召使い。今回のことで商会の人たちとは縁が切れて、一人になったの」

「そう、ノアも大変だったんですね」

「命があっただけ良かったな!」


 そうだよね、命があっただけでも良かった。遅れるのがもう少し遅かったら、きっと私も魔物の群れにやられていたんだと思う。


「みんな、頼る人がいないみたいですね」


 しんみりとイリスがそんなことを言った。確かにもう頼れる人はいない、自分の力でどうにかしないといけない訳だ。


 ちょっと雰囲気が重たくなったな、そう思っていたらクレハがとびっきり明るい笑顔を浮かべて話しかけてくる。


「それじゃあ、ここにいる三人で協力しあって生きていかないか?」


 三人で協力?

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