38.天然酵母のパンを食べよう

 夕方になると、魔物討伐からクレハとイリスが戻ってきた。


「ただいま~。ノアー、氷水をくれー」

「ただいま帰りました。私にも氷水をください」

「はい、どうぞ」


 夏場の定番となった氷水をコップに入れて手渡すと、二人は凄い勢いで飲み干した。


「プハー、生き返るー」

「はー……ホッとします」


 疲れた体に冷たい水が沁みるみたい。二人からコップを受け取ると、再度氷水を出して石のテーブルに並べた。


「今日の夕食はなんだ?」

「オーク肉の野菜炒めと天然酵母のパンだよ」

「てんねん、こうぼ? って、なんですか?」

「パンをフワフワにしてくれる酵母だよ」

「パンがフワフワ?」

「フワフワってなんだ?」


 二人とも不思議そうな顔をして、首を傾げている。天然酵母って聞きなれない単語だから、その反応は仕方がない。


「まぁまぁ、食べてみたら分かるから。とりあえず、洗浄をかけるね」


 二人に洗浄魔法をかけると、席に座らせた。私は石の棚から皿を取り出して、鉄板の上で保温しておいたオーク肉と野菜を皿に盛り付ける。皿をテーブルに置くと、石の棚に置いておいたパンが入ったツタの籠をテーブルの上に置いた。


「これが天然酵母のパンですか? いつものパンに比べると大きい感じがしますね」

「天然酵母を入れると大きくなるのか?」

「そうだね。パンの中に空気の層ができるから、そのお陰で膨らんでいるんだよ。量は今まで食べていたものと変わらないはず」

「不思議ですね、量は変わらないのに大きさが変わるなんて」

「話はいいから、早く食べてみようぜ!」


 パンを観察しだすイリスにクレハは待ちきれないとばかりに催促をした。イリスもその言葉に頷き、観察する目を外す。


「「「いただきます」」」


 まず、みんなでパンを手にする。


「あ、柔らかいです!」

「持っただけで潰れそうだぞ!」

「いつもとは違うでしょ」


 二人とも手にパンを持っただけで違いが分かったみたいだ。二人ともパンを指で押して柔らかさを確認している。


「こんなパンは初めてです。いつもは固いパンでしたが、これは全然違いますね」

「このパンはどうなっているんだ? その天然酵母っていうのが入っているから、こうなったんだよな」

「とりあえず、手で割いてみてよ」


 二人は恐る恐るパンに指を差し込むと、簡単に指を入れることができた。


「うわっ、なんだこれ!」

「簡単に指が……」

「イリス、割いてみようぜ」

「うん」


 真剣な顔つきになった二人はパンを二つに簡単に割いた。


「柔らかいです!」

「柔らかいな!」


 二人は声を上げて驚いて顔を見合わせた。そうでしょ、そうでしょ、驚いちゃうでしょ。柔らかいパンを初めて手にした二人の反応が良くて笑いそうになる。


「そのままかぶりついてみなよ。柔らかいから噛みちぎれるよ」

「普段であれば一口サイズに千切って食べてましたが、このパンだとそういうことができるのですね」

「やってみようぜ、イリス」

「はい!」


 二つに割いた内の一つを口元に寄せると、二人が豪快にパンにかぶりつく。


「「!?」」


 その瞬間驚いたように目を見開き、パンを千切る。そして、その顔のままパンを咀嚼して飲み込んだ。


「これがフワフワのパン! 本当に柔らかかったです!」

「なんだこれ、なんだこれ!」


 ふふふ、二人の反応が想像以上で面白いし嬉しい。二人はパンをどんどん食べ進めて、あっという間に一つのパンを食べ終えてしまった。すると、二人が放心状態になる。


「「……」」

「二人ともー、正気に戻ってー」


 二人の肩を揺らすと、ハッと我に返った。


「ノア、すごいです! あんなにフワフワのパンを作れるなんて!」

「あんなの初めて食べたぞ! ノアはなんでも出来て凄いな!」

「フワッとした食感が堪らなく美味しかったです。はぁ……夢心地というのはこういうことなんですね」

「全然噛む力が必要じゃなくてビックリした。魔法みたいなパンだな」


 我に返った二人は凄い勢いで感想を言った。特にイリスの熱量が凄くて、こっちが圧倒されてしまうほどだ。


「気に入ってもらえて良かったよ。これから毎日フワフワのパンを焼くね」

「これから毎日ですか!? これが毎日……そんな天国……」

「おーい、イリス戻ってこーい」


 呆けてしまったイリスの体をクレハが揺するが中々戻ってこない。イリスはパン好きらしいから、気に入ってもらえて本当に良かったよ。クレハは肉の方が好きだし、今は美味しそうにオーク肉を頬張っている。


 イリスを放置して、私とクレハは食事を進めていった。


 みんなの食事が終わり、自由時間を経て、私たちは寝ることになった。


「はぁ……今日のパンが明日も食べられるなんて」


 まだイリスは今日食べた天然酵母のパンに夢心地みたいだ。


「パンを食べてからイリスが可笑しくなったぞ。ノア、どうにかしてくれ」


 そんなイリスを困ったような表情でクレハは見ていた。確かに、この調子が続くのはちょっといただけない。違うパンの話題で話を逸らせないかな。


「柔らかいパンだけじゃなくて、他にももっと美味しいパンを知っているよ」

「どんなパンですか!?」

「バターや牛乳が入って風味豊かなパン、果物のジャムが入ったパン、おかずが入ったパン、砂糖がふりかかったパン。色んなパンがあるんだよ」

「聞いているだけで堪りません。他にも色んな種類のパンがあるんですね」


 イリスは手を胸で組んで、幸せそうに拝んでいる。


「他の美味しいパンを作るためには、もっともっと材料を集めないといけないの」

「なるほど、足りないものが沢山あるんですね。クレハ、明日からもっともっと頑張ってお金を貯めますよ」

「イリスの目が怖いんだぞー」


 あら、変なスイッチを押してしまったみたいだ。メラメラと燃える炎がイリスの後ろから見える。これは私も頑張って新しいパンを焼かないとね。


「明日のためにも早く寝ないといけません。ほら、二人とも寝ましょう」

「うん、おやすみー」

「おやすみ」


 イリスに促されて私たちは寝た。


 ◇


 翌朝、起きた私たちは身支度をして朝食を食べるために宿屋に向かった。いつものように食堂に入ると、冒険者たちが朝食を取っている。軽く挨拶をして席に座ると、すぐにミレお姉さんがやってきた。


「おはよう、三人とも。はい、これが朝食ね」


 すぐに出された朝食は肉野菜入りのスープ、ポテトサラダ、パンだ。小麦と野菜を作ってから、宿屋の食事は見違えるように良くなったな。


「「「いただきます」」」


 手を合わせて挨拶をすると、早速食事を始める。肉と野菜の出汁が良く出たスープを食べ、ポテトサラダを摘まみ、パンを手に取った。家で食べるパンと比べればそれは固い。


「昨日食べたパンと全然違いますね」

「いつも食べているパンなのに、昨日のパンを知っちゃうとな」


 固いパンを手でなんとか千切って、スープに浸して食べる。美味しいはずなのに二人の顔は微妙な顔つきになった。


「スープに浸しても固いものは固いですね。昨日の柔らかいパンとは大違いです」

「可笑しいな、いつも食べ慣れているはずなのに。こっちに違和感を感じるぞ」

「一回柔らかいパンを食べちゃったら、そう思っちゃうよね」


 柔らかいパンを知って、今まで美味しいと食べていた固いパンに違和感を持ち始めたみたいだ。柔らかさが全然違うパンを食べればそう思うのは自然だよね、それだけの魅力をあのパンは持っていた。


「やっぱり、昨日の柔らかいパンが食べたいです」

「ウチもどっちかっていうと、昨日のパンが食べたいぞ」

「何々? 柔らかいパンってどういうこと?」

「わっ、ミレお姉さん急に話に入ってこないでよ」

「ごめんね。でも聞き捨てならない言葉を聞いちゃったから」


 柔らかいパンの話をしているとミレお姉さんが急に話に入ってきた。とても興味津々に私たちの話を聞き、有無を言わせないぞという気迫を向けてきた。


「柔らかいパンの話、私によーく聞かせてね」


 どうやら、この話からは逃げられそうにない。仕方がない、ミレお姉さんにも天然酵母のパンのことを話そう。

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