37.天然酵母のパン作り

「今日は野菜を育てたよ。収穫、よろしくお願いします!」


 畑のお手伝いにきた農家の人たちに一言をいうと、農家の人たちは返事をしてそれぞれの仕事を開始した。私もその中に混じり、野菜の収穫を始める。


「そういえば、そろそろ収穫できる野菜ってありますか?」

「おお、あるよ。えーっと野菜は……」


 農家の人たちの収穫に合わせて、私の野菜を作るのを止める。そろそろ、止めた方がいい野菜もあるみたい。


「あと、どれくらいですかね」

「二週間っていうところだな」

「それじゃあ、コルクさんに言って、収穫がかぶりそうな野菜は作らないようにしますね」

「そうしてくれると助かるよ。俺たちが作ってない野菜はバンバン作っても構わないからな」


 こういった相談はしっかりとしたほうがいい。収穫が被って売れなくなったら大変だから、農家の人たちとのコミュニケーションはとても大事だ。


 農家の人たちと話しながら収穫をしている時、パンのことも考える。フワフワのパンを作るにはドライイーストが必要なんだけど、きっとこの異世界にはない。ということは、ドライイーストの代わりとなるものを作らないといけない。


 代わりになるもの、それは天然酵母。果物を水に入れて発酵させて作るものだ。それを作ってパンに混ぜこめば、フワフワパンが出来上がると思う。私がしないといけないのは、果物の入手だ。


「あのー、果物を栽培している農家ってあるんですか?」

「果物はいないなー。食べたかったら森に自生しているものを探してみるしかないな」


 そっか、こんな小さな村じゃ日々の野菜ばかりになっちゃうよね。果物がないとなると、森に探しに行くしか……いや、植物魔法がある! 植物魔法で果樹を育てればいいんだ。


 そうと決まればコルクさんのところに言って、果物の種がないか聞いてみよう。


 ◇


 野菜の収穫を終えた私たちは作物所のコルクさんのところへ言った。作った野菜を納品して清算が終わり、他の農家の人たちが帰ると早速話を切り出した。


「果物の種? あぁ、もちろんあるぞ」

「本当!?」

「あぁ、でもどの果物が良いんだ?」

「そうだなぁ……ブドウとかがいいかな」

「ブドウだな分かった、ちょっと待ってろ」


 店の奥に移動をしたコルクさん。しばらく待っていると、小さな袋を手にしたコルクさんが戻ってきた。


「ほらよ、ブドウの種だ」

「ありがとう。おいくら?」


 ブドウの種の代金を支払い、作物所を後にして雑貨に行った。雑貨屋では蓋つきの瓶を一つ買って、店を出た。


 石の家に帰ってくると、荷車を置いてブドウの木を生やす場所を選定する。どこがいいかな……畑は今後広がる予定があるから、離れた場所にブドウの木を生やそう。


 場所が決まると、その場所の地面を地魔法で耕して種を植える。そして、地面に手をつくと魔力を高めていく。


「植物魔法!」


 いっきに魔力を解放すると、種に魔法の魔力が入っていく。種は芽になり、小さな木になり、大きな木になった。もっと力を注いでいくと木にブドウの花が咲いた。そこで植物魔法を一旦止める。


 今度は花の咲いたブドウの茎を手で摘まみ、そこから植物魔法をかけるつもりだ。そうすると、必要な分だけ実をつけることができる。使いたい時、食べたい時にブドウの実に成長させればいい。


 一房に植物魔法をかけると、ブドウの花は緑色のブドウの実になって膨らんでいく。膨らんでいくと今度は濃い紫色に色づいていき、完熟した。これでブドウの完成だ。


 出来上がった房を風魔法で切ると、手の中に重いブドウが落ちてきた。どんな味がするんだろう、食べてみよう。一粒手に取ると、皮を剥いで一口で食べてみる。


「甘ーい」


 ブドウの甘味が口いっぱいに広がって、幸せな気分になる。その美味しさにもう一粒、もう一粒と食べてしまった。いけない、これは天然酵母に使うものなのに。五粒食べたところでなんとか止められた。


 出来上がったブドウを持って、今度は石の棚のところまで行く。棚にあった皿の上にブドウを置くと、今度は鍋と買ってきた瓶を手にして焚火に近づいていく。


 焚火に火を点けて、鍋の中に魔法で水と瓶を入れる。それから、鍋を火にかけて買ってきた瓶と蓋を煮沸していく。これで瓶や蓋についた菌を滅菌するのだ、酵母作りには欠かせない作業だ。


 洗浄の魔法で綺麗にすることも考えたけど、洗浄で付着した菌が取れない可能性があったので煮沸にした。洗浄ってどこまで綺麗にしてくれるか分からないよね、菌も滅菌してくれているのかな?


 そうこうしている内に水が沸騰して、グツグツと煮出し始めた。しばらく煮出すと、鍋を焚火から外してお湯と瓶と蓋を冷ます。冷ましたら、瓶の中に入っているお湯を捨てて、乾燥の魔法で瓶と蓋を乾かした。


 これで下準備の完了だ。早速天然酵母づくりを始めよう。まずブドウを房から取って、綺麗に水で洗って水気を乾燥させて取る。綺麗になったブドウを瓶の中に半分入れて、その中にブドウが被るくらいの水を入れて蓋を占める。


 これで終了だ。あとは適切な常温で放置して、一日一回中身を揺すれば数日で完成となる。天然酵母づくりって意外と簡単なんだよな。ただし、他の菌が絶対に混ざっちゃダメだからそこと、気温管理は気をつけなきゃダメ。


 フワフワパンはまだ食べられないけれど、食べられる日が楽しみだ。


 ◇


 その後、天然酵母は注意深く観察をして発酵をした。最後に石の冷蔵庫で一日休ませると、天然酵母の完成だ。これでフワフワパンが食べられる! 早速作ってみよう。


 新しく作った石のボールの中に小麦粉、塩、天然酵母を入れてよく混ぜる。粉気が無くなってくると、ボールの中で丸めて置いておき、濡れた布をかぶせて一次発酵。


 そろそろ一次発酵が終わる頃かな? 濡れた布を剥がし見ると、パンの種は見事に膨らんでいた。天然酵母がしっかりと成功していた証だ、やったね!


 成功を知るとやる気が出てくる。パン種を十二分割にして丸めると、石の板の上に並べておく。その上に濡れた布を被せて、二次発酵。その間に石窯の準備を終わらせておく。


 二次発酵が終わったパンはふっくらと膨れていて、これだけでも美味しそう。次に石窯の中に石の板を入れて、地魔法で石の壁で出入口を封鎖する。パンが焼けるまで十数分、どうか上手に焼けますように。


 石窯の前で待っていると、香ばしい匂いが漂ってきた。もういいかな? 石の壁を解除して中を見てみると、ふっくらとしたパンが焼き上がってきた。


 木の枝でパンを一つずつ取り出していき、ツタの籠の中にパンを入れていく。全部入れて、粗熱を冷ます。


 一つ、味見をしてみよう。パンを一つ手に取ると、指でパンを押してみる。いつも食べているパンに比べるとフワフワとしていて、とても食べやすそうだ。


 パンに指を差し込んで、両側に割いてみる。


「うわっ、柔らかい」


 思わず声を出してしまうほどに柔らかかった。割いたパンの中身は前世で見たパンにそっくりだ。恐る恐る割いたパンを口に入れて噛んでみる。フワッとした感触がして、簡単に噛みちぎれた。


 噛む力はそれほど必要じゃない、今までのパンと比べると本当に柔らかい。ということは、天然酵母を使ったパン作りは成功した。


「やった、これであの二人にも柔らかいパンを食べてもらえる」


 二人にはもっと美味しいパンを食べさせることができる、それがとても嬉しい。このパンを食べて二人がどんな反応をするのか、とても楽しみだ。

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