39.天然酵母のパンの作り方を教えよう
ミレお姉さんがじっくりと話を聞くために、私たちのテーブルの席に座った。
「さて、話してもらおうかしら。その柔らかいパンの話をね」
両肘をテーブルに付き、組んだ手の上に顎を乗せながら聞いてきた。なんだ、そのわざとらしい態度は。
「詳しい話はノアが知っていますので、ノアに聞いてください」
「ウチらはなーんにも知らないぞ」
二人はすぐに降参して、私を売った。確かにそうだけど、もうちょっと言い方というものがあったんじゃないかな。
私は一つため息をついて、柔らかいパンについて話し始める。
「天然酵母を使ったパンだよ」
「てんねん、こうぼ? まず、そこから話して貰おうかしら」
「天然酵母は果実で作ったパンを膨らませるもののことで、それを使うとある条件下でパンが膨らむの」
「ということは、パンに天然酵母を混ぜれば誰でも柔らかいパンが作れるっていうこと?」
「まぁ、そういうことかな?」
天然酵母は生きている菌なんだけど、そんなことを話しても理解してくれないと思う。だから、簡単に説明したんだけど、それで良かったみたい。ミレお姉さんは分かったような顔をして頷いた。
「じゃあ、特別技術が必要っていうことでもないのね」
「そうだね、特別なことはしなくても大丈夫だよ。ただ、パンを作る工程にパンを膨らませる時間が必要になるくらいかな」
「へー、そんなことでいいのね。じゃあ、すぐに教えてもらうことは可能かしら?」
「もちろん大丈夫だよ」
「なら、ここで柔らかいパンを出したいから作り方を教えてくれない? それと、天然酵母っていうものも欲しいわ。」
やっぱり、そう来たか。でも、私たちにとってはいい話だと思う。だって、ここでも柔らかいパンが食べられることになるからだ。ここは作り方を教えて、天然酵母も渡して、ここでも柔らかいパンが食べられるようになろう。
「分かったよ、作り方も教えるし、天然酵母もあげる。だけど、天然酵母を作るのに数日かかるから、天然酵母ができてからでもいい?」
「もちろんいいわよ。天然酵母が出来上がるのを待っているわ、それじゃあよろしくね」
柔らかいパンを作る約束を取り付けると、ミレお姉さんは店の奥に引っ込んでしまった。きっと他の家族にも柔らかいパンのことを話すんだろうな。
「なぁなぁ、柔らかいパンの作り方を教えるっていうことは、ここでも柔らかいパンが食べられるようになるのか?」
「そういうことだね」
「ということは、ここでも柔らかいパンが食べられるということです!」
ちょっとイリスの頭が弱くなっているような気がする。このあと魔物討伐に行くんだけど、大丈夫かな? すると、周りにいた冒険者たちも話に入ってくる。
「話は聞かせてもらった。柔らかいパンを開発したそうじゃないか」
「えっ、まぁ……」
「ということは、俺たちも柔らかいパンが食べられるようになるかもしれない、ということか」
「ここで柔らかいパンが作れるようになれば」
「こんな田舎の開拓村に来て、まさか新しいパンが食べられるようになるなんて! ここにきて良かったと初めて思ったぞ!」
「「「柔らかいパン! 柔らかいパン!」」」
うおぉぉっ、と冒険者たちが腕を上げて盛り上がっている。
「柔らかいパン! 柔らかいパン!」
その冒険者に連れられて、イリスもイスから立ち上がり腕を上げて盛り上がっている。そんなイリスをクレハはポカンと口を開けて間抜け面で見上げていた。
柔らかいパンの魅力がここまでとは思わなかった。これはしっかりと柔らかいパンの作り方について教えなければ、後で泣く人が多くいそうだ。
◇
その後、雑貨屋に寄り蓋つきの瓶を買い、石の家へと戻ってきた。それから小麦の収穫をして、作物所に納品しにいくと天然酵母作りを始めた。
瓶と蓋を煮沸して、乾かして熱を冷ます。一房のブドウの実を植物魔法で育てると、実を外して洗う。それから冷めた瓶にブドウの実を半分くらい入れて、浸すくらいの水を入れれば作業は終わりだ。
後は適温のところで数日間置いた後、石の冷蔵庫で休ませれば完成。
そして、数日後。冷蔵庫の中を開けると、天然酵母が完成した。あとはこれを持って宿屋に行き、パン作りを教えるだけだ。早速私は出来立ての天然酵母を持って宿屋へと向かった。
「ミレお姉さん、いるー?」
宿屋の扉を開けて声をかけると、二階から足音が聞こえてきた。しばらく待っていると、階段からミレお姉さんが下りてくる。
「ノアちゃん、いらっしゃい、待ってたわよ。さぁ、食堂に入って」
ミレお姉さんに連れられて食堂に入り、食堂の奥に入るとそこは台所になっていた。そこではミレお姉さんのお母さんのケニーさんとお父さんのセルさんが夕食の仕込みをしているところだった。
「パン作りはお父さんの仕事なの」
「ノアちゃん、今日は柔らかいパンの作り方を教えてくれるそうだね。ありがとよ」
「あんたはノアちゃんにパンを習ってな。私が夕食の仕込みをするから」
「おう、分かった」
仕込みの仕事はケニーさんがやって、セルさんがパン作りを習うみたいだ。早速台所にセルさんが立つと木のボールを取り出す。
「まずは何をしたらいい?」
「水以外の材料を木のボールに入れて」
「はいよ」
セルさんは棚にしまってあった大きな紙袋を取り出すと、中から小麦粉を取り出して木のボールに移し替えた。大量の小麦粉が入ると、紙袋をしまう。次にその辺に置いてあったツボを手に取ると、中から塩を取り出して小麦粉の中に混ぜた。
「よし、入れたぞ」
「水を測る容器ってある?」
「これでいいか?」
セルさんが取り出したのはメモリのついた容器だ、これだったら大丈夫そう。
「水はこれくらい入れて」
「これくらいだな。よし、分かった」
セルさんが水ガメから水を容器に測りながら移し替えて、木のボールに入れる。次に持ってきた天然酵母の蓋を開けると、容器に注いでいく。
「天然酵母はこれくらい」
「よし、覚えたぞ」
天然酵母を木のボールの中に入れる。
「あとは普通にパンを作る要領で捏ねるだけだよ」
「ここまでは簡単なんだな。よし、捏ねていくぞ」
セルさんが木のボールに入っている材料を捏ね始める。捏ね始めて十数分、パンの種が出来上がった。
「その中でパンの種を丸い塊にして」
「こんな感じか?」
「そうそう。あとは濡れたタオルで木のボールにかけて」
「濡れたタオルだな」
セルさんがタオルを濡らして、木のボールの上に置いた。
「これでしばらく待つの。そしたら、生地が膨らんでくる、これを発酵っていうんだよ」
「へー、天然酵母っていう奴が入っていたらそんな風になるのか。どれだけ膨らむか楽しみだ」
それから生地が発酵するまで待ち、時間が経った。
「タオルを開けてみるぞ」
ゴクリ、とセルさんの喉が鳴る。ゆっくりとタオルを取ると、木のボールの中にあったパンの生地が見事に膨れ上がっていた。
「おお、凄い! これが発酵という奴か!」
「ちゃんと膨らんでよかった。今ガスを含んでいる状態だから、ガス抜きのために平らにします」
「おお、凄い柔らかくなっている。押すとガスっていうのが抜けているのが分かるぞ」
「そしたら、成形してください」
「分かった。もう鉄板の上に並べていいか?」
「もちろんです」
セルさんがガス抜きをしたパンの生地を手早く丸めて、鉄板の上に並べていく。全ての生地を丸め終わると、濡れたタオルを再び上にかけてもらった。
「今度は二回目の発酵ね」
「結構時間がかかるもんだな。でも、この行程がパンを柔らかくするのに必要なんだろう?」
「そう。ここでパンが膨らむから、パンが柔らかくなるんだよ」
もう一度パンを発酵させる。しばらく待っていると、二回目の発酵が終わりタオルを取ってみる。
「おお、また膨らんでいるぞ」
「あとは、この状態で焼くだけ」
「おし、焼いていくぞ」
先に準備が終わっていた石窯に鉄板を入れてパンを焼いていく。時間が経つとパンの焼ける匂いが漂ってきた。そろそろかな、セルさんは石窯の扉を開けて中を見た。
「うん、いつもよりもふっくらとしている気がするぞ」
「冷まして食べてみて」
鉄板を取り出し、パンが冷めるのを待ってから手に取った。その手に取ったパンを指先で突いてみる。
「ほう……これは柔らかい」
「手で割いてみて」
「おお!! なんだこれ、簡単に割けるぞ!」
セルさんがパンを二つに割くと、簡単に割くことができた。そして、恐る恐る口に持っていき一噛みする。
「むっ、柔らかい! こんなに柔らかいパンを食べるのは初めてだ!」
凄く驚いた顔をしてパンを食べた。ふふふ、そうでしょそうでしょ。こんなに柔らかいんだから、驚いちゃうでしょ。
「お父さん、私にも頂戴」
夕食の仕込みをしていたケニーさんが割いたもう一つのパンを奪って食べた。
「なんだいこれ、すっごく柔らかいじゃないの!」
「だろ!? こんなパンが作れるなんてなぁ……」
ケニーさんも柔らかいパンに驚いてくれた。これで宿屋でも柔らかいパンが食べられるようになるだろう、パン作り大成功!
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