95.魔法をかけたリュック(2)

「じゃあ、ノアのリュックを使わせてもらいますね」

「今日はオークを期待しててくれよな!」

「うん、期待しているよ。いってらっしゃい!」


 宿屋の前で二人をお見送りすると、二人は元気よく魔物討伐に向かっていった。今日はオークと戦うのか……以前見たオークの姿を思い出して身震いをしてしまう。


 あんなに怖い魔物と戦えるなんて、二人は凄く強いんだな。流石、勇者の卵と聖女の卵だ。私は賢者の卵だけど、魔物と戦ったことがないからなぁ。


 私はそのまま家に帰った。そして、家畜の世話をして、一人で収穫できる程度の農作業をする。その間も考えることは、オークと戦っているだろう二人の無事だ。


 どうか、二人が無事に帰ってきますように。時々、手を止めては手を合わせて心から願った。危険なところで頑張る二人を安全な場所から待っているだけってこんなにも辛いことなんだな。


 まだ、子供なんだし無理はして欲しくなかったけど、二人が決めたことだもんね。だったら、私はどっしりと構えて二人を応援するだけだよね。うん、心を強くもとう。


 農作業をして野菜を納品、今日の夕食の食材を買うと家に帰ってくる。パンを焼き、夕食の下ごしらえをした。暗くなる前に放牧していた家畜を小屋に戻す、その頃になると外はかなり冷え込んでいる。


 そろそろ暖炉に火を点ける頃だろうか。近くなる冬を感じながら、家の中で二人が帰ってくるのを今か今かと待ち続けた。


 そして、家の扉が開いた。


「ただいまー!」

「ただいまかえりました」

「お帰り、二人とも」


 ようやく二人が帰ってきた。無事な姿を見てホッと一安心すると、二人に近寄って洗浄魔法をかけて綺麗にする。


「聞いてくれ、ノア! ウチら、とうとうオークを倒したんだ!」

「本当に? 凄いね!」

「大変な戦闘でしたけど、なんとか勝てました」


 本当にオークと戦ったんだ。あんなに大きな魔物だから、倒すのは大変だったろうに。すると、クレハはリュックを下ろして開けた。


「こいつが仕留めたオークだ!」


 リュックの中からオークを取り出した。家の中で横たわる大きなオーク、ピクリとも動かないから死んでいることが分かる。


「うわぁ、これがオークなんだね」


 凶悪な顔を見て怖気づいてしまいそうだ。こんなのと二人が戦っていたなんて、本当に二人は凄いなぁ。


「二人とも、お疲れ様! こんなに大きなオークを倒してくるなんて、凄く驚いたよ!」

「へへっ、どんなもんだい!」

「二人で頑張りました」


 二人を褒めると、二人はとても嬉しそうに答えてくれた。


「本当はあと二体も倒したんですが、それは家に持って帰らずに売ってきました」

「そうそう、リュックからあんなに大きなオークを出したから、みんな驚いていたんだぞ!」

「ということは、こういう機能があるリュックっていうのは他にはないのかな?」

「いいえ、みなさんがいうにはマジックバッグ、という品物らしいですよ」


 へー、この機能がついたものってマジックバッグっていうんだね。といことは、この世に存在するものか。初出のものじゃなくて良かった、そしたらもっと大騒ぎになっていたはずだから。


「ウチらがオークを倒したことよりも、このリュックに大騒ぎしていたんだ。やっぱり、このリュックは凄いものなんだな」

「周りの人に色々と聞かれましたので、ノアが作ったことを教えてきました」


 あー、素直に答えちゃったってことか。でも、そうでも言わなきゃ二人が質問攻めになっていたかも知れないし、仕方ないよね。


「私が作ったことをいうと、どんな反応をしていた?」

「みんな、驚いていました。ノアが作れるようになるのを、信じられないような顔をしていましたね」

「とにかく、みんな驚いていたんだぞ」

「私に同じようなものを作って欲しい、ていう人はいなかった?」

「うーん、そういう人はいなかったですね。なんでも、物凄く高いらしいから気軽に頼めない、て言ってました」

「どのくらい高いんだろうな」


 そっか、マジックバッグは高い物なんだ。一体、いくらぐらいするものなんだろうか? 気軽に頼めないって言ってたから、相当な金額になるんだろうな。一財産が出来るほどだったりして。


「詳しい話は食べながら聞くとすると。二人とも疲れたでしょ、今日は焼きたてパンに作りたての料理だよ」

「時空間魔法の時間停止を使ったんですか?」

「うん、そうだよ。おかげで、直前に作らなくても良くなったんだ」

「出来立てのものが食べられるのは嬉しいぞ!」


 二人に席につくように促して、私たちは夕食を食べ始めた。


 ◇


「イリスがオークの足に魔法の弓矢を打ったんだ。オークが膝をついている間にウチがトドメを刺したんだ」

「武器を振り回して危険だったので、動きを止めたほうがいいと思って足を狙ったんです」

「へー、二人で連携をしながら戦っていたんだね」


 食事も終わり、私は二人の魔物討伐の話を聞いていた。オークとの戦いは本当に大変だったみたいで、イリスの機転があったお陰で勝てたように思えた内容だ。


 話を聞いてハラハラしたけれど、こうして無事に帰ってきているから本当に良かった。話に聞くところによると、クレハはかなり危険なことをしているみたいで、心配が増してしまったけど。


「クレハはもう少し、状況を確認して的確な攻撃が出来るようになれたらいいね」

「ウチはそういう頭を使う戦いは難しいんだぞ。直感で動いたほうが上手く行く」

「クレハはそればっかりです。でも、そのお陰で助かった場面もありますからね」

「ほら、ウチの直感も役立つな。ウチはウチのスタイルで戦っていくんだぞ」


 自信満々に胸を張ってみせるクレハ。まぁ、怪我のないように動いてくれればいいかな。


「そういえば、持ってきたオークはどうするんですか?」

「明日、解体しようと思っているよ。あと、時間停止の魔法もかけて腐らないようにしないとね」

「あんなに沢山のオークの肉、食べるのが楽しみなんだぞ」

「リュックにも時間停止機能があれば、便利なんですけどね。そしたら、焼きたてのパンを保存出来ますし」


 リュックに時間停止機能? もし、それが出来たら色んな問題が解決するんじゃない?


「イリス、それだよ。リュックに時間停止機能もつけてみようよ」

「出来るんですか?」

「試しにやってみる。テーブルの上を片づけるの手伝って」

「ウチも手伝うぞ」


 使い終わった食器とリュックに入っていたお弁当箱に洗浄魔法をかけて綺麗にすると、食器とお弁当箱を棚に戻す。何もなくなったテーブルの上にマジックバッグ化したリュックを置いた。


「じゃあ、かけてみるよ」


 リュックの入口を開けて、中に手を入れる。そして、リュックの内側から時空間魔法の時間停止の魔法を発動させた。時間停止の魔法がどんどん吸収されて行っている感覚が手から伝わってくる。


 吸収されるまま時間停止の魔法を発動していくと、急に吸収が止まった。発動を止めて、手を引き抜く。


「多分、出来たと思うけど……」

「どうやって確認しますか?」

「うーん、中に氷でも入れてみる?」

「それがいいですね。時間が止まっているんだったら、氷が溶けないはずですし」


 氷を入れて、本当に時間が停止しているのか確認することになった。氷魔法で握りこぶし大の氷を作ると、リュックの中に入れる。


「本当に氷が溶けないのか?」

「時間が停止していたら溶けないと思う」

「成功しますでしょうか?」


 三人で見守り続けてしばらくが経った。


「それじゃあ、氷を取ってみるよ」


 いよいよ、氷を中から取り出す時が来た。恐る恐る手をリュックの中に入れて、氷を意識すると手に氷の感触がする。それを掴んで引き抜き、テーブルの上に置いてみた。


 すると、氷は全く解けていなかった。


「溶けてないですね。ということは、リュックに時間停止機能がついたことになりますね」

「実験は成功だね」

「ということは、どういうことなんだ?」

「リュックに時間停止がついたことで、いつでもどこでも焼きたてのパンが食べられるということになります!」

「焼きたてのパンが食べられるということは、出来立ての肉も食べられるということになるよな!」


 二人は嬉しそうに声を上げた。食事事情が良くなるのは良いことだ、これで私のお弁当にも時間停止の魔法が心置きなく使えることになる。みんなで温かい美味しいお弁当を食べようね。

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