96.時空間魔法の価値

「今日から焼きたてのパンが食べられるなんて、夢のようです」

「ウチも出来立ての肉が食べられるのが嬉しいんだぞ」

「お昼に温かいお弁当が食べられるのはいいね」


 宿屋の食堂を出た私たちは、お昼のお弁当を楽しみにしていた。結局昨日はリュックに時間停止魔法をかけるくらいしか出来なかった。


 二人のリュックに時空間魔法を早くかけたいんだけど、付与するのは少し間を置かないとできないみたい。多分、膨大に魔力を使うから、一日に何度も使えない魔法だと思う。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってくるぞー」

「気を付けてねー」


 二人と別れた私はその足で男爵様の屋敷に行く。新しく使えるようになった魔法の相談をするためだ。きっと男爵様ならこの魔法の活用方法を見出してくれるに違いない。


 期待を胸に男爵様の屋敷へと向かっていった。


 ◇


 男爵様の屋敷に到着すると、執事さんの案内で部屋に通される。


「ノア、久しぶりだな」

「はい、お久しぶりです」


 部屋に通されると、そこは執務室だった。部屋にある向かい合わせのソファーに座り、対面して会話を始める。


「今日はどうしたんだ?」

「実は称号がレベルアップして、新しい魔法を覚えたんです」

「ほう、もう称号のレベルアップをしたのか。それで、どんな魔法を覚えたんだ?」

「時空間魔法です」

「時空間魔法、あまり聞きなれない魔法だな。どんな魔法なんだ?」


 興味深そうに男爵様は聞いてきた。男爵様でも聞きなれない魔法なんだ、結構珍しい魔法なんだね。


「対象物の時間を早くしたり遅くしたり、時間を止められます。あとは新しい空間を作り出すことが出来ます」

「それは凄い魔法じゃないか! 新しい空間を作り出す、というのはどういうことだ?」

「リュックに魔法をかけてみたんですけれど、見た目以上に物が入るようになっていました」

「見た目以上に物が?」


 その時、男爵様の様子が変わった。何か思い当たる節があるのか、何かを考えているように見える。


「例えば、これくらいのリュックにそれ以上大きなオークを入れれました」

「これくらいのリュックにオークをだって。もしかして、それはマジックバッグじゃないのか?」

「はい。みんなの前でオークを出した時にその言葉を言われた、と言っていました」

「まさか、時空間魔法とはマジックバッグの素となる魔法なのか!」


 男爵様はとても驚いた様子で声を上げた。やっぱり、この魔法は凄い魔法だったんだ、男爵様の様子を見て理解する。


「マジックバッグってすごいものなんですか?」

「あぁ、物を沢山入れられるし、入れた物の重量を軽減出来ることも出来る。とても高価なもので、まず一般人は手に入れることは難しいだろうな」

「どれくらい価値のあるものなんですか?」

「そうだな……一辺が十メートルの箱が入る量で五百万エルはくだらない金額だろう」

「さ、五百万エル……」


 マジックバッグってそんなに高いものだったの?


「かなり貴重な魔法らしく、そんなに数が出回らない品物なんだ」

「そうですね、マジックバッグにする時に一日一回しか付与出来なかったです」

「なるほど、貴重な理由はそこにありそうかもな。術師が少ないのもあるが、一日に何度も付与出来るような魔法じゃないということか」


 どうやら魔法自体が貴重なものらしい。魔法が貴重となると、マジックバッグという品物もそんなに出回らない。ということは、この世にマジックバッグは数が少ないということになる。


 よくよく考えてみると、そんなに貴重なものがこんな開拓村にあることが奇跡のように思える。あの二人が話してくれた周りの驚きぶりは素直な反応だったんだな、と思った。


「貴重な魔法を覚えたみたいだが、ノアは今後どんな風に使っていくんだ?」

「えーっと、食事を美味しいままに維持したり、自分の体に付与して働くスピードを上げたりですかね」

「マジックバッグを作って売り出すことは考えないのか?」

「あ、そうですね。その道もありました」


 便利に使うことばかり考えていたから、マジックバッグにして売り出すことをすっかり忘れていたよ。ということは、私が何百万エルするマジックバッグを売ることになるよね。一気に大金持ちになるし、みんなとの生活がグッと楽になる!


 でも、そんなマジックバッグを普通に売っても大丈夫なのかな? そんな貴重な魔法が使えるって分かったら、それを奪いに来る人が来るんじゃ。もしかして、この力は隠したほうがいいかもしれない?


「顔が怖くなっているが、何を考えていた?」

「ちょっと怖いことを考えてました」

「貴重な魔法だからな、狙ってくる人がいるんじゃないか、て心配なんだろう?」

「はい……何かあったら困りますし、この力は秘密にしたほうがいいですよね?」


 かなり便利な魔法だけど、便利だからこそ狙っている人もいると思う。そんな便利な魔法を使えるのが子供だと知られたら、悪い大人に連れ去られちゃうかもしれない。そうならないためにも、この力は秘密にしたほうがいいかもしれない。


 便利だからと言って、そう簡単に上手くいくはずないよね。


「そのことなんだが、俺の寄り親を頼ってみたらどうだ?」

「寄り親ってなんですか?」

「簡単にいうと面倒を見てくれる上の立場の貴族のことをいうんだ。侯爵様なんだが、俺よりも立場がずっと上の人なんだ。そういう人を頼るんだよ」


 男爵様よりも上の立場になる侯爵様を頼るってこと? 本当にいいの?


「侯爵様はな、俺がまだ冒険者だった頃に大変世話になった貴族なんだ。俺が男爵になり、この開拓村を譲り受けた時に色んな援助をしてくれた人でもある。本当に頼りがいのある人なんだ」

「男爵様がお世話になった人に、私なんかがお世話になってもいいんですか?」

「村のことで何か困ったことがあったら頼りなさい、と言われている。今がまさしくその時だと思うんだ」


 私なんかのことで貴族の中でも上の人を頼ってもいいのかな? でも、貴族だからそう簡単な話になるわけないよね。


「でも、そんなことを話したら……良いように使われるだけになるかもしれません」

「確かに便利で貴重な魔法だ、良いように使われるかもしれない。でも、決して悪いようには使わない人だ、それは俺が保証する。今、一番気を付けないといけないのは、ノアを利用しようと企む悪い人から守ることだと思う。その悪い人からノアを守るためには、権力がある人の庇護下に入ることだ」


 侯爵様に使われるか、いつか悪い人に目を付けられるか、どっちかを選ばないといけないのかな。それとも、私が警戒をしすぎなのかな。


「ノアは何が怖いんだ?」

「悪い人に捕まって、二人と別れることが怖いです」

「そうか、ノアにとって大切な二人だもんな、離れるのは嫌だろう。悪い人に捕まるのも嫌だな、怖い思いをするかもしれない。このまま力を隠すことも出来るだろうが、そのリュックが存在する限り全てを隠すことは出来ないだろう」


 あのリュックは二人の魔物討伐が円滑に進むように作ったものだ、今更なかったことには出来ない。今更使わないで魔物討伐に行かせるのも嫌だ。だから、秘密にし続けることは無理だと思う。


 だったら、自分を守る手段を手に入れなきゃいけない。悪い人が来たら、自分の魔法で退治すればいい。だけど、それだけじゃ無理な状況になった時が困る。だから、その時の手段があればいい。


「この村に住む人は俺の財産だ。その財産を傷つけたり、奪ったりすることは法に触れることになるだろう。だから、ノアに手出しをしてきた輩がいたら俺の力で黙らせることが出来る。俺もノアを守ったりすることが出来る」

「男爵様が守ってくれるんですか?」

「あぁ、この村にそういう輩が出た時は俺を頼るといい。全力で不届き者を退治してやろう」


 この村にいる限りは男爵様の力で守ってくれるんだ。それを聞けて、少し安心した。


「時空間魔法を活用するには、俺の力じゃ足りないと思う。その魔法を生かすために、侯爵様に頼るんだ。決して悪い人じゃないから、そこは安心してほしい。きっと、ノアの時空間魔法を良いように扱ってくれるだろう」

「私の時空間魔法を活用するためは侯爵様の力が必要なんですね」


 便利で貴重な魔法だ、扱い方を間違えば大変なことになるだろう。だったら、この力は扱い方が分かった人に使ってもらった方がいいかもしれない。


 そして私は、この魔法を使って少しでも生活を楽にして三人の暮らしを良いものにしたい。だったら、一歩踏み出すべきだ。


「男爵様、どうか私に力を貸してください。この魔法の力を正しく使いたいです」

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